2.チュートリアル
「あたしが言うのもなんだけど、断っても良かったんじゃない?」
すっごくいやそーな顔してた、と先ほどの一幕を回想するルーシャ。
物まねのつもりなのか、しかめっつらを浮かべてみせる彼女にリンドウは苦笑を向ける。
レイから彼女の妹――ルーシャの案内を頼まれたすぐ後のことである。
リンドウとルーシャは二人並んでタウンを歩いていた。
――――ねえリンちゃん。初心者さんには優しくしないとだめなんだよ?
脳裏に響く声を振り払うように、リンドウは軽く首を振る。
「別にいい。レイさんにはお世話になってるし……あと『初心者には優しく』が私のモットーだから」
「そっか、なら良かった! あたしも教えてもらうならリンドウさんがいいなと思ってたから」
「私に? 姉のほうがいいんじゃないのか。だってあの人、『ヴォーパルソード』のリーダーだぞ」
「え、そうだったの?」
こくりと頷くリンドウ。
「最強のクラン『ヴォーパルソード』のリーダー、通称"未来視のレイ"。名実ともにこのゲームにおいて最強のプレイヤーだ」
「へー……お姉ちゃんそんなに強いんだ」
「レイさんからは聞いてなかったのか」
「うん。お姉ちゃん、おしゃべりなわりに自分のことはあんまり話さないから」
「……そうか」
姉妹にもいろいろあるのだろう。
一人っ子のリンドウがよくわからないなりに頷いていると、
「リンドウさんって、お姉ちゃんのこと苦手なの?」
横から覗き込むように投げかけられた問いに、リンドウは言葉を詰まらせる。
ストレートに聞かれるとどう答えたものか迷いが生じる。
立ち止まり、しばし考えた末に、
「苦手っていうか、よくわからない。なんであの人私に構ってくれるんだろうなーって。不思議なんだ」
「……構って『くれる』、かぁ」
「どうかした?」
顔を伏せたルーシャの表情が一瞬わからなくなる。
リンドウがいぶかしげに覗き込もうとすると、すぐにぱっと顔を上げた。
「んーん、なんでも! 改めて言うけど、あたしはリンドウさんがいいの。だめ?」
「……いや、だめじゃないよ。私で良いなら」
「やった!」
ぴょんと跳ねて隣にくっついてくるルーシャ。
この少女が懐いてくる理由も、今のリンドウにはわからなかった。
* * *
「VRMMOといってもいろいろあるけど……この『ライブラリ・スクエア』は一般的なものとはかなり毛色が違っていてね」
「ほうほう」
ルーシャがどの程度ゲームに慣れているかはわからないが、このゲームは中々に特殊だ。
丁寧に教えるに越したことは無いだろう。
「まず、このゲームのメインコンテンツは対人戦だ。他のプレイヤーと一対一で戦うランクマッチや大会を主に遊ぶことになる」
「そうなんだ。対戦ゲーム? みたいな感じなんだね」
「だいたい合ってる。対人戦がメインになってる関係でレベルやステータスの概念も無い。あるのは原則一律のHPだけかな。レベルを上げた方が勝ち……なんてのは競技として成り立たないからね」
よってプレイヤー同士は完全に同じ土俵で戦うことになる。
その辺は格闘ゲームとかに近いかな、と適当に例を挙げるリンドウだったが、よくわからないルーシャは首をかしげるのみだった。
だが、そこまで聞いて、ルーシャには気になることがあった。
「レベルもステータスも無くて、HPも同じなら、どうやって勝敗をつけるの?」
「そうだな、そこはプレイヤー自身の力量と……『デッキ』だ」
「デッキ? ……あ、もしかしてこれのことかな」
空中を指で撫で、薄青いメニューウィンドウを呼び出したルーシャは『デッキ編集』の項目を呼び出す。
そこには『初期デッキ』と名付けられた、板の束のようなアイコンが表示されていた。
開いてみると、デッキに収録された様々なスキル名と、それぞれの数が記載されている。
「このゲームを始めてすぐ色々弄ってたんだけど、デッキって何なんだろと思ってたんだ」
「このゲームにおけるデッキっていうのは、自分の使いたいスキルを集めて構築したもの。基本的に攻撃も防御もスキルを使って行うから、デッキが無いと戦えないんだ」
そこまで説明すると、リンドウは何やらメニューウィンドウを呼び出し操作し始める。
「ここからは『トレーニングルーム』で実際に体験してみよう。色んなシチュエーションを設定して練習ができる個室だ。参加申請飛ばすから承認して」
「おっけー!」
〈リンドウのトレーニングルームに招待されました〉という表示がルーシャの目の前に飛び出す。
その下にあるOKと書かれたボタンを押すと、リンドウたちは光に包まれ、気が付くと薄青い壁と天井に囲まれた無機質な部屋へと転送されていた。
「おわ」
途端、ルーシャの目の前に五枚のスキルカードが並ぶ。同時に簡素な直剣が右手に現れた。
驚いてリンドウの方を見ると、ルーシャの反応が面白かったのかくすくすと忍び笑いを漏らしていた。
「目の前に見えるカードみたいなのがスキルだよ。戦闘開始前に、デッキから五枚のスキルが手札に加わり、さらに一定時間ごとに訪れる『ドローフェイズ』で自動的にデッキから一枚引くことになる。手札のスキルは自由に使用可能だ」
ちなみに自分の手札は枚数以外相手からは見えないよ――と説明したリンドウは何やら手元のウィンドウを操作した。
すると二人から五メートルほど離れた床から白いマネキンのような物体がせり出した。
「あのトレーニングダミーに向かって好きなアタックスキルを使ってみて。『これを使うぞ!』って意識するだけで発動するから、あとは勝手に身体が動いて攻撃してくれる」
「わかった! えっと……」
目の前に並ぶスキルから、《パワースラッシュ》と書かれたものに目をつける。
すると剣が白い光を放ち、同時に身体が滑るような動きでマネキンへと向かっていく。
「わっわっ」
驚くルーシャを置き去りに、右手が勝手に剣を上段に構え、そのままマネキンへと振り下ろす。
ざん! と小気味いい効果音が鳴り響き、マネキンの上部に表示されたHPゲージがぐっと減少した。
「すごい変な感じだったぁ」
「慣れるまでは違和感あるかもな。ちなみにだいたいのアタックスキルには追尾機能がついてて、近接攻撃なら自動で近づいてくれるし、飛び道具系の攻撃なら勝手に相手を追尾するようになってる」
それを聞いたルーシャはしばし考え込む。
わかりにくかったかな、とリンドウが見守っていると、
「ねえ、そのホーミングって強制?」
「……いいや。スキル発動時にホーミングするかしないかを決められるよ」
「そっか!」
リンドウは内心驚いた。
ホーミング機能は、基本的に使用が推奨されている。
自分のアバターを使って実際に戦うフルダイブ型VRゲームでは、ホーミングを使わないとまともに攻撃が当てられないからだ。
だが、ホーミングには攻撃の軌道が読みやすいというデメリットも存在する。
そんな理由もあり、人によっては使い分ける場合もあるのだが……。
(完全に上級者向けのテクニックだぞ。この子、始めたてでそこに気づいたのか)
どうやらこのルーシャという少女は思った以上に頭が回るらしい。
確かにレイさんの妹だなと、垣間見える素質にリンドウはこっそり感嘆した。
「でもスキルってびゅんって速いし、ホーミングもしてくるから避けるのは難しそうだね」
『びゅん』というのは剣を振る速度のことだろう。
実際、スキルを回避するのはほぼ無理で、通常の走行よりホーミングで接近するほうが段違いに速いので、逃れるのは不可能なようゲームバランスが調整されている。
「そういう時にガードスキルを使う。今度はトレーニングダミーに攻撃させてみるから、相手がスキル発動したのを見たらガードしてみて」
「う、うん」
攻撃を受ける。
その状況に、ルーシャは身体を若干こわばらせつつも手札に意識を向ける。
その中で、ドーム型のバリアをかたどったアイコンのスキルが目に入った。
「行くぞ」
リンドウが設定を操作すると、いつの間にかマネキンの手に握られていた剣が白い光を放つ。
《パワースラッシュ》。先ほどルーシャが使ったものと同じスキルを使い、一気に距離を詰めてきた。
「ふぁ、《ファジーガード》!」
叫ぶ必要は特にないが――ルーシャの宣言に呼応する形で、彼女を包むようにドーム型のバリアが展開される。
振り下ろされた剣はバリアに弾かれ、マネキンは大きく体勢を崩した。
「相手がスキルを発動したらガードを構えるのがこのゲームのセオリーだ。相手の攻撃を防げるし、体勢を崩して反撃のチャンスを作れるからな」
「でも、手札にガードスキルがなかったらどうやって相手の攻撃を防ぐの? このゲームってデッキのスキルがランダムに手札に来るから、運が悪いとアタックスキルだらけ……みたいなことになっちゃうんじゃ?」
その疑問に、リンドウは気まずそうに目線をそらす。
んん? とルーシャが怪訝そうに見守っていると、
「……ま、まあそういうときもあるよ」
「対策は!?」
どうしようもないらしい。
がーん、とショックを受けるルーシャに、リンドウはぼそぼそと対策を捻りだしていく。
「うーん、あきらめて殴り合いするか、相手の攻撃にこっちのアタックスキルをぶつけて相殺するくらいしかない……かなり難しいけど」
「た、大変だね」
運で決まってしまう要素がある。
そこに引っ掛かりを覚えてしまうルーシャだったが、リンドウは優しく笑いかけた。
「私はそこもこのゲームの良い所だって思ってるよ。今日勝っても、明日は勝てるかどうかわからない。”勝負”なんだから、勝ち負けがわかってちゃ面白くないだろ」
「――――――――」
見蕩れてしまった。
そう話すリンドウが、今まで見たこともないくらい楽しそうに笑っていたから。
「とはいえ、運任せばかりでもダメだから……どのスキルをどの程度選んでデッキを組むか、いかに安定させるかっていうデッキ構築もこのゲームの醍醐味だとは思うよ」
ハッとしたルーシャは思考を戻す。
運の要素があるからこそ、幸運に期待してはいけない。
肝心な時にガードが引けていない、では困る。逆にガードばかり手札に来るというのも困るので、大切なのはやはりスキルの配分を吟味したデッキ構築なのだった。
「それと、そのデッキをどう使いこなすかが重要って感じかな?」
「そういうこと」
ルーシャはすでにこのゲームの勘所を掴んでいる。
まだまだ基礎の基礎しか教えていないが、この少女はきっと強くなると、リンドウは確信した。
(……まあ、その時には私はもう……)
『あ、使ったスキルは墓地? に行くんだねー』と手札を眺めるルーシャをぼんやり見つめる。
自分にもこんな頃があったと、微笑ましさとわずかな羨望を感じていると、ルーシャの金色の瞳がぱっとこちらを向いた。
「ねえねえリンドウさん、もっといろいろ教えてよ!」
「……ああ。じゃあ次は――――」
表情には出さず、こっそりと戸惑う。
無邪気な初心者の顔を見ていると、なんだか眩しくなってしまい――逃げるように目を逸らして、解説を続けるのだった。