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12.さいしょからはじめる

 試合が終了し、二人は街中に戻って来ていた。

 空は夜に塗り替わり、星が瞬いている。

 この光景を見るのもこれが最後かと思うと、名残惜しく感じた。


 視線を下げると、目の前には俯いたルーシャがいる。

 金色の二つ結びは垂れ下がり、その表情は見えない。

 罪悪感に駆られるが、慰めの言葉をかける権利など無い。

 反面、このままこの場を去ることも出来なかった。


「……あんたには素質がある。『ヴォーパルソード』に入りなよ。あそこは民度も良いし、何よりリーダーがあんたの姉さんだ。だから――――」

「もっかい」

 

 ばっ、と顔を上げるルーシャ。


「もっかいやろう、リンドウさん!」

「はぁ!?」

「次は勝つから! 次こそ勝つから、もっかい!」

「なっ、あんた……」


 勝負はついた。

 だというのに、この女はいったい何を言っている?


「私が勝ったらやめるって話だっただろ!」

「言ってない! あたしが勝ったら、の話しかしてない!!」


 ――――あたしが勝ったらこのゲーム続けて! クランにも入れて!


「ああクソ、確かにそうだった……!」

「だから……ねえ、お願い」


 無理な屁理屈を言っているというのには自覚があるのか、ルーシャの言葉尻はしぼんでいく。

 だが、諦めきれない。その思いを証明するように、小さな手がリンドウの纏う紫のジャケットの袖を掴んでいた。

 道行くプレイヤーたちが物珍しそうに視線を向けてくる。

 痴話喧嘩か、と不躾な推測も聞こえる。

 本当に、このまま振り払ってログアウトしてやろうかとリンドウは思った。

 だが、自分を引き留めるルーシャが、あまりにも切実で――どうしても見ないふりは出来なかった。


「……あまりわがまま言うなよ。子どもじゃないんだから」

「子どもだよ……」

「…………そうだったな」


 子ども相手にムキになって、本当に子どもなのは自分の方だ。

 思えばずっとそうだった。ステラが居なくなって、クランも台無しにして、いじけていたのだろう、自分は。

 子どものように。

 

 さっき使っていたデッキにラストスタンドを採用していたのも同じことだ。

 リンドウは、どうしても負けたくなかった。

 勝って未練を振り切りたかったから。

 

 だけど、こうして勝っても未練はまるで晴れない。

 むしろルーシャを見ていると増すばかりだ。


「私は強かったろ」

「うん」


 ノータイムでルーシャは頷いた。

 まだ始めたばかりでわからないことだらけ。

 それでも実際に戦って、リンドウの強さは痛いほど感じた。

 練られたデッキ構築。隙の無いプレイング。相手の思考と戦略を読み、メタを張る柔軟性。

 彼女と肩を並べるのに、どれほどの時間が必要なのだろうと思う。

 

 だが、リンドウはそんな『強い自分』を嘲るように笑う。


「強くたってなんの意味もなかった。このゲームで本当に大切なのはそんなことじゃないんだ。人と遊ぶゲームなんだから……もっと周りの気持ちを考えたりとか、自分の気持ちを伝えようと努力したりとか、そういうのが……本当は大切で……」


 それを自分は怠っていたのだと。

 リンドウはそう呟いた。


「伝わってるよ。リンドウさんの気持ち」

「え……」

「辞めたくないって、顔に書いてある」


 リンドウは何も言わなかった。

 本当はとっくに気づいていたからだ。

 さっきの試合でルーシャが気づかせてくれた。


 ルーシャはジャケットから手を離して、代わりにリンドウの手を握る。

 温かい。再現された偽物の感覚だとしても、これがリンドウのの持つ温度だ。


「あたしね、楽しかったよ。負けて悔しかったけど、やっぱり楽しかった。リンドウさんはどう?」

「さっき言ったろ……」

「もう一回聞きたいの」

「……楽しかったよ」


 言葉は意外にも抵抗なく出た。

 そのことにルーシャは嬉しそうに笑う。

 またひとつ、リンドウのことがわかった。素直じゃないけど、根っこは素直だ。


「あたしね、まだまだ、もっと、いっぱい……知らないこと、たくさんある。このゲームのことも、あなたのことも」

「ルーシャ……」

「だから教えて」


 握る手に力を込める。

 この人は、どれほど悲しい思いをしたのだろう。

 それは自業自得と呼べるのかもしれない。

 だけど、もう充分傷ついただろう。後悔も、自己嫌悪も、繰り返しただろう。


 彼女の悲しみを理解しきることはできない。

 こうして力いっぱい触れていたって関係ない。

 バーチャルでもリアルでも、手を握っただけで気持ちが伝わるだなんて奇跡、ありはしない。

 違う人間なんだから――お互いを理解し合うことなんて出来るわけがない。


(……だからあたしは、この世界に来たんだ。あなたに会いに来たんだ)


 理解し合えなくとも――伝えることはできると思うから。

 その気持ちが、少しくらいは伝わると思っているから。思って、いたいから。

 伝えたいことがあるから――――人は言葉を生み出したのだろう。

 だから、ルーシャは声に出す。気持ちを飾らず、生まれたままに。


「あたしは……リンドウさんともっと一緒に遊びたいよ」


 ルーシャの瞳から雫が零れる。

 結局のところ、ルーシャがずっと伝えたかったのはひとつだけだった。

 あなたと遊びたい。たったそれだけのこと。


「だから、辞めるなんて言わないで」


 静かに涙を流す少女を前に、リンドウは考えていた。

 辞める理由は、あるだろうかと。


 このゲームを、楽しいと思えなくなった。

 仲間を傷つけた。

 大切な人と別れることになった。

 

 それがリンドウの抱えていた理由。

 しかし、この期に及んで。

 リンドウを想う純粋な気持ちが伝わってなお、その理由を優先する意味があるだろうか。


「あーあ。かっこ悪いな、私」

「リンドウさん……?」


 見上げるルーシャの純粋な瞳から目を逸らす。

 まだ真っすぐ見据えることはできない。

 しかし、応えたいと思った。

 伝わったから。


「かっこ悪いから――これから頑張るよ。たとえ見苦しくても……あんたの気持ちに見合うようなリーダーになってみせる」

「え、え、リンドウさん、それじゃ」

「ルーシャ」


 自分を想い、気持ちをぶつけ、楽しませてくれた少女に向けて、リンドウは手を差し伸べる。

 思えばこんなセリフを言うのは初めてかもしれないな、と思った。


「良ければ、私のクランに……『アステリズム』に入ってほしい。一緒に遊ぼう、これからも」


 告げるや否や、勢いよく飛びついてきたルーシャを抱き留める。

 まだやるべきことはたくさんある。

 それでもこの少女と一緒なら、前を向いて歩いていける。

 そう信じて――リンドウはこの日、ようやく新たな一歩を踏み出した。

ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。

とりあえずこのあたりでキリが良いので……続けるかどうかはもうちょっと考えてから決めたいと思います。

良ければブクマとか評価とか感想とかいただけると、とても嬉しいです。

では、機会があればまた。

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