第8話 御曹司の憂鬱
■月夜の晩、洋館の前
学ランの青年「俺には特別な能力がある。普通の人には見えない物を見る事ができるという──な」
眼帯の美少女「その能力が原因で、この世ならざる者たちを引き寄せてしまうのね?」
学ランの青年「ああ、困ったものだ。この能力は神に科せられた罰なのだろうか──」
■王子の家のリビング(昼間)
王子(このラノベ……。表紙を気に入ったから買ったけど、思った以上に中二病色が濃いなぁ)
王子(あーあ。本屋を覗くたびに新しいラノベ買っちゃうから、いつも財布の中身が寂しいよ)
王子「はあ……。小遣いあげてもらおうかなぁ」
騎士「急にどうした? 小遣いが足りないのか?」
王子「うん、色々と入り用でね……」
騎士「でも、この間も小遣いをあげてもらったばかりだろ。難しいんじゃないか?」
王子「やっぱりそうだよね。どうしようかなぁ」
騎士「なんだったら兄ちゃんが貸してやるけど」
王子「うーん……いや、いいよ。返せなくてズルズルいきそうだし」
騎士「そうか……。だったらバイトをしたらどうだ?」
王子「えっ! うちの学校バイト禁止でしょ? 教師の兄ちゃんが勧めていいの?」
騎士「放っておいたら、王子が金持ちのおじさんから金銭的援助を受け始めるかもしれないだろ」
王子「そんなの受けないよ!」
王子(でも、バイトかぁ。いいかもしれないな)
■本屋の店内
姫(今日は梅モサク先生の新刊発売日! 初回限定版には小冊子が付いてくるから、絶対に手に入れないと!)
──棚の前に平積みされている漫画の単行本を発見する姫
姫(あっ! BLエリアに平積みされてる! この本屋さん、わかってる~♪)
──店員のエプロンを着けた王子が姫に話しかける
王子「いらっしゃいま……あっ、藤吉さん」
姫「BL王子! どうして店員さんの格好を?」
王子「あ、これは……」
姫「まさか万引きに失敗して、『身体で払え!』って言われたとか?!」
王子「ち、違うよ」
姫「馬鹿ですねぇ、BL王子は。どうせ身体で払うなら、もっとBL的に美味しい手段があるのに」
王子「藤吉さんは俺をなんだと思ってるのかな?」
姫「……と、いうのは冗談として。ここでバイトしてるんですか?」
王子「うん、そうなんだ。うちの学校バイト禁止だから、みんなにはナイショだよ?」
姫「はい! 責田くんと、生徒会長さんと、番長さんと、二里我くんと、えーと、それからうちの弟には絶対に言いません!」
王子「藤吉さん……。絶対その人たちにバラすでしょ」
姫「失礼ですね! うちの弟にだけは本当に言いませんよ!」
王子「他の人には言うんだね……」
御曹「おい、お客様と立ち話をするな」
王子「あ、すみません」
姫「お仕事の邪魔しちゃってごめんなさい。もう行きますね」
王子「うん! またね、藤吉さん!」
御曹「友達であっても、お客様にタメぐちを利くな。他のお客様が変に思うだろう」
王子「は、はい……。気をつけます」
姫「それじゃあ、また! お仕事がんばってくださいね!」
王子「うん、ありがと……」
──チラッ
と王子を見る御曹
王子「じゃなかった。はい、ありがとうございます!」
■バイトの休憩室
王子(ふぅ、疲れたなぁ)
御曹「お疲れ」
王子「あ、お疲れ様です」
御曹「もう仕事には慣れたか?」
王子「はい、だいぶ慣れてきました」
御曹「そうか。それなら良かった」
王子(いつもは仏頂面だけど、たまに見せる笑顔がびっくりするくらい爽やかだな)
御曹「どうした? 俺の顔に何か付いているのか?」
王子「いえ、別に……」
王子「そういえば御曹 司さんは、正社員なんですよね。ここに勤めて長いんですか?」
御曹「いや、美家が入る少し前にここに来たんだ。親父から『現場で勉強をしてこい』と言われてな」
王子「親父……? 現場??」
御曹「知らなかったのか? 俺はこの会社の、社長の息子なんだよ」
王子「えっ! うちの店って全国展開されていて、かなり大きい会社ですよね?」
御曹「まあ、大きい部類には入るだろうな」
王子「すごいなぁ。御曹さんって御曹司だったんですか……」
御曹「御曹司、か……。その呼ばれ方はあまり好きじゃないな」
王子「あ、ごめんなさい」
御曹「いや、いいんだ。俺を御曹司と呼んでまとわりつく女がわんさかいて、嫌気が差していただけだから」
王子(今の……自慢に聞こえたんだけど、俺の考えすぎかな)
御曹「まあもっとも金だけではなく、俺の顔が良すぎることにも原因があるようだが」
王子(あ、これはもうはっきりとした自慢だ)
御曹「なんだ? さっきから黙って。俺に文句でもあるのか?」
王子「い、いえ。自信があるのってすごい事だなあと思って」
御曹「フン、おだてられたくらいで簡単になびく男じゃないぞ」
王子「はい?」
御曹「お前が御曹司と言ったのも、どうせ俺の身体と金が目当てなんだろう」
王子「あんた頭大丈夫ですか?」
御曹「何だと? 社長の息子に対してずいぶんな口を利くんだな」
王子「あっ、すみません。我慢できずについ口に出してしまいました……」
御曹「わかったぞ。その生意気な態度も、すべて俺の気を引くためだな?」
王子(これ以上は、この人と関わらない方がいい気がしてきた)
王子「あの……。もう俺、帰りますね? それじゃお疲れ様でした!」
──ガチャッ
とドアを開けて休憩室を出る王子
■本屋の裏手の通用口
──バタン
と休憩室のドアを閉めて屋外に出る王子
王子(はあ……。なんなんだあの人は)
──よく見ると高級車が止まっている
王子(ん? なんでこんな所に高級車が停まってるんだ?)
御曹「フン、早くも俺の車を見つけてしまうとはな」
王子「えっ、御曹さんの車なんですか?」
御曹「白々しい。俺に送って欲しくて車を見ていたのだろう?」
王子「そ、そんなこと思ってませんよ」
御曹「いいだろう、送ってやる。……乗れ」
王子「別に送らなくてもいいですけど……」
御曹「素直じゃないな。男のツンデレは流行らないぞ?」
王子「誰がっ! いつっ! ツンとデレをしました?!」
御曹「いいから車に乗れ。さもないと時給を下げるぞ」
王子(時給ッッッ!!)
──バタン
と車のドアを閉めて助手席に座る王子
■車内
──ブロロロ…
と車が発進する
──しくしく
と両手で顔を覆って泣く王子
王子「うう、ひどすぎる……」
御曹「どうした? 泣くほど嬉しいのか?」
王子「違いますよ! あんたの横暴さに怒ってるんです!」
御曹「怒っているのに涙が出るのか。変な奴だな」
王子「変な奴で悪かったですね。時給を盾にとる横暴な社員の、言い成りになってる自分が情けなくて涙が出たんですよ……」
御曹「そうか、俺が泣かせてしまったんだな……。時給で釣るような真似をして悪かったよ」
王子「えっ? い、いや別にいいですけど」
王子(意外だ。この人でも反省することがあるのか……)
御曹「お詫びに美家の時給を上げるように言っておこう」
王子「あんたのそういう所が駄目なんですってば!!」
御曹「ただし、俺に一晩付き合うというのが条件だ」
──しくしく
とまた両手で顔を覆う王子
王子「話聞いてないし……。最悪だこの人……。うう……」
御曹「なんだ? 一晩じゃ不満なのか? 恋人になって昼夜問わず甘えたいだなんて、とんだワガママ坊やだな」
王子「…………」
御曹「黙るなよ。全部冗談だから」
王子「どこからどこまでが冗談なんですか」
御曹「フン、そうだな……」
──キッ…
と車を道路脇に停める御曹
王子「急に停まって、どうしたんですか?」
御曹「美家……」
──助手席のバックシートを倒して、王子に覆いかぶさる御曹
王子「な、何してるんですか?」
御曹「お前を俺のモノにしたい」
王子「はい?」
御曹「これだけは冗談じゃない。相手の瞳に自分だけを映らせたい……こんな気持ちになったのは初めてだ」
王子「あのー……。急にキャラ変わってますけど、どうしたんですか?」
御曹「うるさい、少し黙れ……」
──チュッ
と王子にキスをする御曹
王子「んっ!」
御曹「ちゅっ……ちゅ……」
──角度を変えてキスを繰り返す御曹
王子「んんっ……!」
──ドンッ
と御曹を突き放す王子
御曹「美家?」
王子「ハァッ……ハァッ……。何考えてんですかあんた!」
御曹「お前があの店にバイトとして入ったあの日……。初めて見た瞬間から、お前の事だけを考えている」
王子「『何考えてんですか』っていうのは、そういう事を聞きたかったわけじゃないです」
王子「はあ……。俺が男に次々と迫られるのも、ある種の異能力なんだろうか」
御曹「自慢か?」
王子「自慢じゃないです! 愚痴をこぼしてるんです!!」
御曹「愚痴……だと? この俺に迫られて光栄だとは思わないのか?」
王子「あんたのその自信はどこからくるんだ」
御曹「顔もスタイルも家柄も申し分は無い。その上、頭脳明晰で性格もいい」
御曹「俺のようないい男は、世界中どこを探してもいないだろう?」
王子「つっこむのも疲れたので、もう帰ってもいいですか?」
御曹「何を言っている。お前は俺に、ベッドでつっこまれる側だろう」
王子「下品だっ! この人、おぼっちゃんのくせにすごく下品だっっ!!」
御曹「うるさい口を塞いで欲しくてわざと騒いでいるのか?」
王子「んなわけないでしょう! んっ……!」
──王子を組み敷いて御曹がキスをする
御曹「チュ、チュッ……」
王子「ま、またっ……! やめっ……んんっ……」
王子(ヤバイ……。身体の力が抜けて、き……)
──ウィンドウガラスにぴったりと顔をつけて、車内を覗く姫
姫「じぃ~っ……」
──がばっ
と姫に驚いて王子が身体を起こす
王子「藤吉さん?!」
御曹「何だ……? この女は?」
姫「あ! 私には構わず、どうぞ続けてくださーい!」
御曹「わかった」
王子「アホかあんたは! ほらほら、人に見られてるんだからやめましょうよ!」
御曹「フン、仕方ないな」
──ガチャッ
と車のドアを開けて外へ出る王子
■道路脇(街の中)
王子「はあ、やっと解放された……」
姫「どうして出てきちゃうんですか!?」
王子「藤吉さんのお蔭で助かったよ。ありがとう」
姫「藪から棒にお礼ですか?」
王子「藪から棒の使い方を間違ってない?」
姫「だってお礼を言われるような事は、何一つしてませんよ?」
王子(これ謙遜してるわけじゃなくて、本気で言ってるんだろうなぁ)
御曹「おい、そこの女」
姫「なんでしょう?」
御曹「よくも邪魔をしてくれたな。もう少しで美家を俺のモノにできるところだったのに」
王子「なんてこと言い出すんだこの人」
姫「私が……二人の邪魔を……?」
御曹「そうだ。お前が覗いたりするから、その気になっていた美家の気分が萎えてしまったじゃないか」
王子「その気になってません!」
姫「そんな……っ! 私の存在がBLという美しき川の流れを、せき止めたなんて!!」
王子「あの、藤吉さん? ショック受けてるみたいだけど、俺はすごく感謝してるからね?」
姫「そんな慰めの言葉は要りません。私は、私自身を許すことができないんです……」
御曹「さっきから何を言ってるんだこの女は。頭は大丈夫なのか?」
王子「藤吉さんも、あんたには言われたくないでしょうね……」
姫「BL王子!!」
王子「は、はい!」
姫「私……腐女子としての自分を見つめ直すために、山へ修行に行きます」
王子「腐女子って、山で修行したら見つめ直せるものなの?」
姫「山で修行して駄目だったら、海に行きます! サヨナラーッ!!」
──パタパタパタ…
と姫がどこかへ走って行く
王子「待って藤吉さん!! ……って、もうあんなに遠くに!!」
御曹「この辺には山も海も無いが、あの女はどこへ行く気なんだ?」
──と言いながら王子の肩に手を置く御曹
王子「とかなんとか言いながら、肩に手を置かないで下さいよ」
──バシッ
と御曹の手を払い落とす王子
御曹「痛っ……。俺を好きなんだから、これくらい良いだろ?」
王子「アホなことぬかしてないで、藤吉さんを追いかけるの手伝ってください!」
御曹「フン、仕方ないな。そういう理由付けをしなければ、俺の車に乗れないというのなら……」
王子「いいから早く!!」
──つづく
【イラスト付きのものが下記のサイトで読めます】
★kakuzoo
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