第1話 私のBL王子様
■コミケ会場(東京ビッグサイトを想定)
字幕「彼女と出会ったのは、今年も終わりという頃……。そう、冬休み中の話だ。」
女の子「姫ー!」
王子(姫……? 変わったあだ名だな)
──姫が振り向く。
字幕「姫と呼ばれて振り向いた女の子は、今まで見たことが無いほどの美少女だった。」
王子(うわ、すごく可愛い……。清純で、か弱そうで、俺の理想そのものだ)
姫「どうしたの? 次のサークルに並ばなきゃいけないから、すごく急いでるんだけど!」
女の子「姫と私が大好きな大手サークルの、佐倉サクさんの新刊、買ったんだけど……」
姫「残ってたんだ? 良かったー! じゃあ一冊ちょうだい?」
女の子「あ……。いや、それがね……」
姫「どうしたの?」
女の子「私が買ったのが最後の一冊で……。姫の分は、無いの」
姫「はあ? 私の分も買って! って、ちゃんと頼んだよね!?」
女の子「だから、これが最後の一冊だったの! 仕方ないじゃん!」
姫「だったらそれをよこしなさいよ!」
女の子「だが断る。この新刊は私だって楽しみにしてたんだから」
姫「うるさいわね! つべこべ言わずに渡しなさい!」
──ギュッギュッ
と姫が女の子の髪を引っ張る
女の子「キャーッ! 痛い痛い! 髪の毛ひっぱらないでえ~!」
王子(可愛い割には凶暴な子だな……。見た目とのギャップがすごい)
女の子「あ、そこのスタッフさん!」
王子「えっ、俺?」
女の子「スタッフ腕章つけてるから、コミケスタッフなんでしょ? 助けてください! この女、傷害罪と窃盗罪です!」
姫「盗人猛々しいとはよく言ったもんね! 私の本を盗んだのはあんたでしょ?!」
女の子「これは私が買った本よ!」
王子「ま、まあまあ二人とも。お互いに貸し借りすればいいじゃないですか」
姫「新刊は人から借りるのじゃ駄目なの! 自分で手に入れたから、価値があるってもの……」
──王子と目を合わせて呆然とする姫
姫「で……しょ……」
王子(なんだ? 俺の顔を見たとたんに動きが止まったぞ)
姫「王子様……」
王子「はい?」
姫「あなたは私が追い求めていた、本物の王子!」
王子(何言ってんだこの娘は?)
姫「これからあなたのことを、BL王子と呼ばせていただきます!」
王子「えっ、何その不穏なニックネーム」
女の子「さよなら姫!」
──ダダダッ
と走り去る姫の友人
王子「ねえ。キミの友達、新刊持ったまま逃げて行ったけど……」
姫「あれはどうせ再録本に載るからいいんです」
王子「だったらさっきの争いはなんだったんだよ」
姫「これって運命的な出会いですよね。連絡先って聞いてもいいですか?」
王子(こ、これは……! 噂に聞いた女から逆にナンパ、つまり逆ナン?!)
姫「あ、いきなりでビックリですよね。私の名前は、藤吉 姫です」
王子(姫ってあだ名じゃなくて本名だったのか……)
姫「あなたの名前は?」
王子「えっ? 俺の名前は、美家 王子だけど」
姫「な、なんて素敵な名前……。やっぱりあなたはBL王子だったんですね!」
王子(なんか変な子だな。この場は退却しよう)
王子「そ、それじゃあ俺。スタッフの仕事があるから、もう行くね!」
姫「あっ! 待ってください、連絡先は……!」
王子(聞こえないふり、聞こえないふり)
──姫に背を向けて歩き出す王子
王子(顔はすごく可愛かったけど、あそこまで変わってるとちょっとなあ……)
■王子の学校の、校舎裏
字幕「そして冬休みが終わり、学校が始まって……。俺は、彼女と再会することになる」
コウ「お前、冬休みにコミケでバイトしてたんだって?」
字幕「こいつは俺の親友の、責田 好。俺はコウって呼んでる」
王子「ああ、コミケスタッフのこと? あれはバイトじゃなくてボランティアだよ」
コウ「へえー。可愛い女の子いた?」
王子「いたっていうか……」
──瞳を閉じて姫の顔を思い出す
王子(あの藤吉 姫っていう娘、顔は可愛いかったけど中身がすごい変だったなあ)
コウ「はは、その様子だと出会いは無かったみたいだな。やっぱり王子は、彼女作るのなんて無理だよなー」
王子「失礼だな。俺をナンパした女の子だっているんだぞ」
コウ「嘘つかなくてもいいって。お前はちゃんと需要あるんだから、安心しろよ」
王子「嘘じゃないよ。ってか、需要……?」
コウ「女にはモテないけど、男にはめちゃくちゃモテるじゃん」
王子「やめてくれよ、コウ。地味に気にしてるんだから」
コウ「なんでだよ。お前が可愛いからモテるんだろ? 悪いことじゃないと思うけど」
王子「可愛いから……?」
コウ「そう、可愛いから!」
王子「ケンカ売ってるのか?」
コウ「んなわけないだろ。なあ、俺の気持ち……本当は気づいてんだろ?」
王子「はい?」
──ドンッ!!
とコウが壁に片手を突き、王子を壁際に追い詰める
王子(コウが俺に壁ドン!?)
王子「おい待て。壁ドンってのは、普通は男が女にやるもんだろ」
コウ「しょうがねえだろ! 俺は攻めだし、お前のことが好きなんだから!」
王子「説明になってない!」
コウ「男とか女とか関係なく、王子のことが好きになっちまったんだよ!」
王子「えーっ……」
姫「私のBL王子様……」
コウ「あん?」
王子「えっ?」
姫「まさか同じ高校だったなんて!」
王子「キ、キミは。コミケで会った……」
姫「しかも期待を裏切らずに、学園BLに興じてるなんて! 出ちゃう! 鼻血が出ちゃう!」
コウ「あのー。どちら様ですか?」
姫「紹介が遅れました! 私は藤吉 姫。BL大好きな腐女子です!」
コウ「BL……。ボーイズラブの略、つまり男同士の恋愛か」
王子「なんで詳しいんだよ」
コウ「お前のことが好きだと気づいてから、BL小説やBL漫画を買い漁って俺と王子にあてはめて妄想してた」
姫「なんていう腐男子的発想! でもBLの攻めには、そういう腐女子の領域に入って欲しくないんだけどな~」
コウ「なあ……王子。この、美少女だけど、妙にテンションが高い変人は、何者なんだ?」
王子「お、俺は知らない」
姫「私とBL王子は、すでに冬コミで運命的な出会いを果たしているんです!」
コウ「なんだ、王子の知り合いだったのか」
王子「知り合いっていうか、すれ違っただけっていうか……」
姫「美家 王子くん!」
王子「は、はい!」
姫「私の目に狂いは無かった……。あなたは私が見込んだ通りの、BL王子だったんですね」
王子「なあ……。前から言ってる、そのBL王子ってなんなの?」
姫「私は中学二年生のとき、友達のお姉さんから借りた同人誌で初めてBLというものを知りました」
王子「あ、そこから話し始めるの?」
姫「その時、私は思ったんです。この世のどこかに、顔はいいのになぜか女性からはモテず、その代わり男性にはモテまくりの男の子がいるんじゃないかって!!」
姫「その属性を持つ男の子を、私は『BL王子』と名づけました」
コウ「ほうほう。つまりここにいるコイツが、あんたの理想にピッタリだったわけか?」
姫「はい! おとぎ話の王子様みたいに爽やかな容姿で、まさしく私の理想が具現化された存在です!」
王子「お、俺は女の子からモテないなんて、一言も言ってないよ?!」
姫「言わなくてもわかります」
コウ「実際に当たってるしな」
王子「お前ら……。言葉のナイフで人を傷つけるのはやめろ」
姫「そういったわけで、私は二人の仲を応援します」
コウ「なんだか藤吉さんとは気が合いそうだな」
王子「俺の言葉はスルー?」
コウ「俺の名前は責田 好。王子にはコウって呼ばれてるんだ」
姫「あ、あの。つかぬことをお伺いしますが……。コウというのは、どのような漢字でしょうか?」
コウ「ん? 好きっていう字だよ」
姫「もう一度、お名前を聞いてもいいでしょうか!」
コウ「いいけど? 俺は責田 好」
──カッ
という音と共に、背景に雷が落ちる
姫「俺は責田 好=『俺は攻めだ! 王子が好き!?』」
王子「強引だな……」
コウ「ところで藤吉さん」
姫「なんですか?」
コウ「俺ね、こいつに告白してたところなんだ。そろそろ二人にしてもらってもいいかな?」
姫「あっ……! は、はい! 陰から覗いて……じゃなくて、見守ってますね!」
王子「陰からこっちを見てるのは、二人きりと言うのだろうか?」
コウ「しょうがねえなあ。じゃあ、藤吉さんにサービスしちゃう?」
王子「はい?」
──ぎゅっ
とコウが王子を抱き寄せ、キスをする
コウ「チュッ……」
王子「んん~!?」
姫「キス!? 舌も? 舌も入れるの!?」
コウ「お望みとあらば」
姫「もちろん望んでます!」
王子「俺は望んでない!」
コウ「なんだよ。キスを受け入れたってことは、俺の気持ちも受け入れたってことだろ?」
王子「キスはお前が強引にしたんだろ! しかも見世物みたいにしてっっ! お前とは絶交だからな!!」
──ダッ
と走り去ろうとする王子
コウ「王子!」
姫「追いかけて、捕まえて、抱きしめてください!」
コウ「了解!」
──ピタッ
と王子が止まり、顔だけ振り向く
王子「それ本当にやったら殴るからな」
コウ「はい、やりません」
姫「BL王子はツンデレ受けなんですね……」
王子「ツンは有ってもデレは無い! いい加減にしろー!」
──ダッ
と王子が走って、その場からいなくなる
コウ「あ、今度こそ本当にいなくなった」
■王子の部屋(夜)
──ベッドの上で寝転んでいる王子
王子(はーあ。親友はホモだったし、せっかく俺に興味を持った女の子は超がつく変人だったし、俺はどうすればいいんだ……)
王子(俺に彼女ができれば、全部解決するんだろうけどなあ)
王子(あの藤吉っていう子、俺の連絡先を知りたがったってことは、俺を嫌いじゃないと思うけど……)
王子(ん? そうか、ひらめいたぞ!)
王子(藤吉さんに腐女子趣味を辞めさせて普通の女の子にすれば、俺の彼女になってくれるかも?)
王子(よしっ。そうと決まれば明日から実行だ!)
──つづく
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★kakuzoo
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