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MoO.R  作者: 青澄 舞人
1章 「不可解な依頼」
7/7

兄弟

 本日は風もなく穏やかな晴天である。

 俺はやっと電球の交換作業をおこなっていた。客のいない日中に照明を消していた効果があったのか、なんとかここまでもってくれた。新しい電球をつけ終え、スイッチを入れて明かりがつくことを確認する。よし、ばっちりだ。

 時生はまだ起きてこないらしく、俺しかいない朝の事務所はしんとしている。

 すると、インターホンが鳴った。宅配が来るには早すぎる時間だ。もしかして、緊急のお客さまが来たのだろうか。

 ドアの鍵をあけ、扉を開くとそこにいたのは満宗千颯だった。


「おはようございます」


 そして、腕の中に収まっていたアザラシのロボットも、千颯くんに続き、顔部分の液晶画面ににっこりとした笑顔を浮かべて言った。


「おはようございます」



 時生をなんとかたたき起こした俺は、客が来ている、さっさと着替えろとせっついて、事務所に引っ張り出した。

 時生はまだ完全に目が覚めきっていない様子だったが、千颯くんとアザラシのロボットを視界に入れると、驚いたように目を丸くした。


「この度はありがとうございました」


 そう言ってアザラシのロボット――満宗世河は、千颯くんの膝の上でお辞儀のしぐさをした。

 


 あの後、時生が提案したのはお兄さんの()()を別の場所に移してしまう、ということだった。


「データを全部移動させて本体は初期化する。それをWaveに回収させれば、中身のない本体が処理されておしまいです」


 要するに本体であるお兄さんの体は捨てることになるというわけだ。ただ、肝心のデータの移行先はどうするのだろう。MoO.Rはとてもじゃないが一般人が買えるような金額じゃない。そもそも商業用に売られているロボットなので、俺たちが金を出して買う買わないという以前の問題なのだ。代わりのMoO.Rを用意することは実質不可能である。


「移す先はこいつです」


 時生が指をさしたのは、またもやあのアザラシのロボットだった。


「……本気で言ってる? そもそもMoO.Rとこれとじゃスペックがだいぶ違うと思うんだけど……」

「スペックは問題といえば問題だが、違うものに取り換えれば何とかなる。データが入って、このアザラシがする動きさえできればMoO.Rほど高い性能である必要もないしな」


 

「難点としてはこれが成功するかどうかわからないこと、本体である人型の体を捨てることになることです」


 それでもやりますか?と続けた時生に、兄弟はしばらく顔を見合わせていたが、ほどなくして千颯くんが口を開いた。


「俺はやりたい。どんな形でも世河が生きられるんならそれがいい」


 千颯くんは腕をゆっくりと持ち上げると、そっとお兄さんの肩に触れ正面から見つめる。お兄さんは1度千颯くんに視線を返して、それから体ごと時生の方に向き直った。

 こちらに向けられた瞳は、揺るぎなく目の前のものを捉えていた――


 それから、例の整備士に頼んで、まずはアザラシのロボットの中身を空っぽにした。これを千颯くんに返し、本体のMoO.Rが見つかったと満宗家に伝えられたタイミングで、Waveに提出した。WaveはMoO.Rによる人間殺害の証拠がどこにもないことを確認すると捜査を終了し、警察も手を引かざるを得なくなった。証拠として成り立たなかったアザラシのロボットは、再び千颯くんのもとに戻る。

 ここからは時生が提案した通りに事を進め、整備士によって本体にあったデータがアザラシのロボットへ移された――というわけである。

 アザラシのロボット――世河は千颯くんに抱えられた状態で、俺たちに向かって話しかける。


「本当にありがとうございました……! 弟がここへ依頼しに来ていなければ、俺は今ごろ体も記憶も、思い出も何もかも失くしていたと思います」

「そういう意味では弟さんに感謝した方がいいですね」


 まさかあの提案が成功するとは思っていなかったけど、とボソッと時生がつぶやいたのを俺は聞き逃さなかった。自分で提案しときながら成功する見込みはなかったのかよ……。まぁ、結果としてお兄さんが消えてなくなることはなかったのだ。それでよかったのかもしれない。


「これからどうするんですか? ……世間的にはお兄さんは亡くなったことになるんですよね?」


 その後の報道で、強盗犯は侵入した満宗家で遭遇してしまった長男を殺害後、逃亡するも仲間が逮捕されたことで逃げ切れないと悟り自殺を図った、とされている。きっとハマナとWaveが結託して作られた筋書きだろう。見事に殺人の被害者と加害者が入れ替わっている。

 俺が質問したことに重ねるように、時生も続いた。


「君は弟の助けがあって生きることができたわけだが、どんな形であれ人を殺したという事実は変わらない。これからその姿で生き続けるにしても、両親や友人と満宗世河として関わることもできない」


 いつもは礼儀として最低限使っている、客に対する敬語が完全にとけている。まるで年下の友人や弟妹をたしなめているような言い方だ。

 ――罪と自分を隠し、それらを背負いながら生きていく覚悟はできているのか。

 そう問いかけた時生に、世河は懸命に言葉を探すように答えた。


「……ずっとこのまま流れるように生きるだけだと思ってた。いつか人の役に立つためのロボットとして働くだけの生涯だと」

 だけど――と言葉を切る。


「どんな自分でも生きてていいって言ってもらえた。生きてほしい……って。だから、もう誰も傷つけない。千颯を守って生きていきます。……罪ごといっしょに」


 こちらへまっすぐ向けられた瞳に迷いはなかった。見覚えのあるまなざしに、お兄さんの覚悟は本体の体を捨てると決めたとき、既に決まっていたのかもしれないと感じた。


 いつか俺にも、人間みたいに家族や友人のような人たちができるのだろうか。……もしくは、以前の俺にそんな関係の人がいたのだろうか。消えてなくなった記憶に思いをはせながら、千颯くんとその腕に抱えられたロボットを見ていた。

 






「もうこんな時間だし、千颯くん途中まで送ってくるよ」

 そう言って伍代は千颯とともに事務所を出て行く。

 世河の本体を捨て、アザラシのロボットに中身を移すという計画を立てた後のことだった。

 部屋の中にいるのは探偵である時生と千颯の兄である世河の2人だけだ。元来あまり口数の多くない時生と、ここ数日の出来事で常時緊張状態にあって疲弊している世河の間に世間話などをする空気は流れていなかった。

 しかし、疲れた顔をどうにか引き締めた世河がその沈黙を破る。

「……まだ話してないことがあるんです」

「なんでしょう」

 俺の記憶に関してです――世河が頭の中にある記憶を直接触ろうとするかのように、手のひらを額に当てながら話し始めた。

「強盗に遭遇したとき、突然目の前がスパークしたみたいに真っ白になったんです。そして、あのエラーメッセージが出ました」

 エラーが出たのは2度目だったため、世河はすぐに「まただ」と思ったが決定的に違う出来事があった。

 突如頭に流れ込んできた映像。

 目の前にはナイフを振り上げる黒づくめの男がいて、自分の体は固定されてしまったみたいに動かなかった。男を大きく見上げる形で動けなくなった自分を、側から飛び出てきてかばうように覆いかぶさった女性がそのまま力なくこちらに倒れてくる。

『お母さん!』

 何度も何度も必死に母を呼ぶ声は自分の口から発せられている。しかし、黒髪でショートカットのこの女性は満宗家で世河を育ててくれた母ではない。この映像はいったい何なのか、白い光が明滅していて考えがまとまらない。かすかに警告音が鳴り響いているのが聴こえるが、すべての感覚が遠く感じる。やがて白く染まった視界に意識が吸い込まれるように消えていった。

 次に意識が戻ったときに目に入ったのは、床に倒れたまま動かない男と、血まみれの灰皿だった――


「あれは強盗に遭った1度目の記憶だと思うんです」

「……1度目?」

 時生は今聞いた話をうまく飲み込めずに聞き返した。

 世河が母と呼んだという女性の特徴は、ウェーブがかった色素の薄い髪をした満宗家の母親とは一致しない。だが、もし話にある「映像」が世河が満宗家に来る以前の出来事だったとすれば――

 次の瞬間、時生はさらに耳を疑う話を聞くことになる。


「俺はこのとき、ただの人間だったんです」

以上、初執筆の小説でした!

このお話で一区切りです。

また新しい話を書きためますのでしばしお待ちを……!

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