対面
千颯くんと合流して向かったのは、寂れた雰囲気のただよう公園だった。もうずいぶん手入れがされていないようで、伸びきった雑草があちこちに生い茂っている。
「ここ……幼い頃によく遊んだんですけど、遊具で事故があったとかで、立ち入り禁止になってしまって……でも、簡単に入れるので、家に帰りたくないときとかに2人で来てました」
確かにここならば隠れるにはうってつけだ。
草むらをかき分けながら公園内を進んでいくと、端の方に大きな土管のような遊具があるのが目に入った。
俺たちはゆっくりとそこに近づき、中をのぞきこんだ。
「……世河!」
土管の中には、砂で汚れた1人の男が倒れていた。
俺がお兄さんを担ぎ、急いで事務所に戻ってきた。
おそらく充電が切れているだけだったので、ソファに座らせ、お兄さんが持っていた充電コードをコンセントにつなぎ、しばらくの間目が覚めるのを待つ。
5分ほど経過すると、お兄さんの体がぴくりと動き、ゆっくりとまぶたが開かれる。
「世河!」
「……千颯? なんでおまえがここに……」
と言ったお兄さんはここがあの公園ではないことに気づき、体をこわばらせた。
「なんで……俺は捕まったのか?」
「大丈夫、ここは安全だよ。探偵さんたちに依頼して、助けてもらったんだ」
そう言われたお兄さんは、初めて自分たち意外の存在に気がついたみたいだった。
「あなたたちが……」
「はじめまして。探偵事務所社長の時生です。……助けたと言っても弟さんがあなたと最後に過ごす時間を少し与えた、というだけです。これからどうするのかは2人で考えてください」
時生は2人にそう話すと、奥の部屋へと歩いていった。どうやら事務所で2人に話し合いをさせるらしい。俺も邪魔をするわけにはいかないので、時生の後に続く。
今ごろ2人は、何をどう話し合っているのだろうか。
大きな本棚とベッド、作業机と同じ場所に置かれた椅子が並ぶ部屋で、俺はベッドを背もたれにして座り込んだ。この部屋で唯一座ることのできる椅子はすでに部屋の主の尻に敷かれている。
「……どうにかしてお兄さんが生き残れる道はないんだよな」
「……なんだ、情でも湧いたのか」
「そういうわけじゃないけど……」
ずっと人間として生活するのは容易ではなかっただろう。現に弟の千颯くんに気づかれてしまった。それでも千颯くんはロボットであるか人間であるかをてんびんにかけず、今まで一緒に育ってきた兄としてその存在を肯定したのだ。2人は変わらず兄弟だった。
強盗に入られなければ、この先もきっと。
「……どちらにせよ実験期間が終わればハマナに回収されるんだ。ずっと家族ではいられない。」
「でも、今回のことがなければ壊されることはないんだろう?」
「そうだろうな。人間の役に立つようハマナから社会へ送り出されていたはずだ。」
そうなのだ。俺たちはあくまで人間を助けるために存在している。危害を加えることはあってはならないし、命を奪うなんてもってのほかだ。だから廃棄処分も重すぎるとは思わない。
けれど、人間とMoO.Rが お互いの存在を認め合っている姿を見て、この関係が無くなってしまうのがもったいないように感じた。
……ただの兄弟同士で人間同士みたいな、この関係が。
俺の顔を何の感情ものせていない表情で2、3秒眺めた時生は、視線を前に戻すと小さいがはっきりとした口調で言った。
「……兄を助けられる方法はある」
翌朝。
1度ホテルに戻った千颯くんが事務所に到着すると、時生は2人がけのソファに兄弟を座らせ、自分は斜向かいの椅子に腰をかけた。俺は緑茶を注いだグラスを3人の前に並べてから、時生の右後ろに立つ。
「世河さんを生かせる方法を提示できると言ったら、聞きたいですか?」
「そんな方法があるんですか?」
「えぇ、実に簡単なことです」
前のめりになって話を聞く千颯くんを横目に、時生は目の前の机にあるロボットを指した。事務所に持ち込まれてから一度も反応のないロボットは、相変わらずまるっこい体を横たわらせている。
意図が読めずに、全員がただその静かな置物を眺めるだけの時間が流れる。
「当初の依頼内容に立ち戻るんです。要はこのロボットのデータが完全に存在しないものであればいい」
そもそも誰にどのような理由で世河さんが追われているのかを思い出しましょう、と言って時生はタブレットを取り出し、ペンですらすらと文字やら矢印やらを書き込んでいく。
「ハマナ」と書かれた文字が四角で囲まれ、その横に同じ要領で「Wave」、「警察」と記された。
「警察が世河さんを追うのは、もちろん殺人罪を立証するためです。加えて証拠の映像が入っているだろうロボットがほしい。これはおそらく、逃げる際に世河さんがロボットを持ち去ったという見解なんでしょう」
「しかし、ハマナは逆です。自社のロボットが意思をもって殺人を犯したなんてことが世間に知れるわけにはいかない。そのために世河さんを回収して殺人に関する記憶の部分を消したいわけです。そして証拠となるロボットの映像なるものがあるなら、それも消す必要がある」
そしてWaveは警察の捜査を止め、ハマナの意向で動いている――と時生は言った。
「つまり全員がロボットのデータを欲しているわけです。ロボットが関わる案件ですから捜査の権限はWaveにありますし、殺人の証拠映像が無くなってしまえば警察はとやかく言えなくなる」
だからロボットのデータがなければいい――。
振り出しに戻ったわけだ。それだけなら俺が修理できれば何とかなるということである。
けれど、なんだかあっけなさすぎる。
別にもっとハードに依頼をこなしたいとか、複雑なことをしたいとかじゃない。修理のみで十分重めの労働である。
だけど、これは……。
「それで大丈夫なんですか……? なんか信じられない気もするけど……」
俺が感じていたことを千颯くんが口にした。
「はい。……本当に追われている理由がそれだけなら」
「聞きたいことがあります」
「あなたがWaveに追われる理由は、殺人を犯したことのほかにもう1つありますね?」
えっ、と千颯くんが声を漏らした。
お兄さんは何の表情も浮かべていない。
「MoO.Rは完璧ではありません。世に出回っているMoO.Rがたびたびエラーを起こして回収されているのはご存じだと思います。製品をつくっていれば不良品が出てしまうのは仕方がありません。動作不良や部品の欠陥、修理困難な故障……」
「そして、原因不明のエラーメッセージ。これが3回表示されればそのMoO.Rは回収対象になります…………あなたがそうなのではないですか?」
3回のエラーで回収……。
自分がMoO.Rでありながら知らない事実だった。そもそもが一般人には渡ることがほとんどないロボットなのだ。時生はなぜ知っていたのだろう。
「……そこまでわかっているんですね。えぇ、そうです。1度目は夜中でした。弟にMoO.Rであることがバレたとき。そして、2度目が……」
――あの事件の夜だった。
エラーが出た際には、ハマナの技術研究部に連絡がいくようになっており、原因を探るために聞き取りやメンテナンスをおこなうという。
「このエラーは原因がよくわかっていないみたいで、かなり念入りに調べられるんです。だから、俺が事件を起こしたことは、エラーの原因究明に何か役立つ……って考えてるんじゃないでしょうか」
ハマナの目的は、お兄さんを回収しMoO.Rによる殺人の事実を消すこと、そしてあわよくば、度々起こるMoO.Rのエラーの原因を突き止めること、というわけなのか。
なんて自分勝手な会社だ。回収して研究材料として扱い、調べ終わればさっさと処分してしまうなんて。
「……もう、仕方がないんです。もともと逃げ切れるとも思ってなかったし……最後に千颯と話せて良かった。十分です」
眉を下げて少し不格好に笑ったお兄さんが、千颯くんの方を見る。その顔を目にした千颯くんは、耐えきれずに唇を噛んで下を向いてしまった。
2人の様子を黙って眺めていた時生は、椅子から立ち上がり、背を向ける。
「……もう1度聞きます。世河さんを生かす方法を知りたいですか」
振り返った時生は、静かでどこかざわつく気持ちになる、夜の海を映したような目をしていた。