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MoO.R  作者: 青澄 舞人
1章 「不可解な依頼」
5/7

追跡

 明かりがついたり消えたりを繰り返している。

 バタバタしていたため、換えの電球を買ってくるのをすっかり忘れていた。何度かチカチカすると、なんとか持ち直して部屋を光で照らす。

 千颯くんが帰った後、机の上を片付け水滴を布巾できれいに拭きながら、俺はさっきの話を思い返していた。

 ロボットでありながら、人間と同じように育てられたMoO.R。

 MoO.Rを兄としてともに育った人間の弟。

 MoO.Rであることを隠しているからこそ成り立つ関係だと思っていた。しかし、千颯くんは兄がMoO.Rであることを知ったにも関わらず、兄弟という関係を放棄しなかった。

 どうしてなんだろう。

 ――そこには、人と同じ形をしたロボットに対する、親しみ以上の何かがあるのではないかと思った。


 



「お兄さんを探すって言ったのはいいけど、何かあてがあるのか?」


 外からはかすかに虫の声が聴こえている。

 すっかりあたりは暗くなり、窓にはこれから営業を始める店や、そろそろ店仕舞いをしようとする店から漏れる光が映っていた。


「あー、それなら……」


 時生が何か言いかけたとき、タイミング悪くも事務所の扉が開く音がした。一瞬外の音がより大きく聴こえ、扉が閉められる。

 入ってきたのは、夏だというのにかっちりと上着を着こんだ若い男性だった。ほどよく引き締まった身体からは、普段から運動する習慣があることが見て取れる。おそらく時生よりも年下だ。

 さわやかな風貌の男性に、しかし俺は頭から変な汗が止まらなくなっていた。そう、面倒なことにこの身体は汗もかけるのである。

 あの服装は制服だ。よく街で見かけたことがある。というか、生活していればほとんどの者がその制服に見覚えがあるはずである。


「お? 君が例の……初めましてだな。俺は矢霧宗護(やぎりしゅうご)。特殊技能捜査隊、Waveの隊員だ。」


 よろしく、と言って差し出された手を反射的に握ったものの、俺の手は手汗でびっしょりだったはずだ。矢霧さんは、たいして嫌な顔もせず握手をすると、俺の手を離し、時生の方に向かっていく。


「何かあれば連絡を、と言ったのにこれはどういうことですかね、社長?」

「言わなくても勝手にそっちからやって来るだろ」

「ハハッ。誰がこの事務所に警察とWaveを近づけさせないようはからったと思うんです?」


 警察とWaveを近づけさせない?

 確かに千颯くんがここに出入りしていることが、知られていてもおかしくはなかった。しかし、この人が来るまで警察もWaveも事務所を訪れてはいない。


「まったく……事前に知らせてもらえばこっちが慌てる必要ないんですけどね」


 苦笑しながらも、矢霧さんはこのやり取りに慣れている様子だ。

 俺は頭の中にはてなを浮かべて時生を見た。

 時生は面倒そうにしながらも、矢霧さんとの関係を説明する。


「たまにWaveの捜査に協力してる。その見返りに調べものをしてもらったり、情報を流してもらったりしてるんだ」


 初耳だ。

 組織とか集団を嫌がりそうな時生が捜査の協力をしているとは意外だった。


「そういうこと。今回も俺がいろいろと手を回したんだから感謝してほしいなー」


 と笑って時生を見るも、本人はどこ吹く風だ。


「それで? わざわざここに来たということは、Waveの方でなにか進展でもあったのか」

「えぇ、これを見てください」


 そう言って矢霧さんが見せたタブレットの画面には、複数の写真が映し出されていた。


「あ、これって……」

「そう、街の防犯カメラに満宗世河の姿が捉えられました。それを辿ると……ネットカフェに入る様子が確認されました。おそらくここで充電をおこなったんでしょう」


 MoO.Rはいくら人間に近いとはいえ、動くためには充電が必要である。食べ物を摂取することで多少は動力になるエネルギーを蓄えておくことができるが、それにも電気を使うことになるので、あくまで充電に余裕のある際の話だ。


「なんか、あまり遠くに行ってないですよね? 逃げるならもっと離れた場所に行くんじゃ……」

「あまり動かないことで、消費するバッテリーを節約しているんじゃないかな。あとは、遠く離れるためには交通機関を使わなきゃならない。カメラに映るし、人にもたくさん目撃される」


 だからあまり動いていない……というより動けないのか。しかし、これではどうあがいても逃げ切るのは難しいだろう。


「MoO.Rはフル充電でどれくらいもつんだ?」


 矢霧さんが俺に向かって質問をする。


「2日です。それと、だいたいは備えとしてモバイルバッテリーを持っているはずなので、合わせると3日……ぐらいですね」


 あまり動かないというのであれば、それより若干長めに充電がもつ可能性はある。


「なるほど。カメラに写ったのが4日前だったから、そう考えると……」

「ちょうど今ごろ、充電がなくなってるかどうかというところか」


 時生が矢霧さんの言葉の続きを引き取る。


「ですね。ちょっとまずいな……満宗世河を見つけるなら、Waveより先に見つけてもらわないと……たぶん次に充電するタイミングで捕まえようと考えているでしょうから」


 つまり今夜にでもお兄さんが街に出ることがあれば、千颯くんとお兄さんを引き合わせることは不可能になるということだ。


「矢霧さんが捜索を止めることはできないんですか」

「さすがに捜索自体を止めることは無理だな……最悪外部に情報流してることもバレるし」


 どうするべきか頭をひねっていると、突如軽快なアラーム音が鳴り響いた。


「あぁ、呼び出しだ。すいません、すぐ戻らないと……」


 音が鳴ったのは矢霧さんのスマートウォッチだったようだ。


「わかった。……あとは何とかやってみるよ。ご苦労だった」


 急いで飛びたしていった矢霧さんを見送ってから、事務所に入ると時生が誰かに電話をかけるところだった。

 繋がったのを確認して、スピーカーに変更する。


『――もしもし?』

「時生です。至急教えていただきたいことがありまして……」


 電話に出たのは、矢霧さんが来る前まで事務所にいた、千颯くんだった。


「メールでお送りした地図の範囲内で、お兄さんが行く場所に心当たりはありませんか?」

『そんな、急に言われても……』

「お願いします。早くしないとお兄さんはWaveに捕らえられるかもしれません」


 電話の向こうで千颯くんがはっと息を飲んだのが聞こえた。それからしばらく、沈黙が流れる。


「お兄さんは今、どこかに隠れてじっとしている可能性が高いです。身を隠せるような人通りの少ない場所はありませんか」

 少し迷ったのち、千颯くんはおずおずと口にした。


『もしかしたら…………』

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