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MoO.R  作者: 青澄 舞人
1章 「不可解な依頼」
2/7

調査

 大きな家が立ち並ぶ閑静な住宅街。

 時生(ときお)は、なるほど金持ちが住んでそうな場所だな、などと考えながら歩みを進める。

 依頼人の家もご多分に漏れず裕福なようだ。先ほど査定をしてもらった例の腕時計は、依頼人の言ったとおりいい値段だった。

 しばらくして、白と黒を基調とした一軒家の前で足を止める。家に明かりはついておらず、駐車スペースには車1台分の空きがあった。表札を確認してからインターホンを鳴らす。

 応答はない。もう一度鳴らして待っていると、犬の散歩から帰ってきたらしい向かいの住人が声をかけてきた。


「満宗さんなら家にはおられないと思いますよ。」

「ああ、そうなんですか。ではまた明日出直します。」

「いや、明日も多分……満宗さんのお知り合いかしら?」


 どうやら向かいの家を訪ねてきた若い男に、いろいろと話してしまって大丈夫なのか思案しているらしい。情報を引き出すため、笑みを浮かべて話を続ける。


「レンタルサービス業者です。満宗さんと契約させていただいていて……今日は浄水器のお取替えに伺いました。」

「そうなのね、なら知らないと思うけど……」


 向かいの主婦は業者だという男を怪しむことなく、まるでとっておきの秘密を明かすように話し始めた。




「ふーん。これが例のロボット?」

 この前預かったアザラシのロボットを手に取り、液晶画面をバシバシたたく女性はロボットの反応を得られないと知ると途端に興味を失ったようだ。こちらへ向き直ったかと思えば手にあったはずのロボットが宙を舞い、俺目がけて飛んできた。


「修理を頼まれてるのにこれじゃ持ってきた時よりひどい状態で返すことになるだろ!丁重に扱ってよ!」

 

 素知らぬ顔をして胸まであるピンクブラウンの毛先をいじる女性――砥紙(とがみ)あやめは腕を組みつつ口を開く。


「どうせ修理するんだから壊れた箇所が増えようが依頼人にはバレないでしょ」


 そういう問題ではないんだけど……もそもそとつぶやきながら俺の手に飛び込んできたロボットの状態を確認する。新たな傷はついていないようだ。

 そんな俺を横目に、砥紙さんはハァ……とため息をつく。

 

「なんでこんなポンコツが正式な社員で、私がただの業務委託なの……」


 砥紙さんはまだ大学生で学業のかたわらここの仕事を手伝っているという形だ。時生を尊敬してやまない彼女は、役に立ちたいと日々奮闘しているが、正社員としてもアルバイトとしても雇われるにはいたっていない。そのせいなのか俺への態度がすこぶる悪いのである。


「ここの仕事はたまにだけど厄介な案件もあるだろ? 砥紙さんはまだ学生だし、危険な目にあわせるわけにはいかないんだよ。その点俺は後ろから刺されたって死なないし、壊れても修理すればいいから便利ってだけだ」

 時生も一応そういった気遣いはできるみたいで、少し危険だと判断すれば彼女を仕事から引かせることもある。


「……人間みたいな顔して、そういうところが気持ち悪いのよ」

 

 俺に一瞬道端にひっくり返っている虫でも見るような目を向けた砥紙さんは、吐き捨てるように言った。

 いったい今の発言のどこが気に障ったのかわからず、どういうことか聞き返そうとしたところ、彼女は話を続ける気はないとでもいうように顔の前で手を振った。

 そんなことよりお茶でも出してよ――と背もたれに体を預けて完全にくつろぎ始めた砥紙にあきれていると、奥の扉が開いた。


「客じゃないのに茶なんて出すか。仕事は終わったのか?」

「時生さん!」


 先ほどまでの姿がうそのように背筋をのばして立ち上がった砥紙は、素早く時生のもとへ駆け寄る。


「もちろんばっちりです。何から何まで調査済みですよ」


 心なしか声もワントーン高くなっている気がする。その1割程度でいいので俺への態度も軟化してほしい。猫かぶり砥紙はバッグからタブレットを取り出すと、資料を読み上げ始める。


「依頼人は14歳で近所の学校に通う中学2年生。成績はそこそこで生活態度に問題なし」


 両親のほかに高校生の兄と暮らしている。両親は共働きで家を空けがちだが、家族関係は良好。近隣トラブルのうわさもなし。


「父親がどうやらロボットの販売会社の重役みたいです。株式会社ハマナ……MoO.Rの製造元の関連企業ってところですね。要するに稼いでるってことです」


 これであの時計の出処は父親という可能性が高くなってきた。もし息子が勝手に時計を持ち出して探偵を雇ったなんてことがバレたら、俺たちが訴えられるんじゃないのか?やはり金に目がくらんでいる社長をどうにかしないと……などと考えをめぐらせていると、ふいに話が向けられた。


「アンタもMoO.Rだからハマナ製よね? 大企業に属しているようなものなのに、依頼人の家とは天と地ほどの差があるわ」


 言わなくてもいい一言を付け足して大笑いする砥紙だが、それは探偵事務所が稼いでいないこと、ひいては社長の時生を罵倒していることになると気付いているのだろうか……。

 ハマナとは、MoO.Rの開発、販売を手がける大企業で、日々よりよい人とロボットの暮らしを実現するため研究をしており、社会に貢献してさまざまな功績を上げている。ただ、組織との癒着もうわさされており、警察に属している特殊技能操作隊、「Wave」は実質ハマナの操る組織だと言われている。

 砥紙がタブレットを机に置いたので、手に取って調査書に目を通す。どことなく違和感を覚え、記載されている情報を順番に見比べた。


「これ、お兄さんのだけ卒業アルバムの写真?他のはちゃんと最近のだよな」


 父、母、そして依頼者の千颯は外にいるようすや歩いているところなどの隠し撮りだが、兄の満宗世河(みつむねせいが)だけは空色の背景に学ラン姿で笑みを携えた写真が載せられている。


「あぁ、それね。兄貴だけ一度も姿を拝めなかったの。仕方がないから中学の卒アルから借りたってわけ。あぁ、それともう1つ……」


 砥紙はにっこりと笑って人差し指を立てると、十分に間を取ってから口を開いた。


「この家族、ホテル暮らししてるみたい」


 ホテル暮らし? 調査書の中の写真に写ったモダンで大きな家は、抜け殻だというのか?


「家周辺で張ってても誰も出てこないんだもの。探すのに苦労した」


 砥紙がタブレット画面をスライドさせると、家族が宿泊しているらしいホテルの写真とホームページを切り取った画像が現れた。駅前にある高級ホテルだ。俺の稼ぎでは連泊はおろか、一日泊まっただけでも家計が火の車になってしまうだろう。

 調査結果の報告を終え、満足気にタブレットを回収すると砥紙は時生の方へ顔を向けた。さながらエサを待つ小型犬といったところである。


「これで終わりか?」

「え?」


 お褒めの言葉を待ち望んでいた砥紙は、予想と違う時生の反応にうろたえる。まだ何か不足している点があるのだろうか。


「いや、いい。今度は満宗一家の宿泊記録を詳しく調べてくれ。結果はメールで報告を」

「わ、わかりました……」

 

 すぐに報告するので!と言い残し、荷物をバッグに詰め足早に去っていった砥紙を見送って後ろを振り返ると、時生がソファに寝転んでタブレットを眺めているのが目に入る。ひと通り見終わると、時生はタブレットを腹の上に置いてため息をついた。


「何かわかってるんだろ。もったいぶってないで教えろよ」


 別に砥紙がいるところでそのまま話せばよかったのに、と言うと時生はなにやら眉間にシワをよせて渋い顔になった。体を起き上がらせ、自室へと消えると1分もしないうちに四角い箱を手にして戻ってきた。

 依頼人から前報酬としてもらった腕時計だ。

 査定してもらうと言っていたからもう金に変わったかと思っていた。しかしなぜこのタイミングで箱を持ってきたのかと時生の顔を見る。


「査定のついでに満宗邸周辺をうろついたら、近隣住人とお話できた」



 なら知らないと思うけど――と声をひそめて満宗家の向かいの住人が話し始める。


『おとといの夜、満宗さんの家にパトカーが何台も来ててね、何があったのか気になって家の前に出てたの。するとどうやらね……』


 少し間を取ってから、住人は女子高生が人の色恋沙汰をしゃべっているときのように、時生に話す。


『強盗に入られたみたいなの』


 つまり千颯くんは強盗の被害に遭ってすぐうちを訪ねてきたことになる。

 そんな大変な状況で探偵にロボット修理の依頼をしに来たというのか。写真や動画が入っていると言っていたが、直すにしてもこのタイミングである必要はないだろう。あの千颯くんの様子からしても、親には黙ってここを訪ねたはずだ。

 いったい何が目的なんだろう。


「……少しつついてみるか」


 時生はソファへ腰を下ろしながら、何の反応も示さず静かにたたずむアザラシのロボットを指でなぞった。

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