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さらに謎めく自分自身


咆哮の主は、私達が今いる森を再び夜に返した。


その大きさは山その物であり、それが羽ばたくだけで森の葉や土がまるで大嵐に見舞われたかのように舞う。示威行為なのか、威嚇のつもりだろうか?それは私達の上を上下に滑空や上昇を繰り返している。上昇によってあたり一面は霧で霞がかり、次の下降でその霧が一気に消える。あたり一帯の空気ごと巻き込んで移動する程のその巨体の主は、私にも負けないほどにおぞましい爬虫類であった。


その者の左右に大きく裂けた口からは、特有の匂いを放つ涎が垂れており、その涎が口を離れ大気に触れると途端に夕焼けのような鮮やかな赤色の炎に変わる。その炎の灯を鈍く反射するその巨体の全身を覆う血赤色残って鱗は、透き通っているが黒みのついている粘液状の液体で満遍なく覆われているようだ。黒い眼窩の奥に光る小さな宝石のような紅い輝きは、間違いなくこちらに焦点を向けており、黒い粘液が固まって糸を引いているその汚い口角を僅かに吊り上げた。


炎龍イェンロン…。」


空気の漏れるような、僅かな呼気に乗せるように、思わず漏れ出た呟きが地面にへたり込む音と共にシャオの方から聞こえた。


小馬シャオマー小藍シャオランの若い二人組は、その人生経験の少なさから、この絶対的な存在である龍に対して逃げるべきか、隠れるべきかの行動に移る判断を行うことが出来ず、思考が停止している。武器を持ち、足の震えを我慢して、ただ立っているところは、勇気によるものなのか、硬直によるものなのかも定かでない。


唯一、老大ラオダーのみが判断力を保持し続け、その圧倒的な存在から逃げる術も、身を隠す場所もない事を理解しているようだ。彼は震える体をなんとか堅持して龍に対して武器を構えつつも、その目は諦めの色が見える。こんな状況で呑気に皆を見渡す私と目が合い、彼の目から諦めの色が薄れて、驚きの表情に移り変わった。


何かを言おうとしたが、恐怖で顎が外れていた老大ラオダーの言葉を待たずして、私は燻製炉を見る。せっかく作り上げたそれは、風圧でバラバラに砕けたり、内容物の乾燥食物たちは共に宙を舞ったお茶や石や粘土片によって、揉みくちゃにされ台無しになってしまっていた。


よくよく見ると、シャオたちが持ってきていたその他の生活用具の一部もあちこちに飛ばされてしまっており、もしかすると無くなってしまった物もあるかも知れない。


あの山は、厄介だ。このままでは皆死んでしまうだろう。


しかしながら、この地での記憶が最も少ない私も、その状況から何をすれば良いのか、あるいは何が出来るのか、判断できずにまごついていた。


するとその山は、それが山に見えなくなって森に再び光が差し込むほどにまで空高く上昇し、雲を晴らすほどの熱源を吐き散らす。その熱波の一部が私達のいる地面にまで到達し、皮膚は熱を受け、目は乾燥する。


そいつは再び急下降し、まるでサウナのような熱を帯びたあたりの空気を吹き飛ばして、再び私達の方を見た。その汚い口角は先ほどよりもさらに深く吊り上がっている。


遊ばれている。はっきりとそのように感じることが出来た。


恐怖を感じない私ではあるが、優しさや気配りなどを思いつくだけあって感情はあるのだ。正確に言えば、私の中から「恐怖」だけがなぜか消えていると言った方が意味が近い。


つまり、私も苛立つのだ。その山に対して苛立っても何もできない事は変わらないだろうが、感情というものは自然と湧き上がってしまう物である。


死体が死ぬことがあるのかどうかという疑問もふと湧いたが、どうせ焼き尽くされてしまえば、跡形も無く無くなってしまうのだ。今動けるうちに、少しでもこの怒りをあの山にぶつけなくては。


幸いあの山の翼による大嵐によって投げられる物はあたり一面に転がっており、私はその辺から小さな石を拾う。


その山もどうせ私達は何も出来ないはずだと、たかを括っているのだろう。私の投擲が届く程度の低空をホバリングしていた。


私は私の怒りによる勢い任せに、拾った石をその山に向けて全身全霊で投げつけた。


私の放った石は放物線ではなく、その山の顔に目掛けて直線的に飛んでいき、その軌道を天の川のように煌めく美しい菫色の焔で彩った。


焔が引くと、頭の半分を失った龍がそこにおり、その巨体は小刻みに震えているように見えた。それは再び点になるほどまで空高く上昇していくと、そのまま南の方へと飛び去って行ったようだ。


気を失っている蕭と若い二人組。私を見て腰を抜かしている老大。そして一番この状況に愕然としている私だけがその場に残ったのだった。


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