初めての魔術
さて、草餅制作の続きとしよう。今手元に材料は揃っている。すり鉢が必要だな。蒸すための鍋も必要だろう。それと水が無いと話にならない。兎にも角にも、それらを集めるために再び川辺へと向かわねばなるまい。その前に火付けだけ行って煙を立てておけば、この場所の目印になるだろう。
私は菱銀さんから譲り受けた着火用の魔術用導入用紙を地面に敷き、その上に火を燃え移らせるための枯葉やある程度乾燥している枝、流木などを置いていく。これで、火付けの材料は揃った。
まずは長村さんに教わった「発動体の呼び起こし」を行う。地面に跪き、初めに地面から伝わる冷気を強く意識すると良いと聞いた。その冷気が腰、脊椎、腕、頭、指先と順々に伝わっていく様子を集中して追っていく。正確には冷気ではなく、その冷気と共に身体を巡っていく魔力が重要らしいのだが、初めてやる際にそれを感じ取ることは難しいようだ。その体を巡っていく冷気が強く滞るような、特に冷えるように感じる様な場所に「魔力の発動体」が宿っているそうで、その部分を強く意識することで、初めて魔力という物が感覚で感じ取れるようになるという。
実際にやってみることで、無事私も魔力というものを感じ取れるようになった。体を巡る魔力は私の場合、基本的に地面から吸い上げているように感じる。足や膝あたりから、何か液体のようなものが骨の髄をさすってゆっくりと登ってくるような、なんとも言えないこのむず痒さが魔力の流れなのだろう。その流れを手のひらに送りながら、導入用紙の上で手を引き上げると瞬く間に火が立ち上った。枝などからも、忽ち煙が上がり始める。
導入用紙は燃えない素材なのか、火の下に置いてあっても問題ないようだ。そういえば、以前菱銀さんがこの導入用紙を使って草餅を作った時、この導入用紙を再び巻き直すまで同じ火力の火が出続けていなかっただろうか?しかも、その際は可燃物などを置いていなかったはずだ。もしかすると、この導入用紙さえ広げておけば、火は消えないのでは無いのだろうか?川辺に採取に行く前に、この仮説を検証するためちょっと火を観察していくことにする。幸いまだお腹は減っていない。
火の番をしつつ、火の周辺にかまどのように石を積んでおくことにした。
月が沈みきったのか、空が明るみ始めてきた。まだ、火はついたままだ。火の上にくべた枝や流木などはもうとっくの前に全て灰になり、煙すら出さなくなったが、火の方の勢いは全く変わっていない。おそらく自分の仮説は正しかったのだろう。私は安心し、魔術用導入用紙を巻き、火を消した。少し明るくなってきた洞穴周りからは北を流れる川の流れを目で捉えることができた。逆を言えば、向こうからもこの洞穴が見えるはずである。煙は必要ないだろう。念の為に長めの枝を用意して、等間隔で川まで立てておけばもっと安心だ。私は河辺へと向かうことにした。