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箱庭の白い花  作者: 夏目華亘
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追想-後編-



「中学三年生の時、俺の父ちゃん交通事故で亡くなったんです。今年再婚して“瀬名”になったけど、みんな下の名前で呼んでます」

「……神崎君から少しだけ聞いた」

「どこまで聞きました?」

「……中学生の時、神崎君が君に隠れて泣いたって」

「ああ……」



 今でも鮮明に覚えている。鼻水まで出しながら泣きじゃくった上、凛央辛かったよな、俺に出来ることあれば何でも言えよ、と背の大きい神崎から抱き着かれ、逆に俺が神崎をなだめた。神崎のデカい胸の中で小さく泣いたのは秘密だが。



 先輩にバレないよう軽く深呼吸をする。初めて話す自分の過去。似たような境遇を持つ先輩に話したかった。



「新しい父さんは大好きです。でも、新しい家族を傍から見ている自分がいる」



 瀬名という苗字には慣れた。父さんとはよくサッカーや水泳にも行く。なのに、”父ちゃん”がまだ生きている思い出が何度もフラッシュバックして、今の家族が夢なのか現実なのか分からなくなる。



「みんなでご飯を食べている時、笑っている父さんと母ちゃんと幸人を傍から見る自分がいるんです」



 自分も家族の一員なのに、まるで他人の家族を見ているような感覚に陥る。俺だけが、ふわふわと宙に浮いているような感覚が急に訪れるのだ。



 そんな風に思ったらおかしいのに。父ちゃんも父さんも大好きなのに。



「家族の死を、いつ受け止め切れました?」

「……まだ乗り越えられてない。今でも夢に母さんが出てくる」



 先輩は俯き両手をギュッと握った。



「……新しいお父さんはいい人?」

「すごくいい人です。スイミングスクールの先生で、母ちゃんが大好きで、連れ子の俺や幸人も大切にしてくれる。俺、昔はアルバイトしていたんですけど、父さんが“高校生は勉強して青春するのが仕事だからアルバイトはしなくていい。俺が家族全員を支えるんだ”って笑顔で言ってくれて。この人が母ちゃんを支えてくれる、家族になってくれることが嬉しかったんです。……なのに、俺だけ父ちゃんの事を引きずっている。最悪ですよね」



 胃の中がグルグルと動き喉奥から何かがこみ上げてきた。誤魔化すように髪の毛をぐしゃぐしゃと搔きむしる。



「……っ」



 ふわっと身体が引き寄せられた。



「……泣いていいよ」



 頭と背中を優しく擦る。その手も身体も俺より小さいのに、胸に張り付いた鉛がゆっくり溶けていく感覚がした。



「……ずっと我慢していたんでしょ?」

「何で分かるんですか……」

「……俺とそっくりだから」



 赤子をあやすように背中をポンポンと優しく叩く。



 先輩の胸の中で、俺は子どものように泣きじゃくった。







「……きて、……起きて」

「んんっ……」



 ぼやけた視界をごしごしと拭う。視線を横に向けると先輩の顔が至近距離にあり思わずばっと離れた。



 俺、あのまま寝てた……?



 恐る恐る聞くと、泣き疲れた俺は先輩にもたれかかった体制で三十分は寝てしまったらしい。

 


「……起こしてごめん。さっき閉園15分前のアナウンスが流れたから」

「俺重かったでしょ」

「……すごく」

「ご、ごめんなさい! 肩痛くないですか!」



 アワアワと慌てる俺を見て、先輩は小さく笑った。



「……落ち着いたみたいでよかった」



 消化できなかった気持ちを吐き出し、涙を流すだけでこんなに気持ちが楽になるとは思わなかった。身体の毒が抜けきり、脳内が空っぽになったような脱力感が心地いい。



「……俺も話していい?」



 先輩はベンチから立ち上がり、クラゲが泳ぐ水槽の前へ向かった。



「……初めて三人でご飯を食べた時、普通の家庭を知ったら腹が立つと思ったんだ。でも人と一緒に食べるご飯が美味しくて、すごく楽しかった」




「……凛央が話しかけてくれたあの日、正直戸惑った。明るくて友達も沢山いる君が、どうして俺に興味を持ったのか。それに何年も人と話していなかったから、声の出し方すら忘れている。でも、凛央も幸人も神田君も変な目で見ない。それが一番嬉しかった」



 恥ずかしくなったのか、目線をクラゲの方へをそらした。



「俺の頼みを断れなくて、意外と毒舌で、神崎や幸人とも不通に打ち解けている。本当は他人と関わりたかったのかなって。じゃなきゃ、せっかくの休みに俺と出掛けないでしょ?」



 ……そうかも、と先輩は柔らかくはにかんだ。










 帰りの電車では、俺も先輩も爆睡してしまった。長距離移動の疲れのせいか、先輩の頭が俺の肩に乗っかっていたのに気が付かないほど深い眠りに入っていたらしい。乗り換える駅に着いた頃には七時を過ぎていた。



「……今日はありがとう。じゃあね」

「ん?……ああ、待って!!!」

 


 改札へ向かおうとする先輩の左腕をグッと掴んだ。思ったより大きな声が出て周囲が何事かと振り返る。先輩の表情もどうしたと言わんばかりに目が点になった。



「……な、何?」

「誕生日!!!」



 すっかり忘れていた。先輩の誕生日会を勝手に企画し、ご飯を用意していることを水族館で伝え忘れていたのだ。



「……ああ、誕生日。忘れてた」



 そんなことか、という表情で安堵する先輩。自分の誕生日忘れる? と一瞬思ったが、一旦スルーした。



「実は先輩の誕生日会の準備したんです。俺ん家で、幸人と神崎が待ってます」

「……えっ、……本当に?」



 先輩は目をキラキラさせ、早く行こう!と逆に俺の腕を引っ張る。俺は先輩に腕を引っ張られながら、人混みをかき分け改札へと向かった。


 



 最寄り駅に着き、自転車置き場から自転車を出した頃には八時を過ぎていた。家から駅までは二十分ほど。チラッとスマホを見ると神崎から、十件ほどクレームの通知が来ていた。



「先輩、二人乗りしません? 早く帰らないと神崎からぶん殴られそう」

「……わ、分かった」



 神崎から殴られる俺を想像したのか、慌てて自転車のリアキャリアに跨る。少し怖いのか俺の腹をグッッとホールドし、一瞬呼吸が出来なかった。



「先輩、ちょっと苦しいです」

「……ご、ごめん!」



 慌てて腕の力を緩める。本当は爆速でペダルを漕ぎたいが、初めて二人乗りをする先輩を怖がらせないようゆっくり漕いだ。



 







 雨雲が徐々に消え、月の光がぼんやりと顔を出す。雨上がりと相まって、顔に当たる風は突き刺すように冷たい。手袋を忘れたせいで手は悴み、おそらく耳は真っ赤だろう。



「先輩、怖くないですか?」



 先輩の様子を見れないことがもどかしい。今どんな表情をしているのだろうか。



「……悪いことしてるみたいで楽しい」

「よかった」



 先輩の体温が背中を伝う。冷えた空気とは反対に額と首筋から汗をかくほど、俺の体温は上がっていた。



続く


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