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箱庭の白い花  作者: 夏目華亘
4/7

不思議な彼ー前編ー

 三年の特進クラスは毎年秋に行われる秋の行事、体育祭と文化祭には参加しない。国公立大や有名私大を目指す彼らは大切な時期に必要以上に体力と準備が必要な行事には参加せず、勉強を理由に自宅や塾でひたすら受験勉強をする。



 いくら何でも特進クラスの先生酷すぎだろと思ったが、毎年クラスの生徒がやりたくないと反対するらしい。特進クラスは金持ちの家も多く、受験でピリピリしている親は二年生までやったなら満足だろうと生徒以上に反対するそうだ。



「女装カフェ一択だって何度言ったら分かるの?」

「女子がやるならともかく俺は着たくない!」

「女子が可愛い衣装着るほうが人気出るだろ!」

「男子が着るから他のクラスと差別化ができるの!」



文化祭の出し物を決める議論は毎年揉める。今年は男子と女子の意見が割れて次の日へ持ち越し、その繰り返しだ。結局出し物が決まったのは文化祭の一週間前という過密なスケジュールとなった。



 一番の問題は、今から男子の衣装を準備することだ。身体の大きい男子が多く店で販売されている物ではサイズが合わない。女子が採寸して衣装を作ることになったが、間に合うかイチかバチかの状況だ。学校行事を成功させる裏ではトラブルや思い通りにならない事が付きもので、文化祭前日までクラスの雰囲気がギスギスするこの空気が苦手だ。



 文化祭の出し物が決まった日の昼休み、屋上で先輩と昼飯を食べることになった。夏は終わり、冷気を含む澄んだ風が肌を伝う。



「……何か、疲れて見える」

「文化祭の出し物がやっと決まったんです」

「……文化祭まであと一週間だよ?」



 数分前まで行われていた男子と女子が繰り広げる口喧嘩に近い議論(女子が圧倒的に強い)に、見てるだけの俺もヘトヘトになった。



「女子に勝てるはずないのに男子が意地張っちゃって……」

「……凄いね。お疲れ様」



 俺の愚痴をただ聞いてくれる先輩は青空から舞い降りた天使に見える。



「去年の特進は出し物何したんですか?」

「……謎解き脱出ゲームだった」

「特進クラスが作った問題とか絶対脱出できないわ……」

「……それで、結局出し物は何になったの?」

「コスプレ女装カフェです。男子が女の子のコスプレをするんです……」



 結局男子が折れ、女子が提案した女装カフェが採用された。男子が女装して接客、女子は調理係。嫌なのは男子が全員強制的に衣装を着るということだ。やりたい奴がやればいいのに……。



「……バイトの準備終わったら見に行こうかな」

「先輩バイトしてるんですか?」

「……家庭教師」



 特進クラスなら人気も時給も高いんだろうなあ……

 …………じゃなくて! 今見に来るって言った?



「見に来てくれるんですか!?」

「……二日目の二時過ぎなら大丈夫」

「二時だとちょうど仕事をしている時なんです。接客は出来るんですけど、一緒にお客として入るのは微妙です……」

「……一人で入るのは怖いな」



 それはそうだ。俺も女装した店員がうじゃうじゃいる教室に一人で入る度胸はない。



「じゃあ友達の神崎呼びましょうか? あいつ先輩と会ってみたいって言っていたんですよ」



 先輩は少し悩んだ。幼馴染で悪い奴じゃないことを慌てて伝える。



「……分かった。でも行く前に図書室で勉強してから行きたい」

「じゃあ図書室へ迎えに行くよう神崎に伝えておきますね」



 キーンコーンカーンコーン――



 丁度いいタイミングで昼休み終了のチャイムが鳴った。先輩と別れ鼻歌を歌いながら教室へ向かう途中、あることに気付いた。



 俺の女装が、一番見られたくない先輩と神崎の両方に見られることを。





【神崎】

 文化祭の二日目、どういう訳か凛央を毛嫌いしている先輩と二組へ足を運ぶことになった。会ってみたいとは言ったが、初対面の2人だけで文化祭を回るというのは少し気まずい。



「昨日も文化祭行ったし、もう飽きたな」



 皆がクラスの出し物を見に行っている中、泉という先輩は図書室で勉強しているらしい。



 美人だからすぐ分かるって言われたけど、何だそれ。そんな大雑把な説明で分かるわけねえだろ。



「まあ文化祭に図書室いる奴なんていねえか…………いた」



 思った通り、文化祭という青春そのものの空間に図書室にいる人間は一人しかいなかった。美人という言葉が妙にしっくりくる男。きっとあの人だ。



「こんにちはー。泉先輩ですか?」

「……えっと、神崎君?」

「凛央の言った通りだわ」

「……え?」

「なんでもないです。はじめまして、神崎充希です。クラスはニ年四組で部活はバスケ部、誕生日は八月一日生まれのB型です」

「……泉千早です。えっと、三年一組で帰宅部、十二月二十二日のA型です」



 少し俯いた様子で俺と目が合わない。先輩は机の上に広げていた不必要な分厚い参考書とノート、筆箱をしまった。



「じゃあ行きましょうか」



 四階から二階へと向かう階段は、嫌でも人と肩がぶつかるほど狭く歩きづらい。



「人の数エグいな」



 狭い廊下や階段に在校生はもちろん、保護者や他校の生徒が溢れ返っていて思うように進まない。



 人混みをすり抜けながら廊下を歩き続けると、ようやく二年二組の教室が見えてきた。背伸びをすると廊下で作業をする凛央の顔がチラッと見えた。



「それ重たいでしょ。俺運ぶから調理の方手伝ってあげて」

「あ、ありがとう!」

「安藤! 悪いけど今着替えて接客できる? 人手足りなくて」

「はいよ! 凛央も運び終わったらすぐ来てくれ」

「了解! 後で山本と交代するわ」



 重いダンボールを運びながらクラスメイトに指示を出している。凛央は学級委員長でも文化祭実行委員でもないはずだ。だが行事の時はクラスのまとめ役として動くことが多い。元生徒会長だけあって、明朗快活で頼もしい性格が男女問わず人気がある。当の本人は気付いていないが。



 教室の外には行列ができていて、現在一テーブル二十分までというポスターも貼っている。人手が足りないほど盛況している分かなり忙しそうだ。



「おーい凛央! 来たぞ!」

「悪い、俺接客出来ないかも! 先教室入ってて!」

「ういー」



 本当は凛央が俺達を接客する予定だったが、まだ衣装に着替えられないほど忙しそうだったので先に教室に入ることにした。ドアの前にはコスプレ女装カフェの看板が立っていて廊下からも聞こえるほど黄色い声が響き渡り、他クラスよりも賑わっている。俺は男じゃなくて女子の可愛いコスプレが見たいんですけど……。



 十分ほど並びようやくドアの前に着いた。空席が出ると店員がドアを開け、客がカフェに入れるというシステムだ。



ガラガラ――



「らっしゃいませえええー! お、神崎じゃん!」



 柔道部の部長、飯沼厚が目の前に現れ思わず一歩下がる。坊主頭にカチューシャを付け、百キロ級の肉厚な体にメイド服を着ているのも怖いが、笑顔でスカートを靡かせているのが何となく腹立たしい。



「飯沼、お前のメイド服キツイわ」

「はあ? 可愛いだろ!? このクラスじゃナンバーワンだわ」



飯沼は鼻息を荒らげ、ぐんと顔を寄せてきた。コスプレしても暑苦しさが抜けない奴だ。



「近い近い! 早く案内しろよ」

「二名様ご来店でーす!」

「らっしゃいませえええ!」

「うるさっ」



 ここカフェじゃねえのかよ。



 教室にはメイドの他にもロリータやチャイナ服、人気アニメのコスプレをした男子が楽しそうに接客している。更にコスプレした男子との握手会やチェキ会もやっていて、そこにも行列ができている。男子が女装するかしないかで揉めたと聞いていたが、案外皆ノリノリだ。



 先輩の方を見ると、コスプレしている男子を未確認生物でも見るかのように三六〇度見渡し絶句している。先輩には色んな意味で刺激が強かった。



「ご注文はお決まりですか? ご主人様」

「まず座らせろ。あとキモい」



 窓側の席に座りメニュー表を受け取る。メニュー表よりも先に佐藤のネイルに目が行った。ピンクに近いベージュカラーをベースとして塗り、キラキラしたストーンがこれでもかと散りばめられている。



「ネイル可愛いじゃん」

「おお! 流石神崎! 乙女心分かってるう」



 お前の乙女心とは、と聞きたかったが時間の無駄なので無視した。



「アイスコーヒーにしようかな。先輩は何飲みます?」

「……俺もアイスコーヒーで」

「アイスコーヒー二つお願い」

「はいよ!」

「……」

「……」



 注文を待っている間、先輩との会話に困った。最近の出来事や趣味を聞いたが何もない以外の言葉を発しない。会話のキャッチボールが出来ない時間が続いた。凛央に何話せばいいか聞けばよかったな。




 そういえば、先輩と普段何しているのか聞いたことなかったな。凛央は憧れている先輩にどんな自分を見せているんだろ。



「凛央のことどう思います? 普段の凛央ってどんな感じなんですか?」

「……優し過ぎると思う。大雨の日に傘忘れて電車も止まった時、家で雨宿りさせてくれてお風呂まで準備してくれた。あと時々家でご飯作ってくれたり…」



 全部好きな子にしかしないやつじゃん! あいつベタ惚れだな、俺は家に入れてくれないくせに!



「……えっと、彼って人気者なの?」



 他クラスの女子と喋る凛央の姿が廊下の窓から見えた。



「理数以外は頭良くて優しくてスポーツ万能でモテます。それにあいつ、中学の時生徒会長だったんすよ」

「……そうなんだ」

「小さい頃からいつも輪の中心で、入れない子がいたら誰でも声をかける。困ってる人を見たら進んで手を差し伸べる奴ですよ。だからみんなに好かれてます」

「……やっぱり」

「凛央の父ちゃんが亡くなった時も、周りに心配させない様に生徒会の仕事を沢山して、積極的に行事の手伝いしてたな……」



 廊下で凛央がクラスメイトをまとめている様子を見て中学の頃を思い出す。急な出来事だったにも関わらず生徒会長の仕事を完璧にこなし、辛いという言葉も言わず普段通り仕事をしていた。



 ある日の放課後、教室に忘れ物を取りに行くと担任の先生が凛央に"生徒会長の仕事を休んでもいいんだよ"と声をかけていた。先生も同級生も忙しい生徒会の仕事が負担になっているんじゃないかと心配していたのだ。




 凛央は笑顔で答えた。父ちゃんは俺が生徒会長になったことをすごく喜んでくれた。だから自分の仕事は完璧に全うしたい、と。



 廊下に隠れて聞いていた俺の嗚咽に気付き、凛央が顔を真っ赤にしたのは秘密だ。



「……そうなんだ」



 あ、これ勝手に言ってよかったのかな……。



 自分の口の軽さに後悔していると、タイミング悪く飯沼がアイスコーヒーを持ってきた。そしてキラキラな笑顔を向けてくる。



「何?」

「四組の加奈ちゃん、凛央のこと好きらしいぜ。お前凛央の好きな子とか知らない?」



 加奈ちゃんって吹奏楽部の学年一可愛い子じゃん。



 凛央は自覚ないけど、好意を寄せている女子はかなりいる。長身のイケメンで紳士な性格だからモテないわけがない。だが平等に優しいのは罪だ。他人に興味がない。来るもの拒まず去るもの追わずの男だ。この人は自分以外にも優しいイコール脈なしだと思って女子は告白してこない。もったいないなあ。



「凛央から加奈ちゃんの話一回も聞いたことない。てか好きな女子の話聞いたことないわ」



 専ら最近はここにいる泉先輩の話しかないけどな。



「なーんだ、じゃあ俺達にもチャンスはあるな!」

「あるある、当たって砕けろ」

「何で砕ける前提なんだよ!」



 飯沼が地団駄を踏み続け、少しだけ教室が揺れ動く。



「ほらほら、新しいご主人様が来店したぞ」

「ホントだ! いらっしゃいませえええ!」



 嵐のように去っていったメイド(柔道部部長)のせいで体力を使ってしまった。



「えっと……」 



 再び先輩との空間に静寂が戻った。



 そもそも何で二人は仲良くなれたんだ? 先輩を知れば知るほど凛央と先輩は対照的で共通の趣味や会話の種もないのに、ここまで仲良くなった理由が分からない。



「先輩が凛央と仲良くなるなんて意外ですね。何回か一緒に帰っている所見たことありますけど、二人を見てると素っ気ない彼女と大好きな彼氏に見えますよ」

「……え?」

「例えですって」

「……あのさ、彼に加奈ちゃんって人が片思いしてるって伝えるの?」

「伝えませんよ」



 彼はあなたに夢中なんですよ! 気付いて!



「……彼女がいないなんて思わなかった。モテそうなのに」

「それな」



 小学校も中学校も一緒だったが、あいつに片思いしている女子は沢山いた。中学生の頃彼女はいたはずだ。しかし受験以降彼女や片思いの話すら聞かない。



「腹立つくらいモテますね。でもあいつ、恋愛感情がよく分からないらしいっすよ。恋愛の好きって気持ちや嫉妬も俺には分からないし、そもそも友達以上に人を見れないって言ってました」

「……意外」

「高校生なら青春してなんぼだっつーの」

「……神崎君は怖くないの? 好きじゃない相手から恋愛感情を向けられるの」



 恋愛感情を向けられるのが怖い? 俺は全ての女子から恋愛感情を向けられたいけど?



「俺は単純に嬉しいっすよ。先輩は嫌なんですか?」

「……嫌っていうか、理解できない。小学生の頃、話したこともない女の子に好きって言われて困ったんだ。例えだけど、何かした覚えもないのに怒られたり目の前で泣かれたりしたら困惑するだろう? 何故かそういう気持ちになる」

「分かるような、分からないような」

「俺に突飛したものなんて無いから」

「誰だって突飛したものなんて持っていないですよ。地位や金、容姿目当ての人もいますけど、大半は一緒にいて心地いいとか、ずっとそばにいたいって思うから恋愛感情が芽生えるんじゃないですかね。先輩もいつか出会うと思いますよ」



 先輩は首を傾げた。



「……俺今まで恋愛したことない。変だと思う?」

「いや、もう令和ですよ? 他人に恋しないのも恋をしないのも普通。恋愛してもしなくても自分が幸せならそれでいいんです」



 何故恋愛・結婚をしているかしていないかでその人のステータスとして決めつけられるのかと、よく姉ちゃんが言っていた。恋愛や結婚は人生の必須科目ではない。



 恋愛や結婚は人生においてプラスアルファの要素だと思う。恋人がいるかいないかで他人を評価する奴ははっきり言って気持ち悪い。それが他人から見た、分かりやすいステータスや判断基準だとしても。



「三人と付き合ってるお前が言うなって感じですけど」



 頼んだアイスコーヒーは氷が解けてグラスには結露ができている。予想通りコーヒーの味は溶けた氷のせいで味が薄くなっていた。



 先輩の方を見ると口をポカンと開けながら瞬きもせず、ジーッと俺を見つめている。あれ、何で先輩と恋バナしているんだっけ?



「……俺、誤解してた。神崎君って酷い三股男じゃないんだね」

「ひでえ! てかあいつ言いふらしたな!」



 ていうか三股じゃなくて合意だっての! 凛央のやつ俺を酷い男に見せようとしたな!



「……ふふっ。合意なのは聞いたよ」



 小さく笑った顔が少しだけ可愛いと思ってしまった。最初見た時は氷のように冷たい雰囲気で近寄りがたかったけど、笑った顔は陽だまりのように暖かくて柔らかい。これが俗に言うギャップというやつか? 俺ってチョロい?



「神崎」

「おお、凛央……え?」



 目の前に現れたのは、ピンクのロングヘアを二つに結びミニスカートを穿いている肩幅の広い……魔法少女?



「怖」

「分かってるわ」

「……何のコスプレ?」

「子ども向けアニメ、マカロン戦士ホイップホイップのマカロンピンクです……」



明らかに声が小さくてか細い。他の生徒はキャラになりきって楽しそうに接客しているが、明らかに凛央だけテンションが低い。



「ピンクってことはセンターじゃん。よくそのサイズ売ってるな」

「家庭科部の女子が作ってくれたんだよ」



 顔が整っているからピンクのアイシャドウにリップ、バサバサのつけまつげが似合っている。ツインテールのウィッグもそこまで違和感はない。正直、今いる店員の中で一番可愛いと思う。



 問題は身体だ。凛央は帰宅部だが元々身長が高い上、中学時代水泳部に入っていた名残で肩幅は広いし程よい筋肉もある。つまり威圧感があるのだ。



 先輩の方を見ると小さい口をあんぐりとさせていた。未確認生物パート二の登場だ。



「……フリフリの衣装と筋肉の緩急が凄い」

「ぶっ……!!!」


 冷静な分析に思わず吹き出してしまった。



「不審者にしか見えないですよねー、はいポーズ」



カシャ カシャ カシャ――



「笑ってよー」



 世界征服を企む悪党と戦う魔法少女マカロンピンクは、小さい子向けアニメの主人公とは思えないほど沈んだ顔をしている。毎週日曜日の清々しい朝にこの顔はテレビに映せない。まるで悪党に世界を滅ぼされたのかと思うほどだ。女装コスプレ、相当嫌だったんだな。



「だから嫌だったんだよ。周り見ろよ、地獄絵図だろ」



 もう一度辺りを見渡すが、やっぱり教室にコスプレした女子はゼロ。逆に女装した男子が十人程接客をしている。筋肉質な奴ほどキャラになりきっているのが余計キツイ。



「あとで全員とツーショット撮って。ストーリーに載せるから」

「俺のこと載せたら〇す。ていうか何話してたんだ?」

「んー? 恋愛について?」

「先輩、こいつ何て言いました? 変なこと言ってませんでした?」

「……変なこと? 令和の価値観について教えてくれた」

「はい?」

「……俺が普通だと思ってた価値観は普通じゃないんだって」

「(このクソみたいな場所で哲学的な事を語っていたのか? いや、神崎がまともな事を言うわけがない)」



 凛央にギロリと睨まれる。いやいや、俺何もしてないけど!




「もうクラスの手伝いは終わった?」

「裏方の仕事は終わった。本当はこの格好で接客する時間だけど、休憩していいって言われたから来た」

「ふーん、じゃあそろそろ帰るわ」

「え? もう行くのか?」

「邪魔者は消えまーす」



 人と合流する予定は無いが空気を読んで二人きりにしよう。あと少しで彼女来るかもしれないから、と適当に嘘をついて席を離れた。



 教室にいる客はだいぶ減っていた。数分後に書道部のパフォーマンスが始まるから移動したのだろう。コスプレした男子と写真を撮っていると、後ろに立っている女子三人のヒソヒソ声が耳に入った。



「瀬名君と一緒にいる人、三年生だよね? あんな人いた?」

「さっき教室入った時びっくりしたよね。神崎君も背高いけど、あの人も身長高いよね」

「話しかけてみる?」



 俺と凛央の目は正しかった。先輩は美人だ。多分特進クラスだから見かけることがないだけで、先輩は一目惚れされる部類だ。そして今、狙われている。



「何の話してるのー?」

「神崎君! ねえねえ、さっき一緒に来た三年生紹介してよ!」

「えっと……」



 やっぱり来たか。やっと二人の時間を作ったのに邪魔されるわけにはいかない。



 仕方ない、あまり使いたくない手を使うしかないようだ。



「先輩じゃなくて俺と文化祭デートしようよ。これから暇なんだよねえ……だめ?」



 彼女たちの手を握り、アイドルのようなキラキラスマイルで見つめる。女子三人は耳まで真っ赤にしながら頷いた。純粋だなあ。



「行こ行こ! うちら1年生のお化け屋敷行きたいって話してたの!」

「じゃあ決まり!」



 あぶねー、せっかくの二人きりの時間が邪魔されるところだった。凛央、俺に感謝しろよ。この前ピザパンくれたお礼だ。



 さっきまで座っていた席を見ると二人は文化祭のパンフレットを見ながらこれから行く場所を決めていた。先輩は俺と一緒にいた時よりも落ち着いていて朗らかに笑っていた。あと顔がほんのり赤くなっている。肌が雪のように白いからすぐに分かった。



「まあ、俺が周囲を阻止しなくても大丈夫そうだけどな」



 だって二人の空間だけ浮いてるもん。悪い意味じゃなくて、透明な籠の中にいるみたいに外界とシャットアウトされて二人の世界が存在している感じ。誰も入れない、入れさせないという雰囲気が漂っている。



 絵画のようにずっと見ていたくなると話していた凛央の気持ちがやっと分かった。自分に心開いてくれるか不安だって凛央は言っていたけど、先輩の目を見れば分かる。迷子だった子どもが親を見つけた時のように、凛央が来た途端安堵の表情を浮かべていた。大丈夫、凛央にだけ心開いてるよ。



「神崎君! 何ぼーっとしてるの?」

「あ、ごめんごめん!」



 一応言っておくが、これは凛央の為であって断じて浮気ではない。あの二人のため。そう何度も心の中で唱えながら女子三人を引き連れ、高二の文化祭を楽しむことに集中した。



続く

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