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箱庭の白い花  作者: 夏目華亘
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出会い

「それでは委員会を決めまーす」



 始業式の翌日。じっとりと肌を包む蒸し暑い空気、まるで"死にたくない"と泣き叫ぶように鳴く蝉の声。



「夏休みこの時間まで寝てたわ」



クラスメイトの話題は夏休みの思い出話ばかり。各々の家族旅行や部活、恋人とのエピソードトークが尽きない。



「一組は夏休みも毎日講習あったらしいよ」

「うわ、さすが特進」



 都心部から少し離れたここ、名波東高校、通称東高は学年ごとに全五クラスある。一組は特別進学クラスという名の理系クラス、それ以外は文系クラスだ。



 文系クラスはそこそこいい偏差値だが、特進クラスは全国的にも偏差値の高さで有名だ。文系クラスは勉強だけでなく運動部にも力を入れておりスポーツ推薦で入学する奴もいるものの枠が少ないので狭き門である。



 話を元に戻すが、今は授業中で内容は委員会決めの時間だ。東高は前期と後期に委員会が変わる。



「じゃあ次は、風紀委員やりたい人いますか?」



 来客対応で担任が不在なのをいいことに、クラスメイトはおしゃべりしたりスマホゲームをしたりと休み時間と変わらない時間を過ごしている。



「眠い……」



 エアコンの効いた生徒だけの教室、カタカタとチョークが伝う黒板の音、窓側で一番後ろの席という好条件が俺を眠りの世界へと引き寄せる。夏休みは昼過ぎまで寝ていたのもあって眠りにつくのは簡単だった。やかましいおしゃべりの声がどんどん遠くなっていく……








「……お、おい凛央!」

「……ん? 今何時?」



 机から顔を上げると学級委員長の馬場が呆れ顔で立っていた。



「今何時じゃねえよ。もう委員会決め終わったから。お前図書委員に決定な」

「え?」



 時計を見ると三十分も寝落ちしていたらしい。委員会決めも席替えも全て終わったそうで俺は全て余り物ということになった。



「可哀想な凛央」

「なら起こせよ」

「みんなで寝てる凛央の写真撮ったんだぜ」

「ねえ見て! この角度で撮った凛央盛れてる! エアドロで送るね」



 授業終了のチャイムはとっくに鳴り、既に休み時間だった。みんなスマホをもって俺の顔をパシャパシャ撮っている。スマホを見るとクラスのグループラインに俺の寝顔が共有されていた。



「今すぐ消せ!」

「凛央、今日の放課後委員会あるからな。忘れるなよ」

「体育委員がよかったな」

「寝ていた凛央が悪い」



 この時の俺は知らなかった。



 居眠りせず自分で別の委員会を選んでいれば、"彼"と出会うことも、何気無い学校生活が楽しくなることも、彼の憂悶と絶望を知ることもなかったんだ。







「図書委員の仕事内容は以上です。質問はありますか?」



 委員会が決まった日の放課後、各委員会の集会が行われた。図書委員は各クラス一名ずつで仕事は二つ。昼休みと放課後に図書室の受付と本の整頓をする受付担当と、掲示物の作成や毎月出す本の紹介が載ったプリントを作る掲示物担当。毎年男子が受付担当で女子が掲示物担当らしい。受付係の仕事は週一回。面倒だけど課題を片付ける時間と思えばいいか。



「凛央、今日の放課後当番よろしく」

「俺明日が当番だけど」

「凛央以外の二年男子全員運動部だろ? 三年生が引退したから引継ぎでバタバタしてるんだ。お前帰宅部だしヒマだろ?」

「委員長がやれよー」

「俺も運動部だよ!」



 なんという権力行使。



 本なんて興味無さそうな見た目をしているこの男、新堂進は野球部の部長だ。スッキリとした坊主頭からは想像できない少女漫画オタク。委員長になった理由は、委員会を理由に部活を休み図書室で漫画を読みたいから。後輩には厳しいが少女漫画でオイオイ泣く涙もろい性格だ。



「今日一年生と三年生の男子に任せておけばいいじゃん」

「三年生は受験だから放課後の仕事は免除される。で、今日当番の一年生は特進だから同じように放課後の仕事も免除されるってわけ。あいつら文系クラスより一コマ授業多いだろ?」



 特進クラスは文系クラスより一コマ授業数が多い。最後の授業が終わって当番の仕事に間に合わないことはないが塾に行く学生が多く、暗黙の了解で放課後の仕事は免除されているらしい。



「というわけであとよろしくな」

「……あとでコーラ奢れよ」

「はいはい、じゃあな!」



 そう言い残し、俺以外の図書委員はぞろぞろと図書室を後にし、部活や自宅へ向かった。



 司書の先生に基本的なパソコンの使い方を一通り教えてもらう。本の貸出手続きは本の裏に貼ってあるバーコードをスキャンし、学生証の番号を入力するという簡単な作業だった。放課後に図書室にいる学生は多く、参考書や資料集を借りる学生で行列ができるほどだ。




 五時を過ぎた頃司書の先生は職員会議のため図書室を出ていった。下校する学生も増え、図書室はガランと人気がなくなった。



「……暇だ」



 返却された分厚い小説を開いてみる。大学生の恋をテーマにした小説で、帯にはドラマ化決定と大きく書かれていた。結末だけ気になり最後の数ページだけ読んでみる。高校二年生の春、人気イケメン俳優との秘密の恋という少女漫画のような設定で男の甘ったるいセリフがむず痒い。ファンタジーだなと小声で呟き、そっと本を閉じた。



気を取り直し課題である数学Ⅲの教科書とノートを開く。



「……」



 十分経っても一向にペンが動かない。暗記系が得意な俺は理数系が苦手だ。公式を覚えても数字が変われば答えが変わる。一般常識として死ぬまで頭に残るであろう英語や歴史、現代文と違って、理数科目で習うことは実用的に使うことも会話で口にすることもない。頭の悪い考えだと分かってるが数学は将来で一番使わない科目だと思う。しかも文系クラスがセンター試験で数学を受ける人はほぼいない。何故必修科目なんだ。



 頭の中でグチグチ文句を言い続ける。目の前に人がいるのも気付かず、只々ノートの上にペンをカタカタと押し当てていた。



「……これ借りたいんですけど」

「はあああ終わらねえええ」

「……あの!」

「うわ! ごめんなさ……」



 ”彼”に心を奪われた瞬間だった。



 スラッとした身体に艶やかな黒髪、小麦色に焼けた俺とは正反対な雪のように白い肌、長い睫毛と切れ長な瞳。男子用の制服を着ていなければ女子に見えるくらい綺麗で整った顔だ。だけどどこか謎めいていて、そこら辺の高校生よりもずっと大人びている。



 少し長めの髪を耳に掛け不思議そうに俺を見つめた。何故だか分からないけどずっと彼を見続けてしまう。例えるなら、美術館の絵画を見ている気持ちになる。



「……」

「……聞いてます?」

「あ、ごめんなさい! 学生証ありますか?」

「……はい」



 三年一組 泉千早



「ありがとうございます。三冊ですね、期限は二週間後です」



 貸出用に貼られたバーコードをスキャンし英語と数学Ⅲ、古典の問題集を返す。


「……どうも」


 泉先輩は眉間にシワを寄せながら俺を見た後、分厚い本を鞄にしまい図書室を出ていった。



「特進の人か」



 東高は文系クラスと理系の特進クラスで校舎が別れている。だから今まで見たことなかったんだ。



 それにしても、綺麗な人だったな。



「……」



 まだ心臓がバクバクする。全身に血が流れ顔も手も赤くなってきた。これがドラマでよく見る一目惚れってやつ?



 一ヶ月前、ホームで電車を待っていると他校の女子に"一目惚れしました。連絡先教えてください"と言われたことがある。名前も知らない人に個人情報を教えるのが怖くて、あの時は適当に断った。会話もしたことがない人だ。その人に見える俺は頭の中でいいように想像された虚像に過ぎない。虚像に惚れるなんてどうかしていると内心思った。



 今ならあの女の子の気持ちが分かる。雷に撃たれたような衝撃と共に目の前の景色が絶佳に変わる。素性も知らない相手なのに自分という存在を認知してほしい、話をしてみたい、と小さな欲がふつふつと溢れてくる。



 これって、漫画やドラマでよく見る、一目惚れ?



 ……いや違う、ただ単に綺麗な人を見て気持ちが高ぶっているだけだ。生で芸能人を見た時にその美しさとオーラにドキドキする感覚と同じようなものだろう。



 家に帰ったら忘れると思った。しかし、その日の帰り道も夕飯を食べてる時もベッドに入って寝る時も彼の姿が脳裏から離れなかった。風呂に入っている時なんて五十分も湯船に浸かり、弟に「遅え! 早く出ろ!」と怒鳴られて我に返ったほどだ。



「……また図書室で会えるかな」



 その心配はなかった。どうやらあの人は少なくとも俺が当番の日も他のクラスの代わりに来ている日も図書室にいる。多分だけど放課後は毎日図書室にいると思う。話しかけてみたいが、特進クラスの先輩である上、特に話す内容もない。受付に座っている俺は先輩の様子をチラチラ見るだけ。貸出の手続き以外話すことは一回もなかった。



 ようやく係の仕事に慣れた九月中旬、先輩との関係が急変する出来事が起きた。




続く

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