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ラーメン屋をレンタルさせてください

作者: 抹茶珈琲

「あの、レンタルをお願いできないでしょうか」

現れたのは、二十代前半ぐらいの青年だった。緊張しているのか、頬がやや上気している。

皺のないスーツに同様に皺のないシャツを着こなし、ネクタイは首元までしっかりと締めてあった。

きちんとした青年だ。それが第一印象だった。

営業か、とも思ったが、どうもそういう感じは受けない。営業なら手にカバンの一つでも持っているだろう。

それに、青年は「レンタル」と言った。それがそもそもおかしい。


ラーメン屋で「レンタル」なんてやっているわけがない。


いや、もしかしたら、二足のわらじでラーメン屋で何かしらを「レンタル」している店もあるかもしれない。昨今、様々な仕組みが誕生しているから、俺が知らないだけかもしれない。

だが、少なくとも、うちのラーメン屋ではそんなことはしていない。うちはただのラーメン屋だ。ラーメンを主に、後は餃子やビールを販売している普通のラーメン屋だ。

「レンタル……?」

営業時間前なので、追い返せばよかったのだが、あまりにも突飛なワードが出てきたせいで思わず聞き返してしまった。

「あ、ラーメン屋さんにいきなりレンタルとか言っても、わけがわからないですよね。すいません。説明させてもらってもいいですか。忙しいところ、本当に申し訳ないのですが、幾分、緊急でして……」

青年が嘘を吐いているようには見えなかった。

スープや食材の仕込みは終わっている。開店まではまだ時間があり、少し休もうかと思っていたところだったので、少し話を聞いてやることにした。

「とりあえず、話だけでも聞こう」

「あ、ありがとうございます!」

その後、青年の話を聞き、ラーメン屋で「レンタル」という言葉が出てきた理由がようやくわかった。

「つまり、君はラーメン屋をまるごとレンタルしたい、ってことなのか」

「はい、そういうことです」

俺はしばらく思案した後、膝を打った。

「あい、わかった。ラーメン屋をレンタルさせてやろう」

「ほ、本当ですか!」

青年は立ち上がり、俺の手を両手で握り、深く深く頭を下げた。

営業時間となったので、一度解散し、営業時間終了後に再び俺は青年と話し合った。

レンタル日は翌週の月曜日。営業時間前である午前十時からとなった。


レンタル日当日。俺がスープを作る横で、青年がせっせと準備を進めていた。

時間は九時を回ったところだ。準備は十時までに問題なく終わるだろう。だが、問題は青年自身だった。

「おい、そんな様子じゃ、すぐにばれるぞ」

「そ、そうですよね」

青年は額の汗をぬぐう。直後からまた汗が噴き出ていた。

「少し、落ち着け。十時からの一時間は、お前さんがこの店のオーナーなんだから、しゃきっとしろ、しゃきっと!」

俺は青年の背中をバーンと叩いた。

青年の背筋がピンと伸びる。

「が、頑張ります!」

青年はまだ右足と右手が一緒に動いていたが、まあ、仕方ないだろう。

気が付けば約束の時間になっていた。青年はある人を迎えに外に出た。

「ほう、ここがあんたの店かい。ちょっと古い感じはするが、ラーメン屋って感じがして、好感が持てるね」

現れたのは白髪パーマが印象的な高齢の女性だった。手には杖が握られている。少し足元がおぼつかないようだった。

「居抜き物件ってやつを見つけたんだよ」

「居抜き物件か。なるほど、面白いところに目をつけたね。わしが渡した少ない開業資金をうまく活用したね」

「……うん」

青年が女性に手を貸しながら、入店する。そして、カウンターの一席に座らせた。

この女性は青年の祖母だそうだ。多忙だった両親に代わり、生まれたての頃からずっと面倒を見てくれていたらしい。育ての母、と青年は表現していた。

青年がラーメン屋を「レンタル」したいと言ったのは、この祖母のため……いや、この祖母のせいと言った方が正しいか。

「いらっしゃいませ」

俺はできる限り声のトーンを抑えて言う。いつもみたいに威勢よく言ってしまうと、俺の方がオーナーであることに気づかれるかもしれない。

「……アルバイトかね?」

青年が厨房に戻ってくる間に、眼光鋭く聞かれる。

「いえ、正社員です」

「……そうかい」

それ以上は興味がないのか、青年へと視線を戻した。

「ばあちゃん、メニューはどれにする?」

「あんたのオススメをお願いしようかね」

「わかった。ちょっと待っててね」

メニューは決まっている。王道のしょう油ラーメンだ。ただ、この店のラーメンであって、青年のラーメンではない。

青年は慣れた手つきで麺をゆで始める。

これは聞いて驚いたのだが、この青年は実際にラーメン屋を経営していた。そのため、ラーメンを作るのは慣れていた。

だが、経営が上手くいかず、挙句の果てにはアルバイトに売上金を持ち逃げされた上、どんぶりや寸胴などの商売道具までも盗難にあってしまうなどの災難に見舞われ、三年足らずで閉店に追い込まれてしまったとのことだった。

失墜していたところに、育ての母であり、更には開業資金まで出してくれた祖母が店に来たいと言い出してしまった。

祖母に本当のことを口にするのが憚られ、嘘をつくために店のレンタルをしてくれるところを探していたところ、たまたま俺のところに行きついたらしい。

正直、嘘をつくことは良いことではない。だが、青年は嘘をつかなければならなかった。そうしなければ、祖母はなんやかんやと理由をつけて、お金を工面してきてしまうから。それは青年の望むところではなかった。散々迷惑をかけてきた祖母を、とにかく安心させたい、と青年は何度も口にしていた。

その話を聞いて、俺は店をレンタルさせてやることにした。

青年が湯を切った。様になっている。湯もしっかり切れている。それをスープが入ったどんぶりに滑り入れ、具材を手際よく乗せて行く。見事な手際だった。

「はい、おまちどうさま。召し上がれ」

青年は厨房からカウンターまでどんぶりを運んだ。普段はカウンターからラーメンを提供しているが、それでは祖母の体に負担になるからだろう。

俺は青年に青年のラーメンを食べさせることを提案した。だが、青年は首を縦に振らなかった。

「閉店した店のラーメンですから。祖母にはおいしいラーメンで安心して欲しいんです。このラーメンだったらやっていけるって思って欲しいんです」

俺はそれ以上、何も言わなかった。これは青年が決めることであって、俺が口を出していい問題じゃない。

青年はあくまでもラーメン屋をレンタルしたい、と言っていた。俺やラーメンごとのレンタルだ。初めから、そのつもりだったのだろう。

あくまでも、青年の目的は祖母を安心させること。その一点に尽きていた。

女性が蓮華を手に取り、スープの中に沈めた。そして、それを持ち上げて口の中に流し込んだ。

「……ん、おいしい」

「それは良かった!」

女性はそれ以降、何も言わずにラーメンを食べ進めた。最後はスープまで飲み干し、文字通りの完食だった。

「ごちそうさまでした」

「おいしかったみたいで良かった」

青年は笑みを浮かべた。うれしそうではあった。でも、どこか寂しげにも感じてしまった。やはり、自分の考えたラーメンでおいしいと言ってもらいたかったのだろう。

「じゃあ、どんぶりを下げるね」

「いや、どんぶりはそこにいる店員にやってもらおう。せっかくいるのに、何もしないんじゃ、可哀想だからね。じゃあ、わたしはそろそろお暇させてもらうよ」

「え、もう行くの?」

「そろそろ開店するんだろ? その準備もあるだろう。老いぼれはさっさと退散させてもらうよ」

女性は杖をつき、立ち上がり、そのまま出口へと進んでいく。

「途中まで送っていくよ!」

青年は女性に追いつくと、転ばないように足元を注意したりしてあげていた。

俺はそんな二人と横目にどんぶりの片付けを始める。

そこではたと気が付いた。

「……二人とも、嘘つきか」

どんぶりを持ち上げると、どんぶりの底とカウンターの間に千円札が隠されていた。

この店のしょう油ラーメンは千円だ。つまり、その代金を置いていった、というわけだ。

青年に渡さなかったのは、わざとだ。俺にこの千円を払うために、千円を隠し、俺に片付けをさせるような言葉を発したのだろう。

俺は千円をポケットにしまう。

やがて青年が帰ってきた。

「今日はありがとうございました。そろそろ営業が始まりますよね。お礼はまた後日伺わせていただきます。それでは」

青年は俺が貸した従業員用の服を綺麗に畳み、椅子の上に置き、出口へと向かおうとする。

「ちょっと待ってくれ」

俺はその背中を止めた。

「なんでしょうか?」

「お前さんが良ければ、この店で修行しないか。修行って言っても、もちろん給料はしっかり出す。経営のいろはとかも教えてやる。どうだ?」

うちの店だって、決して余裕があるわけではない。だが、このまま、はいさようならっていうのも、なんだか嫌だった。

奇妙な縁だが、これも何かの縁だ。

「……こちらこそ、お願いしたいです! そして、今度は、自分の店で自分のラーメンを祖母にふるまいたいです!」

青年は深々と頭を下げた。

「さっさと準備始めるぞ」

「は、はい!」

青年は椅子に置いてあった従業員用の服をつかんだ。


~FIN~

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