第98話 月明かりの王子
◇
戦いのあと、騎士団の幹部衆はルナクスに招かれ、『月の楼宮』へとむけてエミントスの街のなかを歩いていた。
都市は広いので、龍に乗っての移動である。
実際に街のなかを歩いてみると、その荒廃ぶりが目についた。
つい先ほどまで戦場になっていたからというばかりではない。
街としての規模は決して小さくはないのだが、くすんだ色合いの石造りの建物や、待ちゆく人々の風体からは、その貧しい暮らしぶりがうかがえる。
上空から見てもわかる、シャレイドラの華美な街とはまるで正反対だ。
エミントスの住人たちはあまり肌の露出を好まず、とくに女性は顔まで黒いヴェールに包んでいる。
彼・彼女らはこの強い陽ざしのもとで暮らしているにも関わらず、肌は月の住人のように白い。
しかし、その顔付きや骨格はシャレイドラに住む人々ととてもよく似ていると言われており、彼らが同じ起源をもつのだということがよくわかる。
「静かな街だなぁ。
空から見たシャレイドラの街とは大違いだ」
騎士団の誰かがひとりごとで、そんな感想を漏らしているのが聞こえてきた。
エミントスの街の人々は龍に水を運ばせて売買したり、家畜の羊やラクダの世話をしたりして、粛々と生活を営んでいる。
聞けば、エミントスはたびたびシャレイドラ軍からの襲撃を受けているのだという。
だが、エミントスの住人たちは貧しい暮らしでありながらも自分たちの生活を愛し、淡々と普段どおりの日々を送ろうとしているかのように見えた。
「ルナクス様、私たちにお話とは、いったいどんなことなのですか?」
俺たちはルナクスとその側近の者たちに案内されて歩いていたのだが、レゼルは代表として、並び歩いていたルナクスに話しかけた。
ルナクスのまわりには先ほど見かけた小さな満月がふよふよと浮かんでおり、彼に付きしたがっている。
のちのち、これは『満月の盾』というヴュスターデ王家に伝わる神具であることを知ることとなる。
「僕のことはルナクスでいい。
今からあなたたちには、この国の女王に会ってもらう。
話はそれから。……女王は僕の母だ」
そんなやり取りを後ろで聞きながら、そういえば俺もレゼルと初めて会ったときはお母さんのところに連れていかれたっけな、などとぼんやり思いかえす。
「女王のご子息であるあなたが、直々に軍を統率されているのですね。
貴人でありながら軍事を任されるなんて、とても優秀な方とお見受けしました」
「いや、ほかに人がいないだけだよ。
ていうか、僕は優秀じゃないどころか統率者失格なんだ。
優秀だったらこんなしょっちゅう襲撃されないだろうしね。もしかして僕が軍の統率なんてしてるからこんなに街がさびれてしまってぶつぶつぶつ……」
「え、今なんて……?」
レゼルが耳をそばだてる。
俺も後ろで聞き耳を立てていたが、ルナクスは話しはじめるとだんだん語尾が小さくなっていって、後ろの半分以上が聞きとれない。
「いや、なんでもない。
女王レゼル、そう言うあなたも国の元首でありながらにして、軍を統率しているんだよね?」
「えっ!?
……あはは、そ、そうでしたね。
ただ、国の政に関しては大臣たちに任せっぱなしですし、今の私は女王というより騎士団の一員みたいなものですから」
レゼルは顔を赤くして、自分の頭を小突いた。
どうやらほんとうにうっかりしていたものらしい。うっかりすぎるにもほどがあるのだが、可愛らしい仕草で見た者は思わず彼女を許してしまう。
「でもこうしてカレドラルは帝国から独立して遠征までしてるんだからすごいよね。
それに比べて僕が毎日やってることと言ったらさ?
自分の存在意義自体を疑いたくなっちゃうよね。このまま都市の防衛ばかりしててもジリ貧でいつかそのうちぶつぶつぶつ……」
「え!? 最後のほうなんて!?」
「声ちっさ!」
まわりで辛抱して聞いていた幹部衆もとうとう耐えきれず突っこみを入れてしまった。
普通に考えれば一国の王子に対して大変な失礼なのだが、まわりの側近たちもこのようなことは慣れっこらしく、見て見ぬふりをしてなにも言わない。
――うぅむ。
暗い。暗いぞ、『月明かりの王子』!
たしかにうす暗い印象を与えるふたつ名ではあるが、普通なんというかこう、もっと幻想的な雰囲気のほの暗さを醸しだすものではなかろうか? なんか自己評価低くない?
せっかく憂いを含んだ感じの美青年なのに、もったいない限りである。
そんな彼の様子に一抹の不安を覚えつつ、俺たちは『月の楼宮』のなかへと足を踏みいれていったのだった。
次回投稿は2022/12/18の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




