第96話 垣間見せたほほえみ
前回の場面の続きです。
◇
戦闘が開始して間もなく、俺とヒュードは安全そうな場所に降りたつと、宙籠のなかに入れていた石箱を地面に降ろす。
「ネイジュ! 出番だ、でてきてくれ!」
なかで眠るネイジュを起こそうと石箱を叩いた。
紛争の仲裁のために、彼女のちからが大いに役立つと考えたのだ。
拳が痛くなるほど必死に叩いていると、やがて重い石箱の蓋がひらいた。
ズズズゥ……と鈍い音をあげながら蓋が横にずれていくさまはまるで石の棺のよう。
なかの暗がりには怪しく光る赤い瞳がふたつ。
……あれ?
こいつの目は氷の結晶のような青い瞳じゃなかったっけ……?
そんな俺の疑問など知るよしもなく、石箱のなかからネイジュが起きあがり、這いだしてきた。
箱のなかから、白いモクモクとともにひやりとした冷気も湧きあがってくる。
「あちきの快適な眠りを妨げるのは誰でありんすかあああぁぁぁ……!」
雪の化身じゃなくて、吸血鬼……?
おっと、いかんいかん。
くだらないことを考えている場合じゃないぞ。早く彼女にも行ってもらわなければ。
しかし、彼女は箱を開けた瞬間にむわっと押しよせる暑い空気に触れ、ますますいらだっているようであった。
「ネイジュ、戦闘だ!
街の住人が敵兵に襲われているようなんだ。
敵を無力化して、一般市民を救わなければならない!」
「敵兵ぇ……?」
そう言って、ネイジュはジロリと街のほうをにらみつけた。
「お日柄が悪かったでありんすね。
このあちきを怒らせるとどういうことになるか、身をもって知らしめてやるでありんす……!」
「こ、殺すなよ……?」
今はまだ敵味方の関係がはっきりしていないので、敵兵を殺してはならないことを説明したが、はたして伝わっただろうか。とても不安になる。
それほどの殺気を、今の彼女は滾らせていた。
彼女は自分用の龍に飛びのると、ただちに街の上空へと飛びたっていった。
飛んでいる龍に乗った経験は少ないはずなのだが、彼女には持ち前の運動能力の高さと、氷狐の背中に乗って移動していた経験がある。
横座りのまま自身のからだと龍鞍のあいだを氷で固定し、なかなか上手に龍を乗りこなすのだ。
「あちきは早く箱のなかに戻りたいのでありんす……!
さっさと、凍りなんしいいいぃぃぃ!!」
まさしく、生きたまま敵の身動きをとめることは彼女が得意とするところであった。
ネイジュはかざした手のひらから吹雪のように冷気を撃ちはなち、敵兵たちの身体や武器を凍りつかせて、手当たり次第に無力化していく。
その働きぶりたるやじつに凄まじいもので、思わず舌を巻いてしまう。
鬼気迫る彼女の形相に、敵兵どころか味方もが死の恐怖におびえ、逃げまどってしまっている点に関してはこの際目をつぶっておこう。
これだけの活躍を見せているのだから、彼女を連れてくるきっかけとなった俺の名誉も挽回されたというものなのである!
……たぶん。
サキナは『翼』の部隊員たちを率いて、弓矢で的確に敵兵の武器や腕を射ぬいて無力化し、味方を援護していた。
市街戦という複雑な地形で視界が妨げられるのをものともせず、むしろ街の雑多な遮蔽物は彼女たちにとってちょうどよい身の隠し場所を提供していた。
居場所を特定されて狙われないよう、一箇所に長くとどまらずにサキナは移動を繰りかえしながら射撃を行っていた。
と、そこで――
「!」
彼女は視界の端で異変を察知した。
とっさに龍鞍の固定をはずすと、飛んでいる龍の背中から跳びたち、すぐそばの建物の屋上に頭から滑りこむ。
地を転がり、その美しく整った顔に傷をつけながらも、彼女は矢を撃ちはなった。
弓がしなり、矢は空を切って飛んでいく!
「! ぐぁっ!!」
撃ちはなたれた矢は建物と建物のあいだを縫うようにぎりぎりの角度で飛んでいき、敵兵が振りあげていた腕を射ぬいた。
罪なき街の子どもに刃が振りおろされようとしていたのを、間一髪で阻止したのだ。
そばにいた騎士団員が駆けつけ、敵兵は取りおさえられた。
救われた子どもはなにが起こったのかわからず、きょろきょろとあたりを見まわしている。
自身が放った矢が無垢な子どもの命を救ったことを見届けると、サキナはやっと安堵の笑みを浮かべた。
「よかった……!」
……常に冷静沈着、ともすると冷たく見える彼女が垣間見せたのは、優しいほほえみなのであった。
市井に喧騒が飛びかい、戦塵が吹きあれるエミントスのとある建物の屋上で。
騎士団員たちの見事な戦いぶりを観察している者がいた。
「これは……」
戦況を眺めてつぶやく彼のもとにエミントス軍の部下が参じ、戦況を報告する。
「ルナクス様!
シャレイドラ軍は都市外より飛来した第三勢力に阻まれ、ほとんど機能しておりません!
第三勢力は、かねてより報告のあったカレドラル国軍と思われます!」
「カレドラル国軍……」
ルナクスと呼ばれた男……いや青年は、報告を受けてそうつぶやくと、再び戦況の観察を始めた。
新たに現れたカレドラル国軍が、自軍にとって味方となるのか、はたまた敵となるのか、見定めているかのように。
そんな風に青年が戦場を眺めていると、頭上はるか高くで清澄な『共鳴音』が響きわたり、彼は上空を見あげた――。
知らない人から見るとちょっと冷たい印象を受けるサキナさんですが、実はけっこう子ども好きです。
次回投稿は2022/12/10の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




