第91話 遠大なる音
◇グレイスの視点です
◆神の視点です
◆
兵士たちが後退していくのを確認したのち、レゼルはオラウゼクスに話しかけた。
彼女はすでに双剣を鞘から抜いて構え、緊迫した表情を見せている。
「あなたの噂はかねがね聞いています。
あなたが五帝将がひとり、オラウゼクスですね。
私はカレドラル国女王、レゼル!」
「貴様らがミネスポネを破ったという小娘どもだな。
シュバイツァーの使いから聞いたぞ」
「先ほどの一撃、危うく私たちの軍は壊滅するところでした。
まったくもって許しがたい行為ですが、宣戦布告として受けとめました。
今ここに、決闘を受けてたちます!」
「私は貴様らと手合わせに遠路はるばるやってきたのだ。
さぁ、遠慮はいらん。
ふたりまとめてかかってこい」
「…………?」
レゼルはなんだか微妙に会話が噛みあっていないような気がして、双剣を構えたまま首をかしげる。
シュバイツァーって、誰だろう。
「ねぇ、姉サマ。
なんかコイツ、あんま人の話聞かなそうだね」
「う、うん……」
淡々と分析するシュフェルと、困惑を隠せないレゼル。
だが、どうやら決闘を始めるという流れに間違いはなさそうだ。
気を取りなおし、彼女たちは龍との共鳴を深めた。
レゼルはエウロと、シュフェルはクラムと。
それぞれ清澄な共鳴音と、鋭い共鳴音をうち鳴らした。
風が、雷が、彼女たちのまわりをとり囲んでいく。
オラウゼクスもまた、片手で刀身を支えるように真横に剣を構え、雷龍と共鳴を深めた。
――その共鳴音は、レゼルやシュフェル、今まで出会った龍騎士たちが鳴らす音とは一線を画すものであった。
はるか夜空の向こうからやってきたかのような遠大で深みのある音。
目をつむってその音だけを聴いていたら、心をゆり動かされて涙を流す者もいたかもしれない。
しかし、オラウゼクスと雷龍はたちまち激しい雷鳴音をかき鳴らし、再び雷光に包まれた!
操る自然素の量と密度が、まるで違う。
敵の強大さをひしひしと肌で感じながらも、レゼルとシュフェルはひるむことなく立ちむかっていく。
彼女たちは出し惜しみすることなく、それぞれの得意技をオラウゼクスにぶつけた!
『突風』!!
『雷剣』!!
「ふむ」
「――!!」
レゼルとシュフェルが繰りだした龍の御技は神剣ヴァリクラッドの刀身と、オラウゼクスが操る雷の自然素によってなんなく受けとめられてしまった!
雷の自然素は、その活動性の高さゆえに不安定で、ちからを一点に長く留めておくことが難しい特性をもつ。
しかし、オラウゼクスはシュフェルをはるかにしのぐ帯電量を有しながら、雷電を自身の周囲に留めて操り、レゼルたちの御技をうち消すのに最小限のちからのみを消費していた。
オラウゼクスは極端に強い出力と、高度なちからの統制と、その両方とを体現していたのだ。
一度剣を交えただけで、まざまざと突きつけられる実力差。
レゼルとシュフェルの脳裏に、給油庫でのオスヴァルトとの戦いの記憶が呼びおこされる。
しかし、オスヴァルトやミネスポネとの激闘を経て、彼女たちも以前よりはるかに強くなっていたはずであった。
……そして、オスヴァルトとの戦いのとき以上に遠く感じられる、相手とのちからの差。
オラウゼクスは感情も抑揚もない声で言い捨てた。
「操る自然素がうすい。
その程度なのか?」
「なんですって……!」
「ナメんな、まだまだァ!!」
続いて、レゼルとシュフェルは同時にオラウゼクスに斬りかかった!
三人は至近距離で斬りむすび、乱戦へとなだれ込んでいく。
ここでも、オラウゼクスは驚異的な技を見せつける。
レゼルは剣を交えながら、驚愕していた。
「なっ……!?」
オスヴァルトと同等以上……いや、はるかに上まわるほどの膂力。
レゼルの双剣とシュフェルの長剣の三本の刀身を、剣一本ですべて捌ききるのも同じ。
だが、ただちから任せに弾きかえすだけではない。
オラウゼクスはヴァリクラッドの剣先で彼女たちの剣の軌道をわずかにずらし、すべて紙一重で逸らしていく。
この技術は相手のちからをいなし、受けながすレゼルの柔の剣に近い。
しかし、レゼルがちからを受けながすことに重きを置いているのに対し、オラウゼクスは鋭く的確に剣先を当てることで相手の攻撃を逸らしている。
オスヴァルト並みの膂力を持ちながらにして、レゼル並みの技術と繊細さを兼ねそなえている。
これもまた、武芸の極致――!!
――この人、剣の技術も私やオスヴァルト以上だと言うの……!?
「ふむ。太刀筋は悪くない。
ミネスポネを倒したのはまぐれではないようだな」
そう言うと、オラウゼクスは大きく剣で薙ぎはらい、剣圧のみでレゼルとシュフェルたちを吹きとばした!
彼女たちはなんとか剣で受けとめたが、にぎっている手が痺れて剣を手放しそうになる。
「く……!」
「ぐぎぎっ……!」
レゼルとシュフェルは吹きとばされた勢いのまま、距離を取っての戦いにもち込んだ。
レゼルが間断なく風の刃を飛ばし、シュフェルが隙を狙って高威力の技で放つという算段だ。
オラウゼクスが風の刃を防いでいるあいだに背後にまわり、シュフェルはよりいっそう強く帯電した。
「今だ!!」
『放雷』!!
シュフェルは全方位に向けて放電した。
撃ちだされた雷の筋のうちの数本がオラウゼクスへと向かって飛んでいったが、これもやはり、彼がまとう雷電によって相殺されてしまう!
「その若さでここまで雷のちからを使いこなすとは大したものだ。
……だが、お前はまだ本質をわかっていない。
雷のちからの本質を」
『紫電輪舞』
オラウゼクスは無数の紫電の塊を自分の周囲に発生させ、ぐるぐると周回させはじめた。
紫電の塊はレゼルが放つ風の刃に次々とぶつかっていき、相殺してオラウゼクスの身を守っている。
この鉄壁の守りはまるで、ミネスポネの氷塊による自動防御のよう……!
オラウゼクスは『紫電輪舞』によって守りを固めるとシュフェルのほうを振りむき、剣を振りかざした。
ヴァリクラッドの刀身を伝わって、剣先に極電量の電気が注ぎこまれ、集められていく。
『遠雷』
ヴァリクラッドの剣先から、次々と雷の矢が撃ちはなたれた。
ミネスポネたちの氷棘ほどの連射性能はないが、一本一本の矢の射出速度と威力は、氷棘をはるかに上回る!
シュフェルとクラムは飛びまわり、かろうじて雷の矢をかわしていく。
――くそォ、アタシは剣を投げて刺さなきゃ遠くの一点に放電できないっていうのに……!
シュフェルは身をかわしながら、悔しさに歯噛みした。
「貴様は放電して相手にぶつけることしか頭にないのだ、愚かなる小娘よ。
もっと自然の声を聞け。理解しろ。
雷のちからを使いこなせば、こんなことも可能になるのだぞ」
オラウゼクスは剣をにぎっているのとは反対のほうの手で、宙をはらう仕草を見せた。
「!!」
シュフェルとクラムの足下、砂漠の砂から突如として巨大な黒い棘が無数に突きだしてきた!
……黒い棘、砂鉄の塊。
オラウゼクスは目に見えない電磁場の操作をも意のままにしていた。
ただでさえシュフェルたちは雷の矢をかわすのでせいいっぱいだと言うのに、砂鉄の棘によってさらに行き場を失う。
「っの野郎ォ……!」
――アタシができないことを、次から次へと見せつけやがって……!
「本質だかなんだか知らねェが、アタシは逃げてまわんのは性に合わねェんだ。
小娘小娘言うんじゃねェ!!」
そう言って、シュフェルは両手で剣を振りあげた。
怒りに任せ、再度『雷剣』で特攻をかますつもりだった。
しかし、オラウゼクスは――。
「だから貴様は本質を理解していないと言っているんだ、小娘よ。
その身をもって知るがいい」
そう言って、再び手で宙を払う仕草を見せた。
「ぅあっ!?」
シュフェルが振りあげていた長剣の刀身が、直近の砂鉄のほうにグン! と引きよせられる。
剣を振りかぶる体勢で思わぬ方向に引きよせられたため、彼女はからだの均衡を大きく崩していた。
腕を振りあげたまま無防備に突きだされたシュフェルの胸を、オラウゼクスは躊躇なく雷の矢で射抜いた。
オラウゼクスが注ぎこんだ電流が、彼女のからだじゅうを駆けめぐる!
「ぐ……ッ!!」
「シュフェルぅっ!!」
レゼルは風の刃による攻撃をやめ、エウロをシュフェルのもとへと向かわせる。
オラウゼクスはそんな彼女たちの様子を無表情に見おろしていた。
レゼルがシュフェルのもとへとたどり着く。
シュフェルはぐったりとしており、呼吸をしていない。
レゼルは懸命に呼びかけながら、妹のからだを揺さぶった。
「シュフェル! シュフェル!?」
「……かはっ!
はぁっ……! はぁっ……!」
レゼルの呼びかけに反応したのか、シュフェルは息を吹きかえした。
「シュフェル……! よかった……!」
「い゛っ……てェッ……!
ちくしょォ、あの野郎……!」
シュフェルは片手で胸を押さえてふらつきながらも毒づいた。
雷の矢に撃ちぬかれて一時的に気を失いはしたものの、戦闘不能にはおちいっていない。
オラウゼクスはそんな彼女の様子を冷静に観察していた。
「……なるほどな。
雷の龍騎士と戦うのは初めてだが、やはり同じ自然素の使い手だとある程度の耐性があるようだ。
こちらとしても学びがあるというもの」
オラウゼクスはまた、誰に話すでもなく、ひとりごとのようにつぶやいた。
「シュフェル、まだ戦えますか?」
「もちろんよ、姉サマ!」
レゼルとシュフェルは再び剣を構えた。
しかし、レゼルは双剣をにぎりしめながら思考をめぐらせていた。
オラウゼクスが最初の襲撃で放った技の威力、その後の戦いの手応え。
彼女は自身の心臓の鼓動が高まり、呼吸が浅く、早くなるのを感じた。
――剣の腕も、自然素の操作の技術も、向こうが上。
とくに、一度に出力できる自然素の濃さと絶対量が私たちとは桁違い……!
オスヴァルトもミネスポネもはるかに格上ではあったが、勝ち目がまったくないとは思わなかった。
しかし今向かいあっている相手には、勝ち筋がまるで見えない。
……だがたとえ勝ち目がなくとも、自分たちは決してあきらめるわけにはいかない。
自分たちの肩に、龍御加護の民の命運が、世界の命運がかかっているのだから!
「シュフェル、絶対に勝つわよ!」
「オッケー! 姉サマっ!!」
歴然たる実力の差を見せつけられても、けっして彼女たちはあきらめない。
重すぎるほどの運命を背負い、戦場に命を懸ける少女たち。
砂漠に乾いた風が吹きわたり、表面の砂をさらっていく。
……しかし、そんな彼女たちに対してオラウゼクスが見せた行動は、まったく予想だにしないものであった。
「ふむ。ふむ。なるほど……まだ早いな」
「「……え?」」
オラウゼクスは剣を降ろし、龍との共鳴を解除した。
雷龍に地面に降りるように指示をだす。
「どれ、小娘ども。剣を降ろせ。
今の貴様らでは私の相手は務まらん。
まずは黙って話を聞け」
次回投稿は2022/11/20の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




