第90話 『雷轟』オラウゼクス
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俺たち翼竜騎士団はオアシスを出発して、熱い砂漠の上空を飛行して進軍を再開していた。
敵軍の気配もなく、順調に軍を進めていた、そのときだった。
――はるか空の彼方から、その者は突如としてやってきた。
シュフェルのように明るく輝く金の髪をなびかせ、筋骨で隆々とした肉体に真紅の一枚布を巻きつけている。
頭には茨を模した冠をかぶっており、表情は無でありながらも、その鬼気迫る迫力はまさしく武神のようであった。
乗っている龍のすがたもまた、異様であった。
シュフェルの相棒のクラムは黒瑪瑙のような黒毛に金の鱗をあわせもつ龍だが、その男が乗っていた龍は全身すべてが黄金の毛と鱗に覆われ、目が眩むようなまぶしさだ。
その体表には常に雷電がほとばしり、周囲には黒雲をつき従えていた。
黒雲をまとう金色の『雷龍』。
武神が乗るのに、これ以上ないほどふさわしい龍のすがたであった。
翼竜騎士団の誰かが声をあげた。
「あれは、まさか――!」
――もう間違いない。
帝国ヴァレングライヒは五帝将の情報を公にしてはいなかったが、そのあまりに破壊的な強さから、男の名は全世界に知れわたっていた。
五帝将のなかで、最強の『攻撃力』を誇ると言われている男。
疑惑が確信に変わるのとともに、俺はその男の名を叫んでいた。
「五帝将、『雷轟』オラウゼクス!!」
鉄炎国家アイゼンマキナをうち倒し、麗水の国ファルウルでも勝利を収めた俺たち翼竜騎士団は、たしかに帝国にとっても無視できない勢力であっただろう。
とは言え、五帝将の最強の一角を担うとされる人物が、もう攻めいってくるとは……!
しかも、部下を誰ひとりひき連れず、単身で。
そして、オラウゼクスは一本の長剣を天空高く振りかざした。
黒色のすらりと長く伸びた刀身。
刀身の内部では激しく紫電が行き交っており、見るだけで秘めたるちからの凄まじさが伝わってくる。
世に存在する神剣の種類に関しては、レゼルたち龍御加護の民が詳しい。
――雷の長剣『ヴァリクラッド』。
雷電を統べ、幾筋もの雷で神の怒りのごとく万物を撃ちぬき、焼きつくす。
数ある神剣のなかで、もっとも破壊的な剣。
俺たちが目を奪われていると、見る間にヴァリクラッドの刀身を、雷龍のからだを、そしてオラウゼクスのからだをもまばゆい光が包みこみ、ひとつの巨大な雷電の塊となった。
いまだかつて見たこともないほどの強大なちからが急速に、かつ極限にまで高まっていく。
「! 皆さん、危ない!!」
危険を誰よりも早く察知したレゼルが、エウロと共鳴した。
俺たち騎士団員を覆いかくすように猛風が吹きあれ、巨大な竜巻となった。
風が空を斬りさく音に、あたりが包みこまれる。
そのとき、風の壁の向こう側で閃光が煌めいた。
失明しそうなほどにまばゆく、そして虹のように数多の色に輝く光。
はるか上空でちからを蓄えていたオラウゼクスが、雷光そのものと化して襲いかかってくる!
『裁きの雷槌』!!
直後、自分にはもはやなにが起こったのかわからなかった。
全身を叩きつけられたような衝撃と、からだにかかる圧力。
どうやら、オラウゼクスの技から逃げるようにして、レゼルの風に吹きとばされたものらしい。
猛風でまともに目を開けることもできなかったが、一瞬まばゆい閃光が煌めいたのち、極楽鳥の羽根のように色とりどりの光の筋が、幾筋も宙を飛んでいったのが垣間見えた。
そして遅れてやってきたのが、オラウゼクスの技によって発生した雷鳴音と衝撃波。
オラウゼクスが大地に剣を突きたてた衝撃が、空気の振動となって俺たちに襲いかかる!
レゼルの風の守護に身を包まれていたとはいえ、再び全身をいっせいに槌で打ちつけられたかのような衝撃が走り、激痛に苛まれた!
俺はかろうじて意識をつなぎ留めていることができたが、なかには龍に乗ったまま気絶してしまった者たちもいるようだ。
オラウゼクスの一撃は風を揺らし、大地を揺るがした。
広大な、ヴュスターデの大地を。
「――む? 今ので壊滅しなかったか?」
オラウゼクスは剣を突きたてていた大地から視線を離し、その精悍な面をあげた。
その身にはありあまった雷電がほとばしり、まだくすぶっている。
……俺は、たった今自分たちの身にふりかかった出来事を信じることができなかった。
――今の一撃、レゼルが皆を回避させ、風で保護していなければ、翼竜騎士団は間違いなく全滅していた……!
強力な電気を全身にまとい、自身がひと筋の雷となって突撃する技。
恐らくシュフェルの『雷剣』と同様の技だろう。
だが、攻撃の規模も破壊力も、彼女の技とは桁違いだ。
隕石が墜落した跡のように、オラウゼクスが降りたった地点を中心として砂漠の地面は半球状にえぐれている。
人間が何百人と埋められるような巨大な半球だ。
だが、技の衝撃で舞いあがっただろう砂の量に比べて、穴の周囲に降りおちて盛られた砂の量は明らかに少なく、消滅してしまっている。
――恐らく、オラウゼクスが放った技の破壊力と熱量があまりに強いため、砂が物質として分解され、蒸発してしまったのだ。
だが、砂の成分を蒸発させてしまうほどの熱量って、どんな熱量だ……!?
オラウゼクスが放った技の電圧があまりに高いため、周囲の空気をも電離させ、幾筋もの光の筋を飛散させていた。
この光の筋が、俺が垣間見た色とりどりの光の正体だったというわけだ。
騎士団員たちも皆、まざまざと見せつけられたオラウゼクスの実力に恐れおののいていた。
これが、五帝将のなかでも最強とされる攻撃力。
……だが、動揺を隠せない騎士団員たちのあいだにあっても、レゼルとシュフェルは軍の先頭に並びたち、敢然としてオラウゼクスの動向を見据えていた。
オラウゼクスは自身がつくりだした砂漠の穴から抜けだし、雷龍に乗って悠々と飛んできた。
近づいてくるだけで、その圧倒的な闘気と威圧感で押しつぶされそうになる。
……しかし、奴はレゼルとシュフェルの前にまで飛んでくると、誰に話すでもなくつぶやくように話しはじめた。
「ふむ。
とっさにちからの差を把握し、防御ではなく回避に徹したか。
その判断の早さと正確さは、見事」
「……あァ?
コイツ、なにぶつぶつ言ってやがんだ?」
シュフェルが眉をひそめ、毒づいた。
「ブラウジ!
皆さんをなるべく安全な場所まで退避させてください!」
レゼルがブラウジに指示をだす。
敵はオラウゼクスひとりで、ほかに敵兵がいる気配はない。
ブラウジはレゼルの指示どおり、兵士たちに退避を命じた。
……今この状況で、俺にレゼルたちを手助けできることはない。
むしろ、彼女たちの邪魔になるだけだ。
俺もほかの兵士たちとともに、後方にさがることとした。
「レゼル、シュフェル、くれぐれも無茶だけはしないでくれよ……!」
「……はい、グレイスさん」
レゼルはオラウゼクスに視線を向けたままうなずく。
「ったく、誰に向かって言ってんだ。
アタシらが負けるわけねェだろ」
シュフェルもまた、オラウゼクスのほうをにらんだまま答えた。
こうして、レゼルたちとオラウゼクスとの激闘はなんの前触れもなく、突如として始まることとなったのであった――。
☆土壌中の無機成分にもっとも多く含まれる構成元素はケイ素(Si)ですが、ケイ素の沸点は2355℃です。ご参考までに☆
次回投稿は2022/12/16の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




