第84話 勇壮たる者、臆病な男
◇
翼竜騎士団が次の国に向かって飛びたつ前の日。
俺はポルタリア商会の会長室への戸を叩いていた。
部屋のなかから、腹に響く声で返事が聞こえてくる。
「入るぞオヤジ」
「おお、好きに入れ」
俺が会長室のなかに入ると、ロブナウトは机に向かって仕事をしていた。
帝国の支配から解放されて流通経路が変わったため、大量の仕事が押しよせているらしかった。
書類のほうに眼をむけているロブナウトをしばらく見ていたあと、俺は話を切りだした。
「明日、出発するよ。
俺はまた騎士団に付いていく」
そこでロブナウトは書類から眼をあげ、俺のほうを見た。
「おお、そうかそうか!
噂は聞いているぞ。
お前は騎士団でも大活躍してて、みんなから大事にされているそうじゃないか。
お前は昔から目鼻が効くからなぁ。
俺が教えたことの飲みこみも早かった。
まさか戦の才能まであるとは思わなかったがなぁ、ガハハハハ!」
「そんなんじゃないさ」
俺が言いかえすと、ロブナウトはしばらく黙ったのち、ひとりごとのような口調で話しかけてきた。
「なぁ、坊主」
「あ?」
「お前……いい眼つきになったな」
「……眼つき?」
ロブナウトは俺の眼をしっかりと見つめて、うなずいた。
「出会ったころからたしかに、お前は内にギラギラしているものを秘めていた。
それは怒りとか憎しみに近いもののように思えた。
眼つきを見ればすぐにわかったし、逆にそこが気に入ってもいた。
商売人はギラギラしてなきゃ成功できないからな。
……だが今は、それらの感情とうまく付きあって、自分のちからへと変えている。
てめえのやるべき仕事が見つかった男の眼だ」
「……ふーん。そんなもんかね」
たしかに、レゼルたちと出会って、自分は少し変わったのかもしれない。
ただ闇雲に世界を憎むのではなく、目標を果たすための手段を得て、ある程度自分の心に整理がついた。
……そういえば、アイラさんにも雰囲気が変わったって言われたっけな。
「正直、大したもんだ。
ほんとうにあの氷銀の狐たちをうち倒しちまったんだからな」
「全部レゼルたちのおかげだよ。
べつに俺は大したことしちゃいないさ」
――と、そこまではいつもどおりの明朗快活な様子だったロブナウトの表情に、陰りがさした。
「……しかし、今回の戦いで多くの兵隊さんが死んだのも事実だ。
なぁ、坊主。
お前も一介の行商人にすぎないだろう。
ここらで首をつっこむのはやめにしといたらどうだ?
お前なら商売人としても成功を収められるはずだ。
ポルタリアに残れ。
そして俺の後を継げ」
――ロブナウトは知らない。
俺がただの行商人ではなく、帝国への復讐心にとらわれた元・盗賊であるのだということを。
「悪いが、俺は騎士団に残ってやらなきゃならないことがある。
あんたの後を継ぐかどうかは、帝国を倒したあとで考えさせてもらうよ」
俺の返事に、ロブナウトは複雑な表情を見せる。
だがやがて、ぱっと表情を明るくすると、彼はまたいつもの調子で話しはじめた。
「そうかそうか、お前にはお前の考えがあるってわけだな。
んん? お前まさか、レゼル嬢に惚れこんじまったんじゃねえだろうな。
ガハハハ!」
「そんなんじゃないって」
「ま、お前がまた戦に行こうが行くまいが、俺の知ったことじゃない。
……だがな、絶対に負ける戦はするなよ!」
ロブナウトは人差し指を一本立て、机から乗りだした。
「いいか、商いでは、たしかに大勝負にでなきゃいけないことがある!
だがそれは、勝てる算段がじゅうぶんにあるときの話だ。
負けない戦いかたをするのが商売の鉄則であるということを、忘れるなよ!」
「……それは昔、耳にタコができるほど何度も聞いたよ。
まったく、デカい図体して相変わらずみみっちいこと言うんだなオヤジ。
それとも臆病風に吹かれたか?」
「ああ、俺は臆病者だよ」
ロブナウトの言いぶりに、俺ははっとしてしまう。
ロブナウトは話を続けた。
「知ってのとおり、俺はずっとここポルタリアの長だった。
もちろん十年前の大規模侵攻のときもな。
帝国兵どもは俺たちの目の前で街の住人を次々と殺していったよ。
多くの仲間たちを殺され、若い衆は色めきたった。
武器をもって立ちあがろうと、俺のところに詰めよってきた。
だがな……!」
ロブナウトは自身の頭を両手で抱え、机に突っ伏した。
その顔には、苦渋の表情が浮かべられていた。
「俺は自分たちが農民・商人であることを言いわけにして、戦わなかったんだ……!
俺から家族を奪ったあの憎い帝国に、ごまをすってよ……!
笑っちまうだろ?
こんな見てくれをして、俺はとんでもない臆病者だったんだ……!」
ロブナウトの妻と子どもたちは、十年前の大規模侵攻のときに、帝国軍兵に殺されている。
だが、当時すでにポルタリアの長であったロブナウトは、抵抗しようとする民を抑えて速やかに降伏した。
食糧供給を条件に、民の命を保証させて。
「……あんたの臆病が、このポルタリアの人々の命と暮らしを守ったんだ。
統率者として誇ることはあれど、恥じることはねぇだろ」
帝国領土への食糧供給が大義名分としてあるとはいえ、民が抵抗する姿勢を見せていたら、ポルタリアは今の姿を残してはいなかっただろう。
農耕に特化し、争いを好まない民を怒りに任せて戦わせなかった判断を、俺は愚かだとは思わない。
だが、ロブナウトは家族を奪われた憎しみとのあいだに葛藤し、どれだけ苦しんだことだろう。
愛する妻と子どもを殺されて剣を手に取ったクルクロイ、矛をおさめたロブナウト。
選んだ道は異なれど、いずれも運命に翻弄され、苦悩にとらわれた哀れな男たちだ。
「あんたの家族を奪った帝国は、俺が……俺たちが、必ず倒す。
だから安心しろ。
あんたの判断が間違っていなかったことを、俺たちが証明してやる」
「……ふん。
大口をたたくのは、生き残ってからにしやがれ。ただの商人のくせに」
そう言って、ロブナウトは椅子をまわして向こう側を向いてしまった。
こちらからは背中しか見えず、表情はもう見えない。
部屋の窓からは、夕陽の赤い光が射しこんできていた。
「……それじゃあ、俺はもう行くよ」
「ああ、勝手にでてけ」
俺も部屋をでようと、踵を返す。
だが部屋をでる間際、肩越しにロブナウトに声をかけた。
「なぁ」
「ん?」
「ありがとな、親父」
――もちろん、とっくの昔に気づいてた。
この男が、俺に亡くした息子を重ねあわせていたことなど。
俺の身を、誰よりも案じてくれていたのだということも。
……そして俺も、昔この男に助けてもらっていなければ、今の俺はいなかっただろう。
「あぁ、あばよ馬鹿息子。
必ず顔見せに帰ってこいよ」
ロブナウトはこちらを振りかえらず、そう言ったきり黙りこくってしまった。
……馬鹿でもわかる、涙声だった。
次回、いよいよ第二部最終話です!
次回投稿は2022/10/21の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




