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レヴェリア、龍の舞う島々 ー無限の空をめぐる戦い。夢の国を造る少女と、それを支える男の物語ー  作者: 藤村 樹
第2部 氷銀の狐

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第83話 賢き王、愚かなる者 ②


 前回の場面の続きです。


 やがてクルクロイは王位についた。

 かつてのミネスポネの姿は忘れられなかったものの、彼は人間の娘と結婚し、子供もふたり設けることとなる。


 さらに時が経ち、彼は『賢王(けんおう)』としていよいよ名を()せることとなる。

 名君としての手腕を如何(いかん)なく発揮し、ファルウルの威光はいよいよ隆盛(りゅうせい)を極めた。


 国力の成長とともに氷銀(ひょうぎん)の狐を討伐するという臣下や国民の要望は高まった。

 しかし、賢王はまだ機が熟していないと言って首を縦に振らなかった。


 賢王は人と龍と、氷銀の狐が共存する道を模索しつづけた。

 しかし、争いの歴史は穏やかなファルウル国民が敵意を剥きだしにするほどに根深く、憎しみは人々の心に巣くっていた。

 賢王の影響力をもってしても、なすすべなく時は過ぎていく。


 ――そしてとうとう、悲劇は起こった。


 賢王の妻と子どもたちが国内を巡遊(じゅんゆう)しているとき、山里に降りてきた一匹の氷狐(ひょうこ)に殺されてしまったのだ。

 氷狐からすれば仲間を殺された報復で、警護の兵もろとも無残に噛みちぎられていた。

 賢王は変わりはてた家族の遺体にすがり、絶望にうちひしがれた。


 この出来事を発端(ほったん)に、賢王は豹変(ひょうへん)した。

 最愛の家族を奪われ、怒りと憎しみにとらわれてしまった。

 今まで氷銀の狐との共存を訴えてきた彼は、国をあげて狐たちの掃討(そうとう)を開始することとなる。


 国家の全戦力が集結し、北の山脈へと進軍した。

 長年の争いが生みだした憎しみにより、氷銀の狐を忌みきらっていた国民たちは死力を尽くす覚悟を決めていたのである。


 北の山脈で待ちうけていた氷銀の狐たちも全力で人と龍に(あらが)った!

 氷狐たちはたしかに手強かったが、隆盛を極めていたファルウル国軍の数に押しつぶされ、徐々に劣勢になっていく。

 人と龍が勝利をおさめ、争いの歴史に終止符がうたれようとしていた。


 しかし、あと一歩で氷狐が全滅するというところで、また事件が起こる。

 最期の足掻(あが)きをみせた氷狐の一撃によって、賢王が乗っていた龍の片翼(かたよく)が折られ、彼は龍とともに山脈の谷底へと転落してしまったのだ。


 幸いなことに、谷底の深い雪が緩衝(かんしょう)となって、クルクロイは一命を取りとめた。

 彼は絶命してしまった龍との固定をはずし、谷底を歩きだす。

 谷底は寒く、からだの節々(ふしぶし)が痛む。


 ……そして、彼は再び出会った。


 谷底で荒れくるう地吹雪のなか、一匹の氷狐がいたのだ。

 そのひと際優美な姿をした氷狐は、立ちつくしたまま賢王のことを見つめていた。


 ……狐の姿をしていたが、彼にはひと目でその狐が何者なのかを悟っていた。

 かつて少年期に自分とともに時を過ごした、あの狐であるのだということを。


 彼は氷狐へと手をさし伸べた。

 そして、自分でも思わぬ言葉が口を()いてでていた。


「お前だけは逃げろ」


 ……なぜ自分でもそう言ったのか、わからない。

 怒りに狂ってひとつの種族を滅ぼそうとした罪の意識からなのか。

 あるいはその氷狐に対して、自身でも驚くほどの思い入れがあったからなのか。

 とにかく、クルクロイはその狐の生存を望んでしまったのだ。


 周囲に吹きあれていた地吹雪が氷狐のもとへと集まり、彼女は真の姿を現した。

 その外見は、大人の女性の姿へと成長を遂げていた。


 ミネスポネの両目から、大粒の涙があふれる。

 涙はすぐに氷の粒となり、真珠のようにぽろぽろと(こぼ)れていった。


「信じていたのに……!

 貴方(あなた)のことを信じてずっと待ちつづけていたのに……!!

 どうして貴方が仲間を殺しにやってくるの?

 ……いつか必ず貴方の前に再び現れ、この恨み果たします」


 彼女は仲間を虐殺(ぎゃくさつ)した人間への復讐を宣言すると、氷雪の結晶に身を包み、山の奥へと姿を消した。

 クルクロイは、ただ茫然として、その場に立ちつくしていた。


 味方の兵が救助にきて、彼は救われた。

 氷銀の狐は行方不明となったミネスポネを残して全滅したが、クルクロイは彼女のことを誰にも言わなかったので捜索は行われなかった。


 宿敵である氷銀の狐をうち滅ぼした者として、賢王はますます名声を高め、国民の支持を集めることとなった。



 それからさらに時が経ち、帝国の大規模侵攻が始まった。

 隆盛を極めたファルウル王国軍をもってしても、帝国ヴァレングライヒの前では赤子同然であった。

 王都ルトレストはまたたく間に陥落し、国宝として秘蔵していたエインスレーゲンは奪われてしまった。


 拘束された賢王の前に、帝国皇帝が現れた。

 呼吸をすることさえ苦しく感じるほどの存在感と威圧感。

 ……そして、皇帝の後ろには、人の姿をなしていたミネスポネがつき従っていた。


 皇帝が発言する。

 その口からでるひと言ひと言は神の託宣(たくせん)のように重く荘厳(そうごん)で、並みの人間には反論など微塵(みじん)も許されるものではなかった。


『人ならざる者、ミネスポネよ。

 貴様は水氷(すいひょう)の短剣エインスレーゲンに選ばれた、稀少(きしょう)なる神剣の適合者だ。

 貴様に、この国の統治を(ゆだ)ねよう』

「ありがたきお言葉ですわ、皇帝陛下。

 私めは、必ずや陛下のご期待に添える働きをお見せいたしましょう」


 ミネスポネは、(うやうや)しくひざまずいた。


『よかろう、ミネスポネ。

 今宵(こよい)に限り、我がちからの一部を貴様に貸しあたえよう。

 この国に、貴様が望む世界をつくりあげるがいい!』


 帝国皇帝が手をかざすと、ミネスポネとエインスレーゲンは青い光に包まれて輝き、いっせいに極寒(ごっかん)の冷気が吹きだした。


 ――ロブナウトの話では氷の壁はミネスポネただひとりのちからで築きあげられたとのことだったが、その背後には皇帝の影があったのだ。


 ……ここで、クルクロイの記憶は途絶える。

 ミネスポネはエインスレーゲンを得て、帝国皇帝のちからを借り、一夜にして巨大な氷の壁をつくりあげた。

 いや増したミネスポネのちからと、氷の壁内の冷気によって新たな氷銀の狐たちが生まれ、奴らは再びその数を増やしていくこととなる。



 こうして、ミネスポネは人間たちへの復讐を果たした。

 人間の王国を氷の壁内に閉ざし、自身を裏切った賢王を氷の人形と化して。


 ――だが、俺やレゼルは知っていた。

『氷漬けにして永久に傍らに置く』という行為が、人に化けた氷狐にとっての、最上の愛の表現であるのだということを。


 仲間を虐殺した人間への復讐心と、愛する者への愛情と。

 複雑な相反(あいはん)する感情を内に抱えていた彼女が、ほんとうはなにを考えていたのか。

 彼女がこの世を去った今、俺たちには知る由もなかった。


 ミネスポネは王都を氷で閉ざした。

 結果として、賢王の、そしてルトレストの住民の多くの命が救われたのは、はたしてほんとうに偶然であったのだろうか――。




 賢王クルクロイは話を終えると、ひとつ大きなため息をついた。


「……いずれにせよ、ファルウルが帝国に占領されていたことは変わりなかっただろう。

 だが、私の過去の行動如何(いかん)によっては、氷銀の狐は人に(あだ)なす存在ではなかったかもしれぬのだ」


 彼の声には、悲哀と後悔が(にじ)みでていた。


「――私はどうすればよかったのだろうな。

 ミネスポネを追いかけて殺すべきだったのか?

 憎しみに駆られて氷狐の討伐に向かうべきではなかったのか?

 人民の心を変えられなかった自身の無力さを悔いるべきなのか?

 それとも事の始まりからして、氷狐を罠から逃がすべきではなかったのか……?

 そんな今さら考えても仕方ないことを、いまだにこうして思い悩んでいる。

『賢王』だなんてとんでもない、愚かなひとりの人間だ。

 ……だが、生きている人間なんてそんなものなのかもしれぬな」

「賢王……」


 バルコニーから外を眺めていたクルクロイは、レゼルのほうへと振りかえった。


「カレドラル国女王、レゼルよ。

 其方(そなた)はよい眼をしているな。

 まだこんなにも若いというのに、己の運命を受けいれ、戦いつづけてきた者の眼をしている。

 ……其方のちからになりたい。

 其方はなにを望む?」


 レゼルは真摯(しんし)なまなざしで、クルクロイを見つめかえした。


「ファルウル国王、クルクロイ。

 私は帝国を、皇帝を倒します。

 このレヴェリアに平安をもたらし、誰もが幸せに暮らせる国をつくります。

 両国が統治を取りもどした今、再びカレドラルとファルウルの和親(わしん)を結びたい。

 そしてあなたの、ファルウル国民のちからを貸してください」


 レゼルの答えに、クルクロイは深くうなずいた。


「其方たちは我が国を救ってくれた恩人だ。

 断るべくもない。

 貴国との国交を再び深め、最大限のちからとなることを約束しよう。

 今はまだ荒れきった国を整えている段階だが、現時点で出せるだけの兵と龍は其方たちの軍に同行させるつもりだ」


 賢王の言葉に、幹部衆からも喜びの声があがる。

 レゼルは賢王に対して、(うやうや)しく頭をさげた。


 これで、彼女がめざす『夢の国』への道のりが、一歩近づいたことになる。

 レヴェリアに浮かぶ諸国を帝国の支配から解放し、帝国本土を包囲する。

 その構想を実現するための、最初の大きな一歩。


「ありがとうございます、賢王クルクロイ。

 龍神の御名(みな)のもと、深く感謝いたします」

「よい、お互いさまだ。

 こちらこそ、其方らの崇高(すうこう)なる戦いの一員に加われて光栄だ」


 賢王は清々(すがすが)しく笑う。

 そして、彼は再びバルコニーのほうへと向きなおり、外を眺めた。


「……なぁ、レゼルよ。

 ここまで恥をさらしたついでだから言うのだが……」


 レゼルが不思議そうに首をかしげた。

 賢王は外のほうを向いたままだ。


「もちろん、私は最愛の家族や国民の命を奪っていった氷銀の狐たちを許せない。

 だが、それでも私は、ミネスポネのことをいまだに憎みきれないでいるのだよ。

 こんなことを公言したら、国民の逆鱗(げきりん)に触れてしまうだろうが……」


 バルコニーの窓から風が吹きこむ。

 風に吹かれた賢王の背中は、どこか寂しそうでもあった。




 次回投稿は2022/10/18の19時に予約投稿する予定です。何とぞよろしくお願いいたします。

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