第77話 炎熱の刃先
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――『さざ波』でグレイスたちを生き埋めにしたあと。
ネイジュは乗っていた氷狐とともにたたずみ、雪の津波、すなわち雪崩の跡を見ていた。
雪崩は樹氷も岩もなにもかも飲みこみ、あたりには平らな斜面が広がるのみ。
時おり寒風が吹きあれ、表面の柔らかな雪だけをさらっていく。
まるで、この地に眠る魂をどこかに連れさっていくかのよう。
……先ほど戦っていた人間は、龍騎士ではなかった。
まともに『さざ波』に飲みこまれて、龍も人間も、生きているはずがない。
ネイジュは母が戦っているであろう大地底湖のほうへと顔を向け、目をつむり、神経を研ぎすました。
方角さえわかっていれば、母親と敵の存在を感知できる。
野生の獣がもつ超感覚としか言いようがない、気配の知覚。
その気配の知覚だけで彼女はほぼ正確に、戦いの状況を把握することができていた。
……母親以外の気配が消失している。
行っても手伝うことはなさそうだが、合流して指示を仰がなければならない。
ネイジュが母のもとへと向かおうとした、そのときだった。
「……!?」
ネイジュは別の気配がしたほうを振りむく。
雪崩の跡である雪のなかから、何者かが這いだしてきたのだ!
ネイジュは振りかえり、驚愕の表情を浮かべた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ!
ゲホゲホっ!」
雪のなかから這いだしてきたのは、死んだはずのグレイスとヒュードだった。
彼は相棒の龍といっしょになって雪を吐きだし、むせ込んでいる。
……ありえないことだった。
彼女の操作によって生みだされる『さざ波』の圧力は、龍であっても耐えられないはずだ。
ましてや人間など、まともなかたちを保っていることすら不可能なはず。
ネイジュと氷狐はグレイスたちのもとへと歩みよる。
張りつめた氷の琴線のように、冷たく静かな怒りを湛えさせて。
「お前、なぜ生きている」
「はぁっ、はぁっ……。
俺が知るかよ、そんなこと……!」
たしかにこの男が生きていることは、ありえないことだった。
だが、すでに息も絶え絶えといった様子。
ヒュードという龍も、翼の傷に凍傷が加わり、もはや飛ぶことはかなわない。
そんなグレイスたちを、ネイジュは黙って見おろしていた。
そして、彼女はグレイスに告げる。
戦いはすでに終焉したのだという、グレイスたちにとってはあまりにも残酷な事実を。
「……お前の努力は無駄だった。
龍騎士たちの気配はもう消えてる。
母上の勝ちだ」
「レゼルたちが……!?」
グレイスが、とても信じられないとでも言うように眼を見ひらいた。
「嘘だ! どうしてあんたにそんなことがわかるんだ!」
「鈍い人間にはわからないのよ。
私にはここからでも母上の気配を感じることができる。
信じようが信じまいが、お前の勝手だ」
口では否定したものの、グレイスには、とうていネイジュが嘘をついているようには見えなかった。
彼は、がくりとちからなくうなだれた。
「……レゼルたちが負けたのは、ほんとうなのか……!」
「死にかけの人間に、つまらない嘘をついても仕方ないでしょう?」
グレイスは絶望にうちひしがれ、しばらくうつむいていた。
愛する者たちの死を突きつけられ、生きる望みを失ってしまったかのように。
……だが、やがて虚ろな目つきで顔をあげると、投げやりな様子でナイフを一本、氷狐の足もとにほうり投げた。
「なんのつもり?」
「……レゼルは俺のすべてだった。
彼女がいなくなってしまったら、もう俺に生きている意味はない……!」
そう言って、グレイスは嗚咽をあげはじめた。
ネイジュは無表情のまま、黙ってグレイスを見おろしている。
「敵のあんたにこんなことを頼むなんて、おかしいことはわかってる。
だが、頼む。彼女のいなくなった世界になんて、一秒たりとも残っていたくないんだ。
どうかそのナイフで俺の首を切って、介錯してくれ……!」
「…………」
ネイジュはため息をついたが、氷狐の背中から降り、グレイスのナイフを拾いあげた。
ナイフを拾いあげたとき、冷えきった刀身が地面の雪を映してまたたいていた。
ネイジュがグレイスのもとへと歩みよる。
首にナイフを振りおろす寸前、彼女は彼に語りかけた。
「……ほんとうに人間って無力でみじめね。
まるで虫けらみたい」
「ああ、そうなんだよ。
無力でみじめな存在さ。
……でもな、ちっぽけな虫けらでも、最後に命の灯を燃やすことがあるんだぜ!」
グレイスはそう言って、顔を振りあおいだ。
同時に、あたりに不格好な『共鳴音』が鳴りひびく!
「なっ!?」
グレイスがさし伸ばした手から、火炎が巻きおこった!
小規模ではあるが、ここが雪山であることが信じられなくなるような、燃えさかる紅蓮の炎。
その熱さに、グレイス自身の身が焦げついてしまいそうであった。
――彼が巻きおこしたのは、レゼルたちが起こす奇跡とくらべれば小さな、ほんとうに小さな火。
だが、ただの火炎ではない。
炎は危機を察知してネイジュをかばった氷狐の頭部を焼きとかし、彼女もまた、無傷では済まなかった。
上体の服が焼けこげ、陶器のような白い肌が露わになっている。
そして、グレイスの手ににぎられていたのは折れた炎の神剣。
ブレンガルドの刃先だった――。
現在は第4部のプロット練りに絶賛苦戦中……。
第二部も佳境なのに投稿ペースが遅くてすみません。
気を取りなおして、次回投稿は20022/09/30の19時以降にアップロード予定です。何とぞよろしくお願いいたします!




