第70話 雪花の万華鏡
◇グレイスの視点です
◆神の視点です
◆
――部隊長たちとクラハとの戦いが始まった、その頃。
ミネスポネは王の間に戻っていた。
彼女は乗っていた氷狐から降り、黙してたたずむ賢王のもとへと歩みよっていく。
そうして、彼の顔に両手を添えた。
「貴方を私から奪おうと、人間どもがとうとうここまでやってきましたわ。
傲慢な人間ども。
でも、私はぜったいに貴方を奪わせない――」
ミネスポネは怒りとも悲哀ともつかぬ表情を浮かべている。
対して、賢王は微動だにすることもない。
ミネスポネの体内で妖気と水氷の自然素が混じりあい、練りあげられていく。
王の間の空気が、よりいっそう冷たさを増していった。
◇
大会議場では、クラハの猛攻が続いていた。
その激しさはまさしく、吹きすさぶ冬の嵐のよう。
部隊長たちは城の人々の犠牲を広げないようにと、大会議場の底面を中心に平面での戦いを展開している。
だがそんな部隊長たちをあざ笑うかのように、冷気と氷塊が絨毯のように広く吹きあれ、誰もクラハに近づくことができない!
サキナが、激しい攻撃の合間のほんのわずかな隙を狙って、矢を放つ。
『曲がり羽根』
龍御加護の民に伝わる、特殊な技術で加工された矢羽根を用いた射法。
矢は曲がる軌跡を描きながらも、正確にクラハの急所を狙って飛んでいく!
……しかし、先ほどからさまざまな角度をねらって試すが、単発の矢では彼女の裏をかくことはできない。
的確に小さな氷塊をぶつけ、矢をすべて撃ちおとされている。
「面白い飛跡の矢ね。
でも、か弱すぎる。
そんなので私を殺せるとでも?」
サキナは得意の『五重奏』を射たくても、五本の矢で狙いをさだめるだけの時間を与えてもらえないのだ。
照準を合わせている途中でクラハの攻撃が飛んできて、回避に移らざるをえない。
アレスは長い腕と槍による射程を活かし、最大限に遠くで氷棘を破壊し、身を守っている。
だが、それでも砕けた氷片や冷気から完全に逃れることはできない。
少しずつからだが凍てつき、蝕まれていく。
さらに、彼は遠距離用の攻撃手段を持っておらず、仲間を敵の攻撃から守ることしかできなかった。
ティランは身軽さを活かし、すべての氷棘をかわしている。
折を見て投げナイフや吹き矢を使って応戦しているが、やはりクラハの周囲でうずまく冷気に跳ねかえされ、届かない。
接近する好機をうかがっているものの、いざというときに氷棘を直接防御する手段がないため、なかなか接近できずにいるのだ。
ガレルは剣を氷棘の切っ先にあて、弾道をずらすことで受けながしている。
彼もまた、敵の激しい攻撃をかわす合間に小弓で矢を放っているが、やはり届かない。
騎士団のなかにはアイゼンマキナ製のクロスボウを装備している者もいたが、部隊長たちは鋼鉄製兵器の重量を嫌い、彼らが得意とする武器の扱いに重きを置いていたのだ。
……皆、攻撃が四人に分散されているからかろうじて凌ぐことができているが、いつ均衡が崩れても不思議ではない。
――攻撃が激しすぎて、まともに狙いをさだめる時間がない……!
――私にはこの距離で攻撃する術がない。
皆の盾とならねば!
――ボクはからだが小さいから、まともに食らったら即死だ。
行くならゼッタイに仕留めないと……!
――氷棘をいなしながら近づけるのは俺だけだ。
俺が、みんなの道を切り拓く!
ガレルが乗っている龍に指示をだし、迫りくる氷棘を受けながしながら、クラハのほうへと駆けだしはじめた。
「みんな! 俺が突破口をひらく!
ヤツに隙ができたら反撃してくれ!」
「待て、ガレル!
敵に照準を絞らせるな!」
アレスが警告したが、ガレルは待たない。
クラハはガレルのほうへと手のひらを向け、攻撃を集中させはじめていた。
「うおおおおおっ!」
接近するにつれて氷棘の雨も激しくなるが、ガレルは見事にかわし、いなしている。
ほんとうに剣の腕ひとつでクラハのもとまで到達できそうな勢いだ。
「覚悟しやがれ、女狐!!」
しかし、クラハに動ずる気配はない。
彼女が見せたのは、獲物がみずから近づいてきたことを悦ぶ残酷な笑み――。
「なんて耳障りな声。
閉じこめてお花にしなくちゃ」
『雪花の万華鏡』
「はっ!?」
ガレルが気づいた、次の瞬間。
彼と、彼が乗っていた龍はすでに巨大な氷の円筒のなかに閉じこめられていた。
一瞬にして、彼らを囲うように氷の構造物が空中に形成されていたのだ。
円筒の内部は六角柱になっており、内部の空間にはさまざまな色合いで輝く氷片が無数に浮き、散りばめられていた。
……氷片はどれも、剃刀のように細かく鋭い。
「なんだと……っ!?」
ガレルがとっさに剣を振りまわし、空中の氷片をいくつか叩きつぶしたが、数が多すぎてとうてい間に合わない。
「咲き誇れ」
クラハが円筒を操って回転させると、氷片どうしが擦れあい、鈴のような音を奏でた。
「うああああぁっ!」
無数の氷片がガレルと龍のからだを切りきざんでいく!
円筒のなかの氷片が血で染まり、赤い花びらのように乱れ舞う。
「ガレルさん!」
近くを飛んできていたレゼルが、通りぎわに双剣を振り、外から円筒を叩きわった。
円筒と氷片は溶けるように消えてなくなったが、ガレルと龍は全身を斬りきざまれ、倒れてしまっていた。
どう見ても、これ以上の戦闘継続は不可能だった。
大技を放ったクラハが、ガレルにとどめを刺そうと新たな氷塊を練りあげている。
しかし、すかさずサキナも矢を放った。
矢は防がれてしまったものの、クラハの意識は残った部隊長たちへと向けられた。
クラハも、戦闘不能になったガレルはいつでもとどめを刺すことができ、対処すべきは残った部隊長たちであると認識したようだ。
吹きすさぶ冷気のなか、アレス、サキナ、ティランはおのおの柱や、床に突き刺さった大きな氷塊の後ろに身を隠し、早口で打ち合わせを始めた。
「口惜しいが、個人のちからでは敵わぬことがよくわかった!
だがふたりとも、この状況ならあれが使えるかもしれぬ。
好機はただの一度のみ!
行けるか!?」
アレスは指で作戦番号の合図を示しながら、ほかのふたりに提案した。
彼らは部隊長どうしで組んで戦うことを想定し、いくつかの作戦を用意していた。
「モチロン!」
「行くしかないわね……!」
ティランとサキナは迷わずに即答する。
「ティラン、どこに欲しい?」
サキナが背にしていた柱から少しだけ顔をのぞかせ、ティランに問いかけた。
ティランも背にしていた氷塊から顔をのぞかせ、クラハの周囲の状況をうかがった。
「あの姉ちゃんを真んなかにして二時、四時、七時九時。
でも本命は、十一時!」
クラハの周囲にも演壇を囲う柱や、自身の身を守るためにつくった氷塊などの構築物がある。
ティランはそれらの構築物の配置を見て、サキナに指示をだしたようだった。
「サキナ殿、この距離から照準を合わせるのに何時必要か!」
「刹那でじゅうぶん」
「承った!」
その場にいた三人が同時にうなずき、皆、自分の果たすべき役目を理解した。
空気が冷たく、肌がひりつく。
肺が凍りつきそうで、息をするのもつらい。
それでも彼らは、勝利への可能性をあきらめていなかった。
――そして、彼らは動きだす。
数少ない勝機を、その手につかみ取るために!
※『雪花の万華鏡(せっか の まんげきょう)』……敵をさまざまな色合いの氷片が入った万華鏡のなかに閉じこめ、斬りきざむ技です。
現実世界では万華鏡は西暦1817年にスコットランドの科学者が特許を取得しています。
本作の文化レベルは基本的に中世以前(西暦1500年以前)を想定しているため、じゃっかん時代がずれてしまったかもしれません。
次回は仕事とアップロードする時間が合わないので、予約投稿させていただきます。
次回投稿は2022/9/7の19時に予約としました。何とぞよろしくお願いいたします。




