第6話 歩く道すがら
エルマさんとの面会を終えたグレイスとレゼルは、兵士たちの訓練場へと、話をしながらのんびり歩いて向かいます。
◇
エルマさんが過ごしていた場所から、ほかの一般龍兵たちが訓練している場所までは少し歩くらしく、俺とレゼルはそれぞれの龍を連れて訓練場まで移動していた。
シュフェルだけは「訓練に行ってくる!」と言って、先に龍に乗って行ってしまったが。
ふたりで岩山の合間の道を歩いていると、レゼルが話しかけてきた。
「すみませんでした、変わり者の母で。
グレイスさんも驚かれたでしょう……?」
レゼルはため息をついて、俺にいたわりの声をかけてくれる。
俺が嘘をついているとわかっているのに、優しいというか、なんとも不用心な気もする。
違う見方をすれば、俺を解放し、軍事会議に参加することまで許可した母親を、心の底から信頼しているのかもしれない。
「いやぁ、ほんとうに困ったよ。
女性と話しててこんなに憔悴したのは初めてだ」
俺が困り顔で頭をかくと、レゼルはくすくすと笑う。
「それにしても、レゼル……レゼルさんのお母さまは若いなぁ。
いったい何歳のときにレゼルさんを産んだんだ?」
「ふふふ、無理してさん付けしていただかなくても大丈夫ですわ。
どうぞお好きに呼んでくださいな」
レゼルは手を口元に当ててまた笑っている。
『亡国の王女』にして、『闘う龍の巫女』。
大層な肩書きの持ち主なので俗人の相手などしないのかと思っていたが、実際に話してみるとよく笑う普通の女の子のように思えた。
「お母さまが実年齢以上に若いのは、外見だけではありません。
お母さまはセレンと触れあうことで、常に生命力の交換を行い、高めあっています。
おそらく、からだの内面からして若いのです。
気持ちまで若すぎるのが困りものですが……」
「ふぅむ」
俺は話を聞いて考えこむ。
セレンというのはエルマさんと寄り添いあっていた龍のことだろう。
だが、龍と生命力を交換しあっているとはいったい全体どういうことなのだろうか。
レゼルはあからさまに不思議そうな顔をしている俺を見て、心情を察したらしい。
「お母さまとセレンは癒しのちからを持っている、世界でもただひと組の龍騎士なんですよ。
そして、私は……。
グレイスさん、ちょっと離れててくださいね。エウロ、おいで」
エウロとは、レゼルが乗っていた龍の名前のようだ。
レゼルが呼ぶと、うれしそうに頭を寄せてくる。
レゼルとエウロが額を寄せあうと、金属と金属を打ちあわせたような高く鋭い音が鳴りひびいた。
レゼルや俺をとり巻く大気の流れが変わったのを感じる。
彼女はあたりを見回すと、はるか遠くの高台にそびえ立っている巨岩に目をつけた。
大人が数人がかりでもとうてい運べなさそうな、大きくて硬そうな岩だ。
レゼルは懐に携えていた短剣を鞘から抜くと、巨岩に向かって軽く、だが鋭く剣を振りぬいた。
すると、どうだろう。
空を切る音とともに一陣の風が吹きぬけ、遠くの巨岩をいとも簡単に斬りくずしてしまった!
大気の流れに煽られて、俺も倒れそうになる。
崩れた岩の破片が崖から落ちて、鈍く重たい音とともに土煙をあげている。
俺はあまりの出来事に開いた口が塞がらない。
「私は風のちからを持つエウロと相方で、風を操ることができます。
ちなみに、シュフェルは雷のちからを使う龍騎士です」
雷のちから、と聞いて思いあたった。
俺はシュフェルのちからを見ている。
なにせ、目の前で俺の売り物をすべて粉々にされたんだからな。
『龍騎士』は、この世界全体においても数えるほどしかいないと言われる希少な存在で、ただ龍に乗って戦うだけの『一般龍兵』とは明確に区別される。
翼竜騎士団の龍騎士が風や雷のちからを自在に操るという噂は聞いていたのだが、龍騎士の存在自体は謎が多く、さまざまな国を行き来していてもその詳細を聞くことは少ない。
「でも、どうしてあんたたちは、龍と組になるとそんなことができるんだ?」
「それは、龍と共鳴することで龍の体内に蓄えられた『自然素』を引きだすことができるからじゃゾ」
俺が不思議そうな顔をしているとブラウジがどこからか湧いてきて、ずずい、という感じで割りこんできた。
俺が驚いていることなどお構いなしで、「姫様が説明するまでもありませんゾ」とレゼルにも話しかけている。
「オヌシも先ほど『共鳴音』を聞いたであろう?
龍騎士は龍と『龍の鼓動』の波長を合わせることで、龍から自然素を引きだし、奇跡を起こすことができるのじゃ。
龍は常に周囲の環境から自然素を取りこんでおるからな。
エウロはとくに大気中から風の自然素を多く取りこみ、蓄えている龍であるということじゃ」
共鳴音とは、レゼルとエウロが額をあわせたときに鳴った高く鋭い音のことのようだ。
龍にはそれぞれ好みの自然素とやらがあり、常日ごろから蓄えているということもなんとなく伝わってきた。
俺も諸外国で乗り物として使われている龍の一般的な性質に関しては知っているつもりだったが、龍の自然素を蓄える性質についてはまったく知らなかった。
それほどまでに、『龍御加護の民』の龍に関する理解は深いということだろう。
「それじゃあ、エルマさんがいつもセレンと寄り添いあっているというのは……」
「セレンだけは特別じゃ。
セレンは自然素のほかに、命ある者と触れあうことで生命力を交換し、高めあうことができる。
エルマ様は常にセレンと触れあうことで、癒しのちからを蓄えているのじゃよ」
レゼルも再び会話に入り、説明を付け足す。
「セレンはおそらく特別変異の個体なのです。
風や雷のちからを持つ龍自体は一定数いますが、癒しのちからを持つ龍は龍御加護の民の長い歴史でも例がありません。
そして、セレンから癒しのちからを引きだせるのも、お母さましかいません。
だからこそ、お母さまとセレンは唯一無二の存在なのです。
母親が年齢以上に若くて元気なのはよいことです。
どんどん外見の年齢が近づいていくのは娘としてはちょっと複雑ですけどね」
レゼルは苦笑いを浮かべているが、嫌ではなさそうだ。
「我ら『龍御加護の民』は龍の鼓動を持つ民族と言われておる。
だが、龍と共鳴できる真の意味での『龍騎士』としての素質を持つのは、ごくごく限られた者だけじゃ。
現に、我ら翼竜騎士団のなかでも龍騎士は、レゼル様とエルマ様、そしてシュフェルだけなんじゃからな」
ブラウジは自分のことではないが、とても自慢げだ。
レゼルたちのことを誇りに思っていることがよく伝わってくる。
俺は龍騎士に関する話に、ただただ感心するばかりだった。
「はぁ~。
しかし、龍と共鳴して奇跡をひき起こせるなんて、すごいことだな。
魔法使いみたいだね」
「ふふっ、グレイスさんったらおかしい。
魔法使いだなんて、お伽話の世界みたい」
感心していたら、レゼルに笑われてしまった。
俺からすれば龍騎士も魔法使いも似たようなものだと思うんだが。
どうやらレゼルの感覚でいうと、彼女たちは龍からちからを借りて引きだしているにすぎず、それは剣を振るのと同じくらい自然なことのようだ。
ただ、魔法使いにたとえられたことはまんざらでもないらしく、レゼルは心なしかうれしそうにしているように見えた。
レゼルは話してみるととても普通の女の子のようです。
それと紛らわしいですが、これまたわかりやすいように『龍騎士』と『一般龍兵』でざっくり区別しました。
今回の話は次回に続きます。