第5話 騎士団の母
翼竜騎士団の仲間に入れるよう申しでたグレイスですが、どこかに連行されていきます。
◇
闇商人との取引をぶち壊されたあと、俺はさらに別の浮き島へと連れて行かれた。
この浮き島は先ほどまでいた小島よりは大きめで、周囲には大小の浮き島が群れるように集まっている。
ほかの島に囲まれて死角が多い分、身を潜めるのに都合がよいと言えるだろう。
俺は両手首をロープで結ばれ、拘束されている。
両隣では龍に乗ったブラウジとシュフェルがいかにも胡散臭そうに俺をにらんでおり、視線が刺さって痛い。
後方ではヒュードが別の戦士に引っぱられ、おとなしく付いてきている。
俺は両側から突き刺さる視線に耐えきれず、ついいつもの調子で軽口を叩いてしまった。
「……で? ええと、あんたのお母さまとやらに会わせてくれるんだっけか?
レゼルさんよ」
「オヌシ、口の利き方をわきまえんか!」
「いいのよ、ブラウジ」
レゼルが、いきり立つブラウジを柔らかく制する。
「あなたにこれから会わせるのは私の実の母です。
自分の母のことをよく言うのもいかがなものかと思いますが、とても優しくて、聡明な人です。
ただ、なんと言いますか……」
「なんと言いますか?」
レゼルは口ごもり、なにやら話しづらそうにしている。目も泳いでいる。
「なんと言いますか、ちょっと変わった人なんです。
会ってもびっくりなさらないでくださいね」
「変わった人……?」
と、そんな話をしているうちにレゼルの母親がいる場所へとたどり着いた。
レゼルの母親と思しき女性は、岩山の壁に横穴がひらき、日陰になっている場所のなかにいた。
敷物を敷き、寝そべったうす桃色の龍に寄りかかるようにして座っている。
穴の向こう側は切りたった崖になっているようで、背景に青い空が広がっている。穴を吹きぬける風が心地よさそうだ。
また、岩穴の周囲にはお付きの者と思われる数人の若い娘と、数体の龍もいた。
レゼルの母親は穴の向こう側を見ていたが、俺たちの接近に気が付いていたようで、こちらを振りかえった。
「……レゼル、その方が、あなたが会わせたいと言っていた方?」
「はい、お母さま」
レゼルが乗っていた龍から降り、跪く。
どうやら先に行かせていたほかの兵士に、俺を連れてくることを前もって伝えていたようだ。
レゼルが立ちあがり、俺に彼女を紹介する。
「グレイスさん、こちらが私の母のエルマです。
私たち騎士団のなかで何か迷ったことがあったときは、こうして母に相談しているのです」
エルマと紹介された女性はおもむろに立ちあがった。
レゼルとは違い、柔らかな茶色の髪に涼しげな目元をしている。
優しげにほほえんでいるが、どこか妖艶さの漂う表情でもあった。
彼女やお付きの娘たちは、旧カレドラル領の民族衣装で、シンプルなラインの入った淡い色のチュニックを着ている。
黙っていると超然とした雰囲気がある点は、レゼルにも共通している気がする。
だが、あまり娘とは似ていないかな……などと考えていたら、いつの間にか本人が目の前にいて、両手首をつかまれていた!
近づいてくるまでの動きをまったく目でとらえることができず、気が付いたら髪の色と同じ茶色の瞳が眼前にあったのだ。
そして彼女は、黄色い声をあげた。
「あらやだ! グレイスさん、とても男前な方ですわね。
私ったら、年甲斐もなくドキドキしちゃう」
俺はエルマさんの勢いに圧倒されてしまう。
だが、間近に迫られてみて、その勢い以上に圧倒されたのは……。
若い!
とにかく若い。
どう見ても俺と同じくらいの年齢にしか見えない。
レゼルは実の母だと言っていた。
成人前くらいの娘がいて、こんなに若いということがありえるだろうか。
しかし、たしかに人妻であるということを納得させるような妙な色気があり、思わず動揺してしまう。
そしてこのエルマという女性は、ウブなガキ同然に成りさがっている俺の動揺を見逃さない。
「あら、顔を赤らめちゃって。可愛いですわね。
私もこのトキメキ……主人を亡くして以来だわ。
レゼル、あなたが会わせたかったというのは、もしかしてこの方と一生を添いとげたいということなのかしら!?」
「違います、お母さま!」
レゼルは急に顔を真っ赤にして、ぶんぶんと首を振っている。
そんな必死に否定せんでも。
「あら、違うの?
レゼルとお付き合いされている方ではないのですね。
……はっ! ということはグレイスさんのこの私を見る目、もしかして私のことを……!?」
「お母さま?」
エルマさんは左手で俺の手首をにぎったまま、右手を頬に寄せ「キャー!」と艶めいた声を出している。
レゼルは呆れているが、娘の問いかけなど聞いちゃいない。
「うれしいわ、グレイスさん。でもダメ!
私は亡くなった主人に操を立てるって決めているの!
残念ですけど、あなたのお気持ちには答えられませんわー!」
「お、か、あ、さ、ま……?」
ひとりでどんどん盛りあがっていく母親に、娘は顔を近づけて凄む。
額に青筋を立てており、どうやら本気で怒っているようだ。
母親はつまらなそうにぶーたれている。
「もう、お堅い子ねぇ。
あなたもお年ごろなんだから、恋愛のひとつでもしたほうがいいわよ?」
レゼルはぷんぷん怒りながら、「余計なお世話です!」とむくれている。
エルマさんは娘の怒りなどお構いなし、と言った様子で再度俺のほうへと向きなおった。
「それで、グレイスさん。
あなたは帝国ご出身の身でありながら、私たちのお手伝いをしてくださるということかしら?」
突然切りだされた本題に、俺は背筋を伸ばした。
「ええ、そうです。
俺は帝国士族の出身ですが、行商を行ってさまざまな国を行き来しています」
「まぁ! 帝国士族の御身でありながら、私たちとともに帝国と戦ってくださるというのですか?」
「はい。俺は妾の子でしたが、母親は龍御加護の民の系譜であったため殺されました。
俺は処罰を免れたものの、追放された身であるのも同然です。
以来、帝国に復讐することだけを考えて生きてきたんです」
「とても辛い人生を歩まれてきたのですね。
で、私たちが国をとり戻すための方法を知っていると」
「俺は帝国を倒すために、通常の商取引だけではなく、闇取引まで行いながらさまざまな情報を集めてきました。
そうして表には出回らない情報を集めているうちに、ついにあの鉄炎国家をうち倒す方法を見つけました。
だから、今も戦いを続けているというあなたたち、翼竜騎士団を探していたんです」
「ふむふむ、なるほどなるほど……」
エルマさんはうんうんと笑顔でうなずいている。
……しかし、彼女は急に声の調子を変えた。
「あなた、嘘をついていますわね?」
俺は、思わず息を呑んでしまった。
先ほどまで無邪気にはしゃいでいたのが嘘のように、エルマさんは妖しくほほえんでいる。
瞬間、俺は自分のすべてを余すところなく見透かされたような感覚に襲われた。
「あなたは話をしながら、ほんのわずかにですが、心拍数があがり皮膚の発汗が見られていました。
呼吸数・換気量もかすかに増え、瞳孔もひらいています。
あなたは話をしながら、嘘をついていらっしゃる」
この女性は、理由もなく俺の手首をつかんでいたわけではなかった。
彼女は俺に接近し、手首に触れることで、俺の生体情報を測りとっていたのだ!
「それでは、やはりこやつは帝国の手先ということじゃな!?」
ブラウジは巨大な戦斧を構え、臨戦態勢に入る。
その隣でシュフェルも「殺ろう!」と言って剣を抜いていた。
しかし、エルマさんに慌てる様子はない。
「ブラウジ、お待ちなさい」
エルマさんは声だけで、穏やかにブラウジを制した。
「この方はたしかに嘘をついています。
ですが、それはこのお方にとってはとても小さな嘘よ。
子供が隠れてお菓子を食べたのと同じくらいの、小さな嘘。
私たちに敵意はなく、帝国を倒そうという気持ちは本物よ」
エルマさんは手首をにぎったまま、依然としてすべてを見透かすような目で俺を見つめている。
俺は自分がいつの間にか冷や汗をだらだらと流していることを自覚した。
早くこの手を振りきって、逃げだしたい。
だが、そんな俺の思いまでをも読みとったのか、彼女はふっと笑う。
目を伏せ、俺の手首を離して解放してくれた。
「これ以上、このお方を追求するのは可哀相だわ。
ここで逃げられてしまったら、せっかくの情報を教えていただけなくなるかもしれない。
味方になりたいというのは本心なのだから、もうしばらく泳がせておくというのはいかがかしら?」
どうやら俺は灰色判定だが、見逃してくれるということらしい。
急に、自分が小さな水槽のなかを泳ぎまわる観賞魚になったような気がした。
「レゼル、このお方を軍事会議に参加させてあげなさい。
きっと、面白いことになると思うわ」
エルマさんは最後にそう言うと、自分の龍が寝そべっている場所に戻り、また寄りそうようにもたれかかって座ったのであった。
※チュニック=お尻が隠れるあたりから膝のあたりまでの長さのトップス。カットソーの仲間です。
グレイスはなにやら裏があるようですが、レゼルのお母さん・エルマもなかなか曲者ですね。
ちなみに『翼竜騎士団』というネーミングは今後何百回とでてくるフレーズですので、あえてシンプルにつけました。