第53話 雪原の戦い
◇
雪原の上空に差しかかった、まさにそのときだった。
それまで静かだった空が突然、嘘のような猛吹雪になった。
強靭な翼と視界をもつ龍でさえも、飛行が困難になるほど猛烈な吹雪。
騎士団員たちも急ぎゴーグルを装着するが、それでも雪でほとんど前が見えない。
「――! 皆さん、危ない!!」
そんな視界不良な状況のなか、レゼルは持ち前の超感覚で危険を察知していた。
俺もはっきりとは見えなかったが、たしかにその宙を舞う物体を見た。
いや、それはとても物体なんて言いかたで表現していい大きさのものではない。
――それは、巨大な氷の塊だった。
氷の山、氷山とよぶべきもの。
氷山が、とてつもない速度で飛んできて、翼竜騎士団の軍のど真んなかに突入しようとしていた。
信じられない。
これだけ巨大なものが、これだけの速度で飛んでくるなんて……!
『旋風』!
レゼルが得意の技で氷山を砕き、騎士団の危機を救う。
彼女が迎撃していなければ、一撃で騎士団は壊滅的な打撃を受けるところだった。
砕けた氷片が、宙を舞う。
「これは……!」
――明らかに自然素の操作による攻撃。
奇襲……!
レゼルは自身の龍の御技をぶつけた手応えから、確信を得ていた。
だが、敵からの攻撃はそれだけでは済まなかった。
氷山のほかに、無数のとがった氷の塊――氷棘が砲弾の嵐のように飛んできて、騎士団員たちに襲いかかる!
氷棘はそれぞれ人間ほどの大きさもある巨大なもので、次々と龍や人に突きささり、撃ちおとしている。
「皆の者ーっ!!
下方に降りるんじゃ!
このままでは上空で狙いうちにあうゾ!!」
ブラウジの指揮で、騎士団の軍勢は低空へと滑空していった。
低空に行くほど吹雪の勢いが弱まり、視界がひらけてくる。龍たちの飛行も安定を取りもどす。
俺は氷棘が飛んできた方角を見定めた。
氷棘はすべて、王城の頂上付近から放たれたもののようであった。
やはり、これはすべて『氷華』ミネスポネの攻撃か……!?
そしてなにより、とてつもなく嫌な予感がする。
意図をもって低空へと誘導されたかのような。敵の思惑どおりに事が運んでいる感覚がする……!
騎士団員たちが上空で荒れくるう猛吹雪から逃れ、雪原の地面すれすれにまで下降して間もなくのこと。
ついに『氷銀の狐』たちが、その恐ろしい牙を剥いた。
騎士団員たちが上空で吹きあれる猛吹雪と氷棘の嵐を見あげて安心したのもつかの間。
突如として雪原の雪がボコボコと盛りあがり、無数の狐たちが飛びあがってきたのだ!
――白銀に輝く体毛で覆われた狐。
牙や爪は氷の塊のよう。
その体躯は龍に匹敵するほど大きく、柔軟にしなっている。
……だが、氷の彫刻のように優美な外見とは裏腹に、そのどう猛さは完全に野生の獣のそれだった。
狐たちは捕食者の顔つきで、頭上の龍や人に襲いかかる!
とてつもない跳躍力で、多少の高低差ならものともせずに食らいつく。
とくに雪原に着陸していた者たちや低空を飛行していた者たちは真っ先に標的となった。
上空に気をとられていた龍や人の首もとに食らいつき、またたく間に死に至らしめる。
上空での奇襲に続き、またしても多くの犠牲者がでた。
狐たちは次々と雪原から現れ、その全貌をあらわした。
総数は明らかに騎士団員たちの総数より多い。
二千……いや、三千はいそうだ。
奴らは雪原を我がもの顔で縦横無尽に駆けまわっている。
レゼルは清澄な共鳴音を鳴らし、共鳴した。
レゼルとエウロの周囲を猛風が駆けめぐり、包みこむ。
「シュフェル!
まずは敵を散らしましょう!」
「わかった! 姉サマっ!」
レゼルとエウロは雪原の中央、狐たちの群れの真上へと、風をまといながら突っこんでいった。
『風輪花』
レゼルが龍の御技を発動すると、雪原のあちこちで風の渦が発生し、周囲の氷狐を切りきざんで消滅させていく。
鋭い風の渦は雪原の雪を巻きこみ、あたかも白銀の花弁を広げる花のようにあたりに咲き乱れた。
シュフェルもレゼルに続き、クラムと共鳴した。
……この技は以前、テーベでの戦いで俺も見たことがある。
自身の体内に電気を溜めこみ、一気に周囲に放出する技。
だが、その出力は以前に見たときよりもはるかに強力になっていた。
シュフェルの鋭い共鳴音が、鳴りひびく。
『放雷』!!
シュフェルとクラムを中心として幾筋かの雷が撃ちだされ、十数体の氷狐を一度に射ぬいた。
彼女たちの龍の御技によって、数多くの氷狐たちが一瞬にして消滅した。
うち砕かれた狐たちは全体の数からすれば少数には過ぎないものの、奇襲を受けて浮き足だっていた兵士たちが体勢を立てなおすのに必要なだけの時間は稼がれた。
翼竜騎士団と、氷狐たちの全面的な闘争が始まった。
雪原のあちこちで、兵士と氷狐がぶつかりあっている。
奇襲によって騎士団の陣形も乱れており、戦場は乱戦の様相を呈していた。
最前線での戦闘にまわったレゼルに代わり、ブラウジが軍の指揮を取る。
「『角』、『牙』、『本隊』は前衛にでよ!
『爪』は脇を固め、『翼』は後衛にさがって射撃で支援するのじゃ!」
乱戦のなかでも、前衛向けの戦士が積極的に前にでて敵を足止めし、陣形が崩れているなりにも皆、戦いやすい位置につこうとしている。
サキナの指示のもと、『翼』の部隊も高く飛行はできずとも、低空から高低差をつけて弓の射撃を始めている。
俺は『翼』の龍兵たちとともに若干後ろにさがり、まずは戦況の把握に努めた。
――この『氷銀の狐』たちは、強い……!
恐らく、この狐たちに飛行能力はない。
立体空間での戦いにおいて、空中戦では『機龍兵』より劣ると言えるだろう。
しかし、上空への移動が制限された平面、しかも雪原での戦いにおいて、氷狐たちは無類の強さを誇る。
氷狐は深い雪のなかでもまったく足をとられることなく走りぬけている。
さらに、囲まれそうになると雪のなかに潜りこみ、自由自在に足下を移動しては、突如顔をだして騎士団の龍の首元に食らいついてくる。
白銀の毛で覆われた身体は硬く、爪と牙による攻撃は龍のちからにも引けをとっていない。
おまけに冷気の息を吐きだして、ある程度離れた敵を凍りつかせる技までもっている。
一般龍兵のみでは三騎……いや、弓矢の射撃による援護があっても五騎の龍兵でようやく一匹の氷狐と渡りあえている印象だ。
敵の数のほうが多く、このまままともに戦いつづければ負けるのは騎士団のほうだろう。
実際、戦闘経験の乏しい騎士たちから犠牲者が増えはじめている。
だが、レゼルとシュフェルが広く味方を援護して、戦場の均衡を保っている。
さらに、単騎で氷狐にうち勝つ兵士たちもいた。
ブラウジや重装龍兵五人衆の連携は貫禄の強さで、巨大な斧で狐の脳天を叩きわっている。
そしてもちろん、新進気鋭の部隊長たちの活躍も目覚ましい。
「俺の部下たちを食い殺しやがって……!
許しを請いても許さねぇぞ!」
ガレルは持ち前の巧みな剣技で次々と氷狐の首を跳ねとばした。
ひとりで同時に複数の狐を相手にしても、ものともせずに屠っている。
一般龍兵の個人での戦いぶりとしては、もはや最強として疑う者はいないだろう。
アレスもまた、強靭な筋力と恵まれた体格から繰りだされる槍のひと突きで、氷狐の半身を砕いている。
一撃の破壊力・貫通力の強さで彼の右にでる者はいない。
ティランは龍鞍に身体を固定しない独自の型で前衛の兵士たちを補佐していた。
彼は驚異的な観察眼と反射神経、そして動物的な勘で足下に潜った氷狐の出どころを見極め、狐が顔をだした瞬間を狙って、短刀や仕込み刀で首をかき切っている。
時には自身の龍の背中から飛びおり、つないだ長い鎖にぶらさがった状態で敵を仕留めているのだから、驚かざるをえない。
サキナは上空から雪が舞いおりてきて視界不良のなかでもまったく弓矢の精度が落ちていない。
氷狐の眼や口、足を一寸の狂いもなく射ぬき、味方を強力に支援していた。
彼らの戦いの功績もあって、戦況は少しずつだが、騎士団の優位に傾きはじめていた。
そして、じっくりと戦況を観察していて気づいたことがある。
実際に氷銀の狐に攻撃を加えている兵士たちも皆、気づいていることだろう。
――この狐たちには、実体がないのだ。
いや、間違いなくそれぞれが命をもち、物理的な攻撃も効いているのだが、身体を破壊しても血や肉はでてこない。
でてくるのは雪や氷の塊ばかりだ。
恐らく、自然素の塊である龍に近い……いや、龍以上に自然現象に近く、概念的な超生物なのかもしれない。
そして、これらの超生物を統率しているであろうミネスポネとはいったい、何者なんだろうか……?
◆
翼竜騎士団と氷銀の狐たちが激戦を繰りひろげていたころ。
雪原を見おろせる小高い丘の上から、戦場を見おろしている者たちがいた。
双子の娘、クラハとネイジュだった。
彼女たちはそれぞれ大きな氷銀の狐に、横座りして乗っていた。
クラハが戦場のほうを見据えながら、忌々しげにつぶやいた。
「あいつら、人間のくせに生意気ね。
あたしたちの兄弟を斬りきざんでやがる」
「……そうね、姉上」
クラハが目を見ひらく。
氷のような瞳に、獣のように縦長の瞳孔。彼女の瞳には、人間への憎悪が満ち満ちていた。
「憎い人間ども……!
ネイジュ、あたしたちも行くわよ。
あいつらを全員、髄まで凍らせて殺すの」
「はい、姉上」
ふたりがそう言うと、巨大な氷狐は猛烈な勢いで丘を駆けおりていった。
『風輪花』(ふうりんか/エオフェーレ):
風の花弁を輪のように回転させて敵を斬りさきます。
カレドラル復興後の修行で、レゼルが編みだした新技です。
次回投稿は2022/7/17の19時以降にアップ予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




