第4話 出会い
仕入れを終えたグレイスは、ジェドを抜けだしてどこかへ行くようですが……。
◇
仕入れを終えたあと、そのまま貧民街を抜けて城門のほうへ向かう。
入ってきた城門とは別の門で、門兵は以前からの知り合いだ。
門兵に通してもらい、ジェドからでると、ヒュードに乗って飛びたった。
ジェドから少し離れて、誰も住んでいない小島に降りたつ。
ここでも、旧カレドラル特有の地形で、いくつかの岩山が切り立ち、地肌にも小岩がゴロゴロ転がっている。
俺とヒュードは宙籠を引きながら岩山の山間へと進んでいく。
山間の少しひらけた場所が約束の場所だ。
しばらく待っていると、岩陰から数人の男たちが龍に乗って現れた。
彼らはターバンを頭に巻き、スカーフで口元を隠している。
俺たちは事前に決めていた合言葉を言って、互いの身元を確認しあった。
身元の確認が終わると、俺は宙籠の荷台に被せていた覆いの布をまくり、『商品』を見せた。
男たちは商品が本物であることを確認する。
俺が貧民街で仕入れてきたのは、裏のルートで出回っているアイゼンマキナの鉄製機械兵器。
男たちは、砂鉱国『ヴュスターデ』という外国から来た闇商人だ。
彼らは国境の番兵を何人か買収し、不法にアイゼンマキナの領空内に侵入している。
こうして機械工学の発達したアイゼンマキナで兵器を入荷しては、本国に戻って政府非公認の組織に高値で売りはらっているのだ。
俺は、一連の流通の中継ぎをしているにすぎない。
商品の確認が終わって男たちからの支払いを受けとり、俺が宙籠の中身を相手にひき渡した、まさにそのときだった。
宙籠の周囲に静電気のような、小さな放電の筋が見えたような気がした。
だが、宙籠の『中身』には電気を発生させる装置などは存在しない。
気づいたのは俺だけで、ほかの男たちは商品を移しかえるのに夢中で誰も気が付いていないようだ。
――気のせいかと思った、次の瞬間だった。
空気を切り裂く轟音とともに、目の前の宙籠に向かって、雷が落ちた!
突然の閃光に目がくらむ。
……いや、今日の空は雲ひとつない晴天だ。雷が落ちるはずがない。
だが、事実目の前に雷が落ち、俺がひき渡した宙籠は跡形もなく粉砕されてしまった。
籠の周囲を取り囲んでいた闇商人たちも吹きとばされて倒れ、何が起こったのかもわからずに恐れおののいていた。
もうもうと立ちこめていた煙が徐々に晴れると、落雷した地点にはひとりの少女と、龍がいた。
少女は龍にまたがったまま、身の丈ほどもある長剣を地面に突き立てていた。
……信じられない、剣の一撃で鉄製の兵器をすべて粉砕してしまったというのか。
少女がおもむろに顔をあげる。
両の瞳は碧眼で、陶器のように白い肌と、まぶしいほどに明るい金髪をもっていた。
髪は長く、量もとても多い。
身に大量の電気を帯びているようで、髪がすべて逆立って小柄な体が二倍ほどの大きさに見える。
「翼竜騎士団だ……!」
「逃げろ!」
闇商人たちは少女の姿に心当たりがあるらしく、散り散りになって逃げようとした。
しかし、龍に乗って武装した人々が岩陰に身を潜めており、次々と現れては商人たちをとり押さえていく!
「ヒュード!」
俺も身の危険を感じてヒュードにまたがり、逃げるように指示をだす。
だが、振りむいた瞬間に背後から別の龍がのしかかり、相棒ごと地面に押しつぶされてしまった!
うつぶせになって身動きがとれないまま、首に刃を当てられる。
振りむけないのではっきりとはわからないが、感触からは鋭利なものではなく、かなり重量のある斧のようだった。
頭の上から男の声がする。
力強くよく通る声だが、少し嗄れており、それなりに年齢を重ねた男の声であるようだ。
「姫様、やはり兵器の闇取引ですゾ。
我われの祖国でまたくだらん鉄クズを作って、売り物にするとはけしからんことじゃ。
こやつもこの場で打ち首にしますかな?」
俺をとり押さえているこの男は、どうやら『姫様』とやらに俺の処遇を問うているらしい。
そのとき、柔らかな風がどこからか吹いてきて、ふわりと頬をなでるのを感じた。
「ブラウジ、待ってください。
その人は闇取引の運び人として巻きこまれただけかもしれません。
少し話を聞きましょう」
とても若い女性の声だった。
金髪の少女が十五、六歳くらいに見えたので、こちらはもう少し年上かもしれない。
まだ幼さが残るが、落ち着きがあり、相手に安らぎを与える声だった。
殺伐としたこの場所には、似つかわしくないようにも感じられる。
龍の爪にからだを抑えられているので、俺は懸命に首だけあげ、声の主を見た。
首に当てられた刃が少し食いこむ。
声の主は、高台から俺たちを見おろしていた。
やはり若い女性で、エメラルドを嵌めこんだような瞳をこちらに向けている。
こちらの少女も陶器のような肌色をしていたが、流れるような銀の長髪で、右耳の上に大きな羽根飾りを一本つけていた。
少女は龍にまたがったまま佇んでいた。
龍は長く優美な翼を持っており、翼を揺り動かすとさまざまな色合いの緑が、風になびく草原の葉のように煌めいていた。
少女と龍の周りを包みこむように、静かに風がめぐっているのがわかる。
「これオヌシ、誰が顔をあげてよいと言ったんじゃ。
このお方は龍神の巫女たるレゼル様じゃゾ。
オヌシのようなコソ泥なぞ、姫様のご尊顔を拝するだけでも畏れ多いワイ」
首に食いこむ刃に、さらにちからが込められる。
少し皮膚が裂け、温かい血液が表面を伝っていくのを感じた。
だが、俺はそんなことなど気にならないほどに興奮していた。
――『闘う龍の巫女』。
話だけは聞いたことがあった。
一見して可憐な少女であるが、風のちからを操る龍騎士で、一騎で龍に乗った戦士数百騎分にも相当する戦闘力をもつ。
今は滅びし神聖国家カレドラルの王女でもあり、生きのこった騎士団員とともに周辺の島々に身を潜め、帝国への反乱を企てているという。
……やっと、会えた。
「そうか、あんたが『闘う龍の巫女』だな」
俺は、地面に這いつくばりながら自分が笑みを浮かべてしまっていることに気づいた。
さぞかし怪しく見えただろうが、その表情を隠すことなく言葉を続ける。
「俺をあんたたちの仲間に入れろ。
国をとり戻す方法を教えてやる」
レゼルと呼ばれた少女はエメラルドの瞳をわずかに見開き、俺を見返している。
「姉サマーっ!」
先ほどの金髪の少女が、龍に乗ったまま俺のすぐ目の前に飛んできた。
人形のように繊細な顔立ちとは裏腹に、キンキンと響く高い声でわめいている。
まだ強く帯電しているようで、髪の毛は逆立ったままだ。
かなりおてんばな性格であることが、即座に伝わってきた。
「そんな怪しいオヤジの言うことなんか聞く必要ないわ!
アタシに任せて。今ここで首を断つ!」
誰がオヤジだ、失礼な。俺はまだ二五だ。
それにしても血の気の多いお嬢さんだな。
すでに剣を構え、今にも振りおろそうとしている。
だがレゼルは慌てる様子もなく、片手をあげて金髪の少女をなだめる。
「シュフェルも、落ち着いて。
処罰を与えるのは話を聞いてからでも遅くないわ。
私たちが知らないことをなにか知っているのかもしれない。
……それに、その方は龍御加護の民の系譜よ。
『龍の鼓動』が聞こえるわ」
シュフェルと呼ばれた少女は、俺の背中に乗った龍の爪をどかし、服をちからずくで破って背中をめくった。
今度はブラウジと呼ばれた男性が驚きの声をあげた。
「背中に翼の痕。
まさしく龍御加護の民の特徴じゃ。
オヌシ、帝国の者ではなかったのか……?」
ブラウジは服装から俺が帝国からきた人間であることを推察していたらしい。
レゼルは静かにうなずいた。
「お母さまのところに連れていきましょう。
龍御加護の民の系譜でありながら、なぜ自由に国家間の往来を許されているのか……。
すべて話していただきましょう」
俺は拘束を解かれ、やっとヒュードとともに立ちあがることができた。
ブラウジとよばれていた男は全身に白金製の重装鎧をまとっていた。
兜の隙間から見える髪は白髪交じりで、年齢は俺の父親より少し上くらいだろう。
シュフェルのほうは不満たっぷり、という様相でむくれている。
『闘う龍の巫女』にして、『亡国の王女』。
レゼルとともに闘う日々はここから始まった。
亡き祖国を復興し、帝国を倒し、夢の国を追い求める彼女こそが、この物語の主人公だ。
……俺かい?
俺はこの物語の語り部で、一介の行商人にすぎないのさ。
やっと主人公登場!
ほんとに気立てのよいコなのでよろしくお願いします。
ちなみに砂鉱国『ヴュスターデ』はいずれ物語の舞台になります。
砂漠に覆われており、豊富な地下資源で潤っていますが、貧富の差が激しい国です。
武具の密輸に需要があるのも訳がありまして……。
今後の物語を楽しみにしていただけるとうれしいです。




