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第48話 朝靄がうつす幻


 いよいよカレドラル出立の日です


◇グレイスの視点です

◆神の視点です


 翼竜騎士団が出立する当日の朝、まだ日がでて間もない時刻。

 あたりには朝靄(あさもや)が立ちこめ、日の光に照らされている。


 エルマは覇鉄城が崩れた跡地の前に立っていた。

 城の瓦礫(がれき)があまりにも多く、少しずつ撤去作業が始まっているが、いまだ完遂(かんすい)の目途は立っていない。


 これだけの瓦礫の山だ。

 オスヴァルトの遺体と折れた炎の神剣が見つかることはないだろう。

 エルマはいつもどおりのほほえみを浮かべながらも、どこか物憂げな表情を浮かべていた。


 ――それは朝靄(あさもや)が作りだした光の悪戯(いたずら)なのか、魂だけがこの世に還ってきたものなのか。


 彼女の目の前、瓦礫の狭間にレティアスとオスヴァルトの姿が浮かぶ。

 エルマやレゼル、あとに残された人々に未来を託し、自らの命を散らしていった者たちの姿。

 彼らの幻影に向かって、エルマは語りかけた。


「レゼルはあんなに大きくなりました。

 私もあの子とともに行ってきます。

 どうか、私たちの行く末を見守っていてください――」


 エルマがそう言って頭をさげると、彼女の瞳にだけ映るレティアスとオスヴァルトは静かにほほえみを浮かべた。


「奥方様ぁ!」


 エルマが振りかえると、ブラウジが息を切らせて走ってきた。

 どうやら彼女を探しにやってきたようだ。


「ブラウジ」

「奥方様、こちらにいらっしゃいましたか。

 本日は栄光ある翼竜騎士団出立の日ですじゃ。

 朝方はまだ寒く、おからだに(さわ)りますゾ。大聖堂にお戻りくださいませ」


 息を切らせながらも彼女のことを(おもんばか)ってくれるブラウジに、エルマは暖かいまなざしを向ける。


「そうね、用事はもう終わりました。

 いっしょに戻りましょう」


 エルマは大聖堂に帰る前に、もう一度だけ瓦礫のほうを振りかえった。

 レティアスとオスヴァルトの姿は、すでに見えなくなっていた。


 帰り際、ブラウジはエルマに話しかける。


「ところで、こんな所でなにをしていらっしゃったのですかな?」

「ちょっとしたご挨拶に」

「そうでございましたか。

 ……()()()()()は、なにかおっしゃっておりましたかな?」

「迷うことなく進めと」


 エルマは真っすぐに前だけを見据える。

 靄が消え、朝日の光がエルマとブラウジの行く先を照らしていた。




 いよいよ翼竜騎士団出立のときがきた。

 覇鉄城前の大広場に総勢千名ほどの騎士団員たちと龍が隊列をなして勢ぞろいしているさまは、なかなか壮観だ。


 さらにジェドの住民たちも集まって、騎士団の勝利と活躍を祈念(きねん)するための式典がひらかれていた。


 住民たちは少しでも騎士団員たちの目を楽しませようと、色彩豊かな服を着たり、花束を持って振ったりしている。

 楽隊は勇壮な行進曲を奏で、騎士団員たちを鼓舞(こぶ)した。


 住民たちのなかには、やはり騎士団にはカレドラルに残って国を守護しつづけていてほしいと考え、やや複雑な表情を浮かべている者たちもいる。

 だが、自分たちにもたらされた自由と平和を世界じゅうの人々にも届けてほしいという願いはたしかにあるようで、今回の遠征はおおむね好意的に受けとめられているようだった。


 しかし、国の守護のために最低限の戦力は残しておかなければならないのもまた事実だ。

 また、レゼルが不在のあいだに国をまとめる存在も必要となる。

 それだけの大役を任せられる人材となると、人選は自然に限られてくる。


 幹部衆のあいだでそうした熟慮(じゅくりょ)を重ねた結果、カレドラルにはホセに残ってもらうこととなった。

 できることなら有能な彼を連れて行きたかったが、復興(ふっこう)したばかりでまだ不安定なこの国を支えるのには、彼のちからが必要だと判断されたのだ。


 花びらや紙吹雪が舞う祈念式典の最中(さなか)、レゼルは皆の前でホセの手を取り、彼に言葉をかけた。


「ホセ……。

 あなたに大変な責任を押しつけてしまってごめんなさい。

 でも、あなたなら私たちが留守にしているあいだも、この国を支えることができると信じているわ。

 あなたを支えてくれる大臣たちもいるからね」

「レゼル様、この国のことは僕たちに任せてください。

 もちろん不安はありますが、レゼル様達が帰ってくるまでのあいだなら、なんとかしてみせます。

 そして国の態勢を整えたら、必ずや強い兵たちをひき連れてレゼル様のもとへ駆けつけます。

 訓練を終えた兵士や、支援物資も順次送り届けていきますね」


 そう言ってホセはひざまずき、レゼルの手の甲に額をあてて祝詞(のりと)を捧げた。

 龍御加護(たつみかご)の民に古くから伝わる誓いの儀礼だ。


 ホセはレゼルへの誓いを終えたのち、俺のもとへと歩いてやってきた。

 彼は未来への期待に満ちた、清々しい笑顔を見せていた。


「グレイスさん、お願いがあります。

 今度会えたら、またいろいろな国の話を聞かせてください。

 僕はすべての戦いが終わったら、学者になります。

 僕も諸国をめぐって、あらゆることを見て聞いて、学びたいんです」

「ああ、約束するよ。

 いくらでも世界のことを話してやる。

 ……だから、お互い元気でまた会おうな」

「はい!」


 そう言って、彼は屈託(くったく)なく笑った。

 拳と拳を突きあわせるのは、男の約束の証だ。

 すぐそばでは、実姉(じっし)であるサキナも俺たちのやり取りを見守っている。


 レゼルもまた、俺たちが約束を交わすのを見届けたのち、ブラウジに視線で合図を送った。

 ブラウジはうなずき、騎士団員たちに向かって(とき)の声をあげた。


「さあ皆の者、龍に乗るのじゃ!

 栄光ある翼竜騎士団の出立じゃ!

 この(レヴェリア)に再び、我われの英名を(とどろ)かせようゾ!」


 ブラウジの号令に騎士団員たちが応え、各自の龍に乗りこんでいく。

 そうして、レゼルとブラウジを先頭にして騎士団は大空へと飛びたった。

 住民たちの声援は空を伝わって、はるか遠くに行くまで、俺たちのもとへと届いていた。




 ――ファルウルまではカレドラルの領空をでてからゆっくりと軍を進めて、三日間ほどかかる距離だ。


 無限に続く空だが、国の領空外にもさまざまな島が散在している。

 さすがにまったく休まずに進軍しつづけるわけにはいかないので、軍が駐屯(ちゅうとん)できるほどの規模の島を見つけたら着陸して、休憩をとる。


 国々の領空外には、一定の規模をもった街もある。

 そうした交易路の中継点となる街では、国家間を旅する者たちに宿や食料を提供することで利益を得ている。


 広大なレヴェリアにおいて、そうした各地に点在する街の隅々にまで軍を派遣して支配を維持することは帝国にとっても利が少ない。

 むしろ不利益のほうが(まさ)るので、そうした街では自治が許されていることが多い。


 狭い島のなかで街としての発展を望めないかわり、質素ながらも自由な暮らしをすることが許されているのだ。


 我われ翼竜騎士団も途中二箇所ほどの街に立ちよって、休憩したり物資の補給を行った。

 交易路の中継点だけあって、さまざまな人種や、各地の風土品が集まっており、俺はこのような街が好きだった。

 行商時代は掘りだしものを見つけては、よく仕入れを行っていたものだ。


 レゼルたち翼竜騎士団員たちも、久々に国の外にでて、国外の珍しい物品を見つけては目を輝かせていた。

 これから行くファルウルで生産された果物などの農作物も、市場を彩っている。


 街のなかには建前程度に数人の帝国兵も見張りをしていたが(彼らは黒い軍服や鎧に身を包んでいる)、横目で我われを見ているだけで、やはり表だって戦う姿勢は見せない。

 彼らもこの場で戦う利益がないことをじゅうぶんに理解しているのだろう。


 そんな調子で、道中帝国軍に襲われることもなく、翼竜騎士団はファルウルの領空へとたどり着いた。

 カレドラルと同様、領空の境にはいくつかの関所島(せきじょじま)があったが、俺たちは関所を無視したし、関所のほうでもとくに動きはなかった。


 騎士団が入国したのはもちろん承知のうえ。

 ファルウル本土で万全の準備を整えて俺たちを待ちかまえていることだろう。


 ファルウルの領空内も進み、本土の島にたどり着いた。

 入口の街ポルタリアや、王都『ルトレスト』があるファルウル最大の島だ。


 ファルウル本土は広い世界でも帝国ヴァレングライヒに次ぐ二番目に大きな面積をもつ島だ。

 島の表面は濃い緑と美しい花々に包まれ、島のあちこちからは清らかな水がこんこんと湧きつづけている。


 あまりに美しい島の外観に騎士団員たちは皆、ため息をついていたが、いつまでも見惚(みと)れているわけにはいかない。

 ポルタリアを護る要塞レスケイドには、帝国軍の兵士たちがわんさか集まって、今か今かと待ちかまえているのだから。


 ――そして、俺たちはそんな強者(つわもの)どもをものともせずに蹴散(けち)らし、要塞レスケイドを制圧したのは、以前に物語ったとおりだ。




 ついついカレドラルに長居してしまいました……。

 ホセとはいったんお別れですが、これからもちょくちょく名前がでてきます。


 次回から、舞台はファルウルに戻ります!


 次回投稿は2020/6/30の19時以降にアップ予定です。何とぞよろしくお願いいたします

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