第40話 オーブニング -滝の要塞と四人の部隊長 ②
今回は前回の場面の続きです。
◇
いっぽう、その頃。
要塞のそばを流れる滝の上流には、その規模にふさわしい巨大な水門が建造されている。
水門は滝の水量を一定に調整する役割があり、さらに上流から流れてくる川の水を人工湖にして蓄えていた。
そして当然、現在この水門は帝国駐屯軍の管轄下にある。
この巨大な石造りの水門は、屋根側が城壁のように通路になっており、普段は帝国軍の兵士が巡回して警備している。
位置関係としては、水門の屋根の通路から滝や要塞のほうを見おろせるようになっている。
――その水門の上にいた警備隊の隊長は、自分の目を信じることができなかった。
その目下に、信じられぬ光景が広がっていたからだった。
難攻不落の要塞を占領し、敵なしだったはずの帝国駐屯軍が攻めたてられている。
しかも、自分が守備を務めているこの水門までにも騎士団の一部隊が押しよせ、たかだか二百騎ほどの龍兵に攻め落とされようとしていたからだ。
「まさか、こんなことが起こるとは……!」
この水門を襲撃しているのは翼竜騎士団の一部隊、『爪』。
短剣などの小回りが利く武器を身につけた軽装兵が中心。
飛行が得意な龍を集め、機動力の高さに特化した部隊。
装備は軽装だが戦闘力は高く、じゅうぶんに局地戦を展開できる。
そして、この精鋭部隊を率いるのは――。
「ねー、オジサンさー。
この場所で一番エライ人?」
「!?」
いつの間にその少年はいたのか。
亜麻色の髪で、まだ表情にあどけなさの残る少年。
龍に乗ってはいるが、龍鞍の固定をせずに横向きに足を投げだしている。
戦場にいること自体が不自然に感じられたが、今この場にいるということは、彼も翼竜騎士団の一員に違いない。
隊長は身構えたが、少年は一向に構える様子がない。
少年は取るに足らない会話でもするかのように、話を続けた。
「わるいんだけどさー、ここの水門開けてくれない?
ボク、ここのエライ人にお願いするように頼まれてきたんだよね」
――やはりこの少年も、翼竜騎士団の一員だったか。
だが、こんな幼い少年を刺客にだすなど、お遊びがすぎると言わざるをえない。
そして戦場に兵としてでている以上、たとえ少年でも女でも関係はない!
「ふざけるな……!
この水門はわれわれの支配下にある。
貴様らの好きにはさせん!」
隊長は龍を走らせ、少年に斬りかかった!
しかし、やはり少年は龍に横向きに座ったまま動こうとはしない。
彼は隊長が振りだした長剣をとっさに隠し持っていた短剣で受けとめたものの、そのまま龍の背中から突きとばされてしまった――かに見えた。
少年が短剣を持ったのと反対のほうの腕を振りだすと、服の袖口から鎖が飛びだした!
鎖の先端には爪が取りつけられており、自身が乗っていた龍の鞍にひっかけられる。
少年はその龍鞍を起点として振り子のように勢いをつけ、自身が乗っていた龍の腹の下を通過し、さらに将兵が乗っていた龍の腹の下をも通過してしまった。
そして、意表をつかれて混乱している隊長の背後にまでまわりこむ。
まるで軽業師のように身軽な動き。
少年は袖口から伸びていた鎖を切り離すと、からだを捻って将兵の龍鞍に飛び乗った。
隊長は予想外の動きにまったく対応できずに、彼の接近を許してしまう。
「な……!?」
「ゴメンね、オジサンに恨みはないんだけどさ。
――これは、戦いなんだよ」
少年は将兵の首もとでそう囁くと、短剣で将兵の首を掻ききった。
将兵の首から大量の血液が噴きだす。
……やがて将兵が絶命したことを確認すると、少年は敵の龍を逃がし、大声でほかの味方に呼びかけた。
「さぁ、ここのエライ人はやっつけたよー。
水門も開けてねー!」
少年の呼びかけに応じ、『爪』の一員が水門を開閉するためのレバーを引いた。
水門から大量の水が一気に流れだし、鉄砲水となって川を流れていく。
その壮観な水の動きを水門の上から眺めて、少年は無邪気にはしゃいだ
「おお~! すっごいすごい!
カレドラルにはおっきな川がなかったから、きもちいいな~!」
――この無邪気な少年の名はティラン。
暗器を使った戦闘の天才で、今までの騎士団には見られなかった型にはまらない戦法が評価された。
わずか十四歳にして幹部衆入りし、『爪』の部隊長を任された傑物だ。
滝のほうに逃げていった敵兵たちは突如として襲ってきた鉄砲水に驚愕していた。
敵軍は鉄砲水を逃れるように上空へと飛翔していく。
彼らの頭上には滝の前にかけられた巨大な橋があった。
要塞と岩崖のなかに掘られた脱出用の通路をつなぐ橋であり、敵兵たちは橋の上に乗って態勢を整えようとしていたのだ。
だが、その敵の動きまで俺たちの計算どおり。
新たに結成された『角』『牙』『翼』『爪』を機能させた作戦によって敵兵たちをまんまと動かすことに成功していた。
――そして、物語の主役はもちろんこの人。
『風車』!!
龍と『龍の鼓動』で共鳴できる才能をもった、選ばれし者だけが発動できる『龍の御技』。
自然素の塊である龍からちからを引きだし、超常現象ともいえる奇跡を起こす。
空に、レゼルが龍と共鳴したときに生じる清澄な『共鳴音』が響きわたった。
風の龍騎士であるレゼルが強風をまとい、車輪のような軌道を描いて、上から橋に突撃した!
橋が砕け、その瓦礫が敵の軍勢に雨のように降りかかる。
レゼルとその相棒の龍、エウロは橋を粉砕した勢いそのままに風の刃で敵兵たちに斬りかかっている。
レゼルが放った風の刃が、大量に降りかかった瓦礫をともなって威力を増し、上方にむかって飛翔していた敵兵たちをなすすべなく壊滅させてしまった。
レゼルとエウロは水面に到達する直前で急浮上し、近くの川岸に降りたった。
彼女が振りかえると、風の奇跡によって舞いあがった水飛沫が光を反射し、虹を生みだしていた。
巨大な滝をまたぐようにかかる虹。
流れるような銀の髪とエメラルドの瞳が、光の悪戯に照らされて輝く。
彼女は虹のほうへとからだを向けると、瓦礫とともに沈んでいった敵兵たちに祈りをささげた。
「龍神様の御名のもと、彼らの魂に救済があらんことを」
滝のほうに逃げていった敵兵たちが壊滅したため、要塞のほうの守備は手薄になっていた。
敷地を守っていた部隊の半数が落とされ、残りの兵士たちはすでに浮き足だっている。
そこに追い討ちをかけるかのように、もうひとりの龍騎士が空中から敵の要塞に狙いをさだめていた。
「……ったく、あのオッサン、アタシらを工事の道具かなにかと勘違いしてるんじゃないだろうなァ。
まぁ、要塞はぶっこわし甲斐があるから今回は大目に見てやるわ」
鋭い共鳴音とともに、龍の体内で生みだされた雷電が黒と黄金の鱗を伝わって、龍騎士である少女のからだへと流れこむ。
少女のからだのなかで雷のちからが増大していき、豊かな金色の髪がすべて空に向かって逆立っていく。
彼女はじゅうぶんに電力が蓄えられたのを感じた時点で、自身のちからを解きはなつ。
空は晴天だったのにも関わらず、堅牢かつ巨大な要塞のど真んなかに、極大の雷が落ちた!
『雷剣』!!
われらが頼れる妹分、雷の龍騎士シュフェルと相棒の龍クラムが、ひと筋の雷と化して要塞を強襲したのだ。
彼女たちが突撃した地点を中心に建物の外壁に亀裂が広がっていき、建造物の中央に大穴を開けてしまった。
頼みの要塞が著しく破壊され、敵兵たちはさらなる混乱におちいっていた。
そこへようやく、翼竜騎士団の本隊が要塞の敷地内に突撃する。
本隊には戦闘経験が豊富で安定感のあるブラウジや重装龍兵五人衆が配置されており、残った敵兵たちを討伐していく。
だがすでに敵の戦意は喪失しつつあり、要塞が陥落するのは時間の問題であった。
「まったく。
姫様をはじめ、若い衆が好き放題やるもんじゃから、ワシのような老いぼれにはやることがないのぅ」
白髪交じりの髪に、全身をおおう白金の重装鎧。
愚痴を言いながらもブラウジは、とても誇らしげだ。
龍に乗って悠々と要塞の敷地内を闊歩していく。
少し離れた小島では、レゼルの実の母であるエルマさんが、お付きの巫女たちとともに戦いぶりを見守っていた。
柔らかな茶色の髪に、涼しげな目もと。
彼女は戦況を俯瞰しつつ、相棒の龍、セレンの背中に寝そべりながらくつろいでいた。
うす桃色に輝くセレンの毛並みが風に揺れて、心地よさそうだ。
「あらあら、これじゃ私の出番はありませんわね。
あんまりやることがないのもつまらないわ。
この国は綺麗な川が多いですし、水遊びの準備でも始めてようかしら?」
「エ、エルマ様。気が早すぎですよっ」
気ままなエルマさんに、周囲の巫女さんたちが慌ててつっこみを入れる。
だが、たとえエルマさんがお戯れの準備を始めたとしても、翼竜騎士団がファルウルの入り口となる街・ポルタリアを帝国軍から奪還できることはもはや間違いない。
若い戦力の台頭に加え、鉄炎国家アイゼンマキナを倒し、大規模な訓練が行えるようになった。
隠れることなく腕を磨けるようになったレゼルとシュフェルの龍の御技は練度があがり、以前よりも格段に破壊力が増していた。
まだ本国から遠く離れた帝国駐屯軍では、今の彼女たちの相手になりようがなかったのだ。
――少し話を急いでしまったかな。
新生の翼竜騎士団が、カレドラルを出立する前まで話を戻そう。
ちなみに俺の名前はグレイス。
今回の戦いの戦略を立案し、戦闘中は後衛で上空を飛びまわりながら戦況の把握に努めていた。
翼竜騎士団に居候させてもらっている元・盗賊で、この物語の語り部だ。
次回投稿は2022/6/2の19時以降にアップ予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




