第39話 オープニング -滝の要塞と四人の部隊長 ①
第2部 『氷銀の狐』編、スタートです!
◇
――麗水の国、『ファルウル』。
レヴェリアに浮かぶ数々の島国のなかでも、最も美しいといわれる島。
島には緑があふれ、滝や湖沼が無数に存在する。
そうした島の地下からわいてくる水は澄んでいて、深く湖の底まで見えるほどの透明度を誇る。
そして、この麗しき水の国が、俺たちの新たな戦いの舞台だ。
ファルウルは広大な面積を誇る浮き島の国だが、島の端にはこの国の入り口ともいえる都市『ポルタリア』がある。
そして、このポルタリアを占領している帝国駐屯軍が拠点としている要塞の名が『レスケイド』だ。
レスケイドはファルウルの歴代の王が、帝国に占領されるよりはるか昔に建造したといわれる由緒ある要塞。
川底の土や岩を固めて造られた巨大な立体型要塞で、左右に延々と続く背後の岩崖を利用して造られている。
要塞は高い城壁で囲まれ、左右と正面に城門があって三方向に橋がかかっているが、周囲は川と湿地が広がるばかり。
そして、それらの川や湿地に水を供給しているのが、要塞に向かって左手のほうにある巨大な瀑布だ。
瀑布は高い岩崖から莫大な量の水を落としつづけ、雷鳴がとどろくかのような迫力で水煙をあげている。
水量・高さ・幅、いずれもレヴェリアで最大の規模を誇る雄大な滝だ。
これらの天然の要害に守られ、レスケイドは難攻不落の要塞として世界に名を知らしめていた。
だが、帝国ヴァレングライヒの前ではこの鉄壁の要塞もなすすべなく陥落し、今では逆に利用されてしまうという憂き目にあっている。
そして、この帝国の手に落ちた難攻不落の要塞を、今まさに攻略しようと軍を展開しているのが我われ翼竜騎士団だ。
翼竜騎士団は鉄炎国家アイゼンマキナを打倒し、祖国である神聖国家カレドラルを復興させた。
百人あまりであった龍兵の数は千人ほどにまで増え、部隊を編成することとなった。
新たに編成されたのは『角』『牙』『翼』『爪』の四つの部隊。
そして、各部隊を統率するのは、新たに幹部衆入りした四人の騎士。
近年、騎士団のなかでめきめきと実力をつけて頭角をあらわした、四人の若きちからである。
此度の戦いは、彼らを部隊長として初の実戦に投入しての戦いでもあった。
作戦目標、『要塞レスケイドの攻落』――。
要塞の正門では、翼竜騎士団が城門を突破しようとしていた。
崖を利用して造設された立体型の要塞は、空中から攻め入ろうとすると弓矢やアイゼンマキナ製の固定砲台からの集中砲火を受けやすいからだ。
低空戦での地の利を奪われまいと、敵兵たちが門の扉を押さえている。
門を突破しようと攻めているのは、翼竜騎士団の新部隊、『角』。
槍兵が中心であり、先陣を切って突撃し、敵の防御を崩すことが役目の部隊。
地を駆けぬけるのが得意な龍を多く保有する。
ちなみに、龍に乗っての空中戦や、遠距離兵器が出現する前の旧時代の戦争では、槍を突きだしての一斉進軍は戦場で最強の戦法であったという。
川底の石を何重にも積みあげられてできたレスケイドの城門は堅牢にして重厚。
敵の防御も硬く、『角』での突撃をもってしてもなかなか突破できない。
しかし、そこに現れたのはひとりの男。『角』を統率する若き部隊長、アレスであった。
岩のように固い意志を秘めたまなざしに、精悍な顔つき。
長身に恵まれた体躯。
そして不潔ではないがボサボサに伸びた黒髪は、訓練に明け暮れすぎておざなりになった結果だとか――。
部下が彼の進路を空けると、彼は槍を構え、集中力を研ぎすました。
「悪いが、そこをどけてもらう。
――『破突槍』」
アレスは乗っている龍とともに城門へと突進し、槍を突きだした!
龍の機動力と、超人的な全身の筋力が生みだす動的作用が、槍の切っ先へと集約されていく。
彼が繰りだす槍の一撃は、瞬間的に『龍の御技』並みの破壊力を生みだしていた。
アレスの技によって分厚い城門は粉々にうち砕かれ、敵兵ごとふっ飛ばしてしまった。
『角』の部隊が正面の門を突破すると、要塞の敷地内には敵兵たちがひしめきあっていた。
攻め入ろうとしていた翼竜騎士団を迎えうつために、万端の準備が整えられている。
ここの帝国駐屯軍は帝国本土から派遣されている兵隊だ。
彼らは騎士団と同様に龍に乗り、剣を主な武器として戦闘を行う。
個々の龍を操る技術では騎士団には敵わぬうえ、帝国本土の精鋭たちに較べれば戦闘力もはるかに劣る。
ファルウルは要所であるとは言え、帝国から見れば本土から遠く離れた辺境の地だからだ。
それでも、帝国軍龍兵の質と量はさすがのもので、レヴェリアを支配している世界一の軍隊であることは疑いようがなかった。
『角』の部隊が正面の城門を突破すると、城門から騎士団の次の部隊がなだれ込む。
なだれ込んだ騎士たちは、世界最強の帝国軍兵士たちを相手にしても怯むどころか、どんどん要塞の敷地内を攻め進んでいく。
彼らは翼竜騎士団の新たな部隊、『牙』。
剣や斧といった近接武器を得物とする戦闘の中心部隊だ。
龍に騎乗した兵どうしの戦闘において、龍自体の攻撃力や身体能力は、戦闘の行く末を決める重要な因子だ。
『牙』が保有している龍たちは、戦闘時の攻撃能力や体捌きに長けているものが集められていた。
帝国軍兵士たちと果敢に戦闘を続ける『牙』のなかでも、ひと際目立つ剣士がひとり。
燃えるような紅蓮の髪と瞳。華麗な剣捌きで次々と敵兵たちを斬りふせ、部隊の先陣をきって戦場を駆けぬけていく。
彼は自身の背丈ほどもある長剣を肩にかつぎ、この敵味方入り乱れる戦場のど真んなかで、笑っていた。
「さぁて、骨のあるヤツはいねぇかな……?」
――不敵に笑う彼の名前はガレル。
『牙』を率いる若き隊長だ。
『牙』の部隊は広大な敷地内をどんどん進軍していくが、要塞の建物のなかには入ろうとせずに、敵軍の半分を滝側の城門のほうへと追いつめていった。
滝と反対側の敵軍は、正面の城門付近に留まっていたアレス率いる『角』の部隊が足止めをしている。
『牙』の部隊に追われるようにして、滝側の門のほうから敵の主力部隊の一角が要塞の敷地の外へとでていく。
いったん敷地の外に出て、正面の門のほうからまわり込むつもりだろう。
敷地のなかに残った部隊と協力して、前と後ろから翼竜騎士団を挟み撃ちにするのが狙いだ。
だが、敷地の外に逃げた部隊が方向を転回しようとしたところで大量の矢が降りそそぎ、敵の進路を阻む。
手前側の丘の茂みに潜んでいたのは、翼竜騎士団の部隊『翼』――。
弓矢の射手が中心であり、主に遠距離からの攻撃や、伏兵としての役割を担って編成された部隊。
乗っている龍は隠密での行動や、気配を消しての潜伏が得意なものが多い。
行き先を塞がれた敵の部隊は、進路を変えて滝のほうへと逃げていく。
だが、追いつめられた状況下では、集団でまとまって移動しようとせずに、統率外の行動をとる兵士がでてくる。
「サキナ様、上空へ逃げていこうとする兵士がいます!」
敵兵たちは後方を『角』と『牙』、右方を崖、左方を『翼』に塞がれ、前方の滝のほうへと逃げていこうとしていた。
しかし、何割かの敵兵は上空のほうへも逃げようとする。
『翼』の射手のひとりが、部隊長に対応策の指示を仰いだ。
「私が行く」
そう言って、部隊長は単身、龍に乗って空を舞った。
『翼』の部隊長、サキナ。
長く美しい黒髪をひとつに結び、凛とした瞳をもつ女性。
サキナとその龍は高速で上空まで飛びあがる。
彼女は五本もの弓矢を同時に持ちながら、一度に弓につがえた。
またがっている龍のからだは、飛翔しながら波打つように動いている。
しかし、彼女の照準は寸分も狂いはしない。
その瞳はまさしく、上空を飛びながら狙いをさだめる鷹のよう――。
「そこから先には行かせないわ。
――『五重奏』」
サキナは五本の弓矢を、一度に撃ちはなった。
弓矢はそれぞれ敵兵の鎧と兜のわずかな隙間を縫うようにして、首を貫いた!
「うっ!」
「うぐっ」
「ぐぁ……!」
的確に急所を射抜かれた敵兵たちは皆、小さなうめき声だけをあげて絶命していた。
……たとえ龍に乗った戦闘技術に卓越した翼竜騎士団の兵士でも、飛ぶ龍に乗ったままでの射撃は容易ではない。
あくまでも、とまった龍に乗った状態での射撃が基本だ。
だが、サキナは飛翔している龍に乗った状態でも、通常とほぼ変わらない精度で弓矢を射ることができた。
ましてや、五本の弓矢を同時に射ることができる者など、彼女のほかに誰もいるはずがなかった。
恐るべき弓矢の使い手の出現に、上空に逃げようとしていた残りの敵兵たちは方向を変え、やはり滝のほうへと逃げていった。
次回投稿は2022/5/29の18時以降にアップ予定です。何とぞよろしくお願いいたします。