第38話 君を支える風になる
◇
「打ちあわせと全然違かったじゃないか。
でも、最高だったよ」
演説のあと、レゼルを探して俺は大聖堂の屋上にでた。
こうして屋上に立ってみると、あらためて大聖堂の大きさを実感する。
たとえ屋上の縁に立って直下を見おろしたとしても、建物のそばを歩いている人間の顔を認識することは難しいだろう。
そこではレゼルとエウロが、屋上の縁に並んで腰かけ、たそがれていた。
レゼルはドレスを着替え、普段着に戻っている。
俺から見て向こう側を向いているので、表情は見えない。
しかし、彼女の背中はどこか心細そうに見えた。
「グレイスさん」
レゼルは声と気配で俺がきたことを察知したようだった。
振りかえらずに、横目でちょっとだけこちらを見る。
彼女の様子が変なので、慮って声をかけてみた。
「どうした? なにかあったのか?」
レゼルは少し思い悩んでいたようだが、やがてゆっくりと話しはじめた。
「……こうして国を取りもどしてみて、あらためて自分のちから不足を実感しました。
皆の前で大見栄切ったものの、急に不安になってきたんです。
自分はやはり、君主たる器ではない、国を治める資格はないのではないか、と」
「なにを言ってるんだ。
レゼル、あんたのちからがなければゲラルドやオスヴァルトを倒すことはできなかったじゃないか」
レゼルはふるふると首を横に振った。
「グレイスさんが知恵を貸してくれなければ、私たちは城の最深部にたどり着くことすらできませんでした」
「…………」
今回は運がよかっただけだ、と心のなかでつぶやく。
なんとか狙いどおりに事が運んだが、どこかでつまずいて、大惨事になっていた可能性はいくらでもあった。
……しかしレゼルはそんな俺の考察を知るよしもなく、話を続けた。
「個々の戦いのうえでもそうです。
オスヴァルトは本気で私を殺す気はありませんでした。
むしろ、命を賭して私たちに闘いを教えようとしていました。
彼は敵側にまわることで、私やシュフェル、そして龍御加護の民たちを守っていたんです。
私はこの国を、民を、自分のちからで守るつもりでいながら、ほんとうはずっと守られつづけていたのですね」
「守られる側から、守る側へ……」
一国の主としてはあまりに小さな彼女の背中に、途方もないほど大きな重圧がかかっていることを俺は知っていた。
そして、その重圧に彼女自身が潰されそうになっていることも。
彼女がその重圧を背負いこむ後押しをしたのは、間違いなく俺だ。
「私が、国を治めるためにはあまりに物事を知らなすぎることはわかっています。
私は目の前の命を救いたくて、ただひたすらに戦い、剣の腕を磨いてきました。
でも、あなたはさまざまな国を旅して、たくさんの話を見聞きして、数多くのことを知っています」
レゼルは一度だけこちらを振りむき、悲しげにほほえんだ。
「私はあなたがうらやましい」
そうひと言だけ言うと、また向こう側を向いてしまった。
――相次ぐ戦いと、この数日間の忙しさで、彼女は少し疲れてしまったのかもしれない。
レゼルは忘れている。
彼女が龍騎士としての類稀なる素質をもち、夢の国を造るという高潔な意思を兼ねそなえているのだということを。
そしてそのことが、どれだけ素晴らしいことなのかということを。
しかし、どう伝えたものか。
どう伝えたら、彼女を元気づけてあげられるだろうか。
残念ながら、今の時間は星がでていないしな。
「……グレイスさんは、ヒュードとまた旅にでてしまうのですか?」
レゼルからの問いかけに俺は腕を組んで考え、答えた。
「うーん、そうだな。
帝国側に俺の正体はばれちまったみたいだから、身元を偽るところからやり直しだな。
また今までどおり、じっくり帝国を倒す算段を立てながら、ヒュードと気ままに旅を続けていくさ」
「そうですか……」
レゼルはそう言ったきり、黙りこくってしまった。
レゼルの背中は心なしか、先ほどまでよりもさらに小さく丸まって見える。
なんと声をかければよいかわからず、俺も静かに見守る。
しかし、あるときその小さな背中が、意を決したようにぴんと伸びた。
「こっ!」
「こっ?」
レゼルの両耳は、ここからでもわかるくらいに真っ赤に染まっている。
エウロが、不思議そうに彼女の顔を覗きこんでいた。
「……こっ、ここっ、こ、こ、これから先ももうちょっとだけいっしょにいて、私たちを手助けしていってくれませんか……?」
――レゼルからの思わぬお誘いだった。
相変わらず肝心なときに噛み噛みで、つい笑ってしまう。
……いや、おかしくて笑ってるんじゃないんだ。
こんな俺でも、こうして誰かの役に立てそうなのが、うれしいんだよ。
「レゼル、あんたは面白い人だ。
それに、この空を治める人間には、やっぱりあんたがふさわしいと思う。
ちょっとと言わず、最後までとことん付き合わさせてくれないか。
あんたたちの行く末を、見届けさせてもらうよ」
俺は今まで、一箇所に留まることなく風のように生きてきた。
レゼルが夢をかなえるまでのあいだ、彼女を支える風のひとつになるのも悪くない。
ちょうど心地のよい風が吹きわたったのと同じ時機で、レゼルがこちらを振りかえる。
彼女はとてもうれしそうな笑顔を見せ、空を見あげた。
彼女が見あげた先には、無限の空がどこまでも青く澄みわたっていた。
今回で第一部は完結です。
ここまでお付き合いいただきまして、誠にありがとうございました。
第二部はすでに完成しており、現在は第三部を鋭意作成中です。
ですが、最終章に到達するまでは今までのペースで気ままにやらせてください。
第一部ではグレイスとレゼルの関係に焦点を当てたくて登場キャラを少なめにしていましたが、次回以降新キャラも登場させていきます。
登場人物どうしの関係も深まり、会話に奥行きが生まれます。
書いてて楽しいです!
また、第一部はイベントバトル的な要素もありましたが、第二部以降は本気の命の取り合いとなっていきます。
どうかレゼルたちの戦いの行く末を、見守ってあげてください。
それでは次回より、第二部『氷銀の狐』編。乞うご期待ください!!
(次回は2022/05/26の19時以降にアップ予定です。何とぞよろしくお願いいたします)