第36話 夢に咲く花の野
◆
気がついたとき、レゼルは草原のなかにいた。
白く可憐な花が、あたり一面に咲き誇っている。
――この風景には見覚えがある。
でも、見覚えがあるのはずっとずっと昔。
そうだ、この花はカレドラルのなかでも、この草原でしか咲かない花。小さいころ、父がよく連れてきてくれた場所。
でも、この場所はたしか戦火ですべて燃えてしまったはず――。
レゼルがわけもわからずあたりを見まわしていると、後ろから懐かしい声がした。
「やあ、レゼル。よくがんばったね」
「あ――」
レゼルが振りかえると、すぐ目の前にいたのは彼女と同じ銀髪とエメラルドの瞳の持ち主。
父・レティアスだった。
レゼルは自分の目が信じられなかったが、からだはすでに動きだしていた。
「お父さまぁ!」
レゼルが父親に抱きつき、父は娘の頭を優しくなでる。
「お父さまお父さまお父さま!
ずっと……ずっと会いたかった……!」
「僕も会いたかった……。
君にはたくさん辛い思いをさせてしまったね、レゼル」
レゼルは涙がとまらない。
……頭ではもう、わかっている。
これが、夢や幻にすぎないのだということを。
それでもせめて、今だけは父を離したくない。
レティアスもレゼルのことを強く抱きしめた。
「ほんとうに辛い選択だった。
君に過酷な運命を強いることを。
それでも、僕たちには君とシュフェルに未来を託すしかなかった――」
「わかっています。
お父さまが、祖国を、私たちのことを、何よりも大切に想っていてくれたことを……!」
レティアスはしっかりとうなずき、レゼルを抱きしめる腕によりいっそうのちからをこめる。
「レゼルもシュフェルも、君のことを支える仲間たちも、ほんとうに強くなってくれたね。ありがとう」
「…………っ!」
レゼルの脳裏に、この十年間の戦いの日々が蘇った。
辛い訓練の日々も、戦いのなかで傷ついた痛みも、失ってしまった仲間たちの面影も。
父の言葉で、やっと苦難の日々が報われた気がした。
ぬぐってもぬぐっても、涙がとまらない。
レティアスは彼女の頭をなで、ただひたすらに優しいまなざしで見守った。
レゼルが少し落ち着きを取り戻したのを見届け、レティアスは再び語りかけた。
「これからも君たちの前には数多くの苦難が待ち受けているだろう。
でも、君たちなら大丈夫。
必ず乗り越えていける。
今よりもっと強くなれる」
「お父さま……?」
「龍御加護の民を、この空を、頼んだよ」
レティアスがそう言うと、レゼルのことを抱きしめていた腕の感触が徐々に消えていく。
「待って、お父さま――」
父の姿が遠ざかっていくが、今はもう足を動かすことができない。
遠くのほうにはオスヴァルトもいて、父と一緒にほほえんでいる。
景色が、父が、遠くなっていく――。
◆
――誰かがまた自分の頭をなでている。
レゼルは起き、ゆっくりとまぶたをひらいた。
ふわふわと柔らかい羽毛に包まれ、温かい。
まるで天国にまぎれこんで、うたた寝してしまったかのように心地よい。
だが、この感触には心当たりがある。
何回も何回も、自分を包みこんでくれた感触だ。
そして、聞くだけで心が暖まる声が聞こえてきた。
「おはよう、レゼル。
よくがんばったわね」
レゼルの頭をなでていたのはエルマで、レゼルはセレンの翼に包まれるかたちでエルマの隣に寝そべっていた。
レゼルは急に意識がはっきりとしてきて、ガバッと起きあがる。
「ここはどこっ!? 戦いはっ!?」
レゼルはあたりをきょろきょろと見まわす。
どこか見覚えのある部屋の佇まいだ。
「あらやだ、この子ったら。
寝ても覚めても戦いのことばかり。
もうちょっと女の子らしいこと考えられないのかしら」
エルマはすっかりいつもの調子で、セレンと顔を見合わせて笑っている。
「戦いは終わったわ。
あなたはグレイスさんに連れられて城から脱出したあと、一週間も寝込んでいたのよ」
「いっ、一週間……?」
レゼルは自分がそんなにも長いあいだ寝込んでいたことに衝撃を受ける。
どおりでからだがずしりと重いわけだ。
エルマがほほえみながらうなずいている。
「そう。そして、あなたは勝ったの。
鉄炎国家との戦いに勝ち、私たちは国を取りもどした。
ここは大聖堂の私の部屋。
あなたが生まれた場所よ」
◇
エルマさんのお付きの巫女さんから、レゼルが目を覚ましたという知らせが届いたとき、俺とブラウジは大聖堂の回廊で話し合いをしていた。
ブラウジからいろいろと相談を受けていたからだ。
貧困に窮したカレドラルを立て直すために、決めることは山積みだ。
ブラウジももともとは国の重役であったが、十年間の戦いの日々で、政治についてはすっかり疎くなっていた。
諸国をめぐっていた俺の意見を、今は珍しく素直に聞こうとしている。
戦いに関すること以外の話をするようになって、このジイサンはたびたびくしゃっと笑っては、目がなくなるのだということを知った。
知らせを聞いた俺とブラウジは、大急ぎで大聖堂の螺旋階段を駆けのぼる。
「レゼル!」
エルマさんの居室へとたどり着き、扉を開けたときだった。
エルマさんのそばで、レゼルは俺たちに背中を向けていた。
どうやらからだを拭いていたところらしく、肌着を着ようとしているようだった。
レゼルは凍りつき、隣でエルマさんが「あらあら」と笑っている。
彼女の透きとおるような背中が露わになっていて、まぶしい。
な、なんてお約束なんだ――。
「女性の部屋に入るときは……」
肌着を着たレゼルは、震える手で護身用の短剣をにぎりしめた。
「ノックしてからにしてくださいっ!」
飛んできた短剣が俺の首を掠め、石造りの壁に突き刺さる。
俺はブラウジとともに走って部屋の外へでた。
テントに間違って入ったときといい、懲りないな、俺も。
俺とブラウジが再入室を許可され、レゼルの意識の回復を祝っていると、外で訓練していたシュフェルも部屋のなかに飛びこんできた。
「姉サマーっ!」
「ふぐっ」
シュフェルはいつもの調子で姉の胸元に突撃してきた。
普段は妹をしっかり抱きとめるレゼルも、さすがに一週間寝込んだ直後では受けとめきれないらしい。
不意の体当たりが胸に直撃し、低いうめき声をあげた。
顔が青ざめているが、大丈夫だろうか。
「よかったー、よかったー!
姉サマが一生目を覚まさなかったらどうしようって思ってアタシ、アタシ……」
レゼルは泣きながら顔をこすりつけてくる妹の頭を優しくなでる。
「シュフェル。
私はもうすっかり元気よ、大丈夫……」
俺はしばらく姉妹のやりとりを見守っていたが、落ち着いたところで話を切りだした。
「さて、姉妹で再会を喜んでいるところ申しわけないが、レゼル、ほんとうに忙しいのはこれからだぜ」
レゼルは目をぱちくりとさせている。
「なにせ、元・お姫様、巫女様から女王陛下かつ龍神教教皇へと格あげだ。
まずあんたはぼろぼろになったこの国を立て直さなきゃならない。
起きあがれるようになったら仕事が山ほど待ってるんだ」
「は、はいっ。私はもう働けます。
あ、でもお母さまを差し置いて私が王位につくなんて……」
エルマさんは静かに首を横に振り、娘にほほえみかける。
「レゼル、あなたが望んで国を取りもどしたの。
夢への一歩を踏みだしたあなたは、自分の望みに対して責任と使命を果たさなければならない。
これから造るんでしょう?
あなたの夢の国を」
レゼルはしばらく呆然としていたが、自分が成しとげたことの大きさと、これから自分が果たさなければならない使命の重さを理解したらしい。
彼女は母親をしっかりと見つめかえし、深くうなずいた。
今回は珍しくサービスシーンがありましたが
ほんとうに、エロとも言えないほどのささやかなエロ。
どうして俺は読者様に媚びることができないんだ……! (´д`;)
ですが、いつか入浴シーンは必ずやります。絶対にだ!!
次回投稿は2022/5/18の20時以降にアップ予定です。何とぞよろしくお願いいたします。