第35話 果たされた役目
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グレイスたちが城の外に脱出するのとほぼ同じころ、レゼルは闘技場の床に臥せっていた。
そのときになって初めて、彼女は城が崩れていることに気がつく。
闘技場の壁に次々と亀裂が走り、天井から小さな破片が落ちてきている。
城が崩壊しているということは、グレイスたちはうまくやってくれたということだろうか。
レゼルはからだを動かそうとしたが、指一本動かすことができず、身体の感覚がない。
自身が繰りだした剣撃の圧に耐えきれず、全身の骨が複数箇所折れていた。
「……エウロ……」
そばにいたエウロを案じて声をかけるが、エウロはピクリとも動かない。
エウロも自分たちが作りだした無数の風の渦に斬りきざまれ、翼はボロボロになっていた。
今の翼の状態で、再び飛びたつことは不可能だろう。
そうこうしているうちに、いよいよ本格的に闘技場の崩壊が始まった。
壁全体に亀裂が広がり、闘技場を天井まで支えていた巨大な柱の一本が、かたちを残したまま倒れてきた!
柱の影がレゼルとエウロに覆いかぶさる。
しかし、彼女たちはどちらも身動きをとることができない。
レゼルは目をつぶり、ただ潰されるのを待つしかなかった。
だがそのとき、レゼルの上に新たな影が覆いかぶさり、まぶたの裏がさらに暗くなる。
レゼルが再び眼をひらくと、そこには倒れていたはずのオスヴァルトが彼女の前に立ちふさがっていた。
なんと、彼は折れたブレンガルドで倒れてきた柱を受けとめていたのだ!
神剣は折れ、炎龍が亡き今、彼を支援する炎のちからはもうない。
それでも、彼は超人的な筋力で柱の重みを支えていた。
「オスヴァルトっ……!」
「レゼル様、あなたのおちからと、その覚悟!
しかと受けとめましたぞ……!」
オスヴァルトの足が、柱の重みで床にめりこむ。
全身の筋肉が緊満し、血管の筋が浮かびあがっている。
「あなたならできます……!
帝国を倒し、あなたの『夢の国』をうち建てることが……!」
「オスヴァルト、私たちはもういいから、あなただけでも逃げて……!」
「いいえ、あなたが、レゼル様こそが、生きのびなければならぬのです!」
オスヴァルトは気迫のこもったうなり声をあげ、そのまま柱を横に押したおしてしまった!
柱はとどろくような音をあげて床に衝突した。
しかし、柱が落下した衝撃で床の崩壊が進み、弱くなっていたオスヴァルトの足場が崩れてしまった。
オスヴァルト自身も、柱を押しかえした反動で体の態勢を崩していた。
なすすべもなく崩壊に巻きこまれ、足元から落下していく。
「オスヴァルトぉ!」
レゼルが悲痛な叫び声をあげる。
だが、レゼルの眼が捉えた瞬間の彼の顔は、笑っていた。
――私はもう、役目を果たした。
「レゼル様! 民を!
龍御加護の民を、頼みましたぞ!」
オスヴァルトはそう叫びながら、落ちていった。
彼の姿は崩れおちていく瓦礫のなかにまぎれ、見えなくなってしまった。
レゼルはオスヴァルトが落ちていった先を呆然と見つめていた。
だが、レゼルとエウロが横たわっている足場も、じきに崩壊することだろう。
「生きなきゃ……生きなきゃ……絶対に生きなきゃ……」
オスヴァルトに託された願いを、想いを、無駄にするわけにはいかない。
レゼルは立ちあがろうとからだにちからを込める。
だが、やはりからだを動かすことはかなわない。
――ごめんなさい、オスヴァルト、みんな。
もうどれだけ頑張っても、少しも動けないの。
レゼルは皆の想いに応えることができず、涙が頬を伝う。
崩れゆく城のなか、彼女の意識が遠のいていく。
やがて、彼女は完全に意識を失ってしまった。
城の崩壊を、誰もとめることができなかった。
戦いの行く末を遠くから見守っていたジェドの住民たちは、信じられない光景をただただ眺めていることしかできなかった。
そうして、十年もの月日にわたってジェドの街を支配しつづけた鉄の城は、莫大な粉塵を巻きあげながら崩れさってしまった。
◇
今日も星空が美しい。
こんな星空は、ほんとうにどっちが上か下かわからなくなる。
――いや、わかる。
しかも俺は、下を向いている。
なぜなら俺はヒュードの尻尾に足をからめてぶらさがっているし、レゼルの腕をこの手でしっかりとつかんでいるからだ。
ヒュードはというと、両手でしっかりエウロのからだをつかんでいる。
自分のからだと同じくらい大きな物を抱えながらだと若干飛びにくそうだが、馬力(龍力?)的にはまったく問題ない。
ここでも、ヒュードの回避能力の高さに助けられた。
崩れおちる瓦礫のなか、危険な大きさの瓦礫だけを避け、見事エウロとレゼルのもとにたどり着いてみせたのだから。
俺が危うくレゼルをつかみ損ねそうになって、こんな不思議な恰好になってしまったが。
「ととと……!」
レゼルをなんとか抱きかかえ、ヒュードに尻尾を曲げてもらって背中のほうまでよじ登った。
レゼルは全身に重傷を負って気を失っているが、すぐにエルマさんのところに戻れば大丈夫だろう。
意識がなくとも二本の剣はにぎって離さないのだから、大したものだ。
星々の光に照らされて、深く深く眠っている彼女の顔を見つめる。
「……どうやら俺は、あんたを助ける天才みたいだな」
みんなが待つ場所へ彼女を連れて、今夜も星空を飛んでいく。
今回で第一部のバトルは終了です。
エピローグがもう少しだけ続きますので、よかったらお付き合いください!
次回投稿は2022/5/14の19時以降です。何とぞよろしくお願いいたします。