第34話 すべてを懸けし一点
◆神の視点です
◇グレイスの視点です
◆
シュフェルがゲラルドの飛空船を撃墜した時点から、少し時を遡る。
オスヴァルトは闘技場の異変に気づいていた。闘技場全体が揺れ、傾きはじめている。
――ゲラルドめ、城を倒壊させて逃亡する気だな。
オスヴァルトは場外で起こっている事態をほぼ正確に把握できていた。
だが、レゼルは闘技場が揺れていることにすら気づかないほどに目前の相手に集中している。
今のレゼルが相手ではいくらオスヴァルトと言えども、わずかな気の緩みが命取りとなる。
オスヴァルトもいっさいの雑念を捨て、彼女との闘いにすべての意識を向けた。
レゼルは双剣のうち一方を上段、もう一方を下段で構えている。
そして自身の集中と、エウロとの共鳴が極限まで高まったとき、ついに動きだした!
「行くよ! エウロ!」
エウロは強く地面を蹴って翼を大きくひとつはためくと、闘技場の内壁にそって全速力で旋回しはじめた。
周回数が増えるごとに、飛行速度を増していく。
そして幾周をも経て限界速にまで達したとき、速度を落とさずに方向を転換し、闘技場のドームの頂点のほう、ちょうどオスヴァルトのいる位置の真上に到達した。
さらにその速度を殺さぬまま、オスヴァルトに向かって直下降していった。
重力による加速度が加わり、エウロは限界速を超えてオスヴァルトに接近していく!
その速さは、音速の壁をも超えようとしていた。
オスヴァルトの頭上に到達したところで、レゼルは大きく背中を反り、上段と下段に構えていた上半身のあらゆる関節を極限まで屈曲させる。
そして関節に蓄えられたすべての弾性力を開放して、風の双剣を振りおろした!
彼女の動きに合わせて生じた風が無数の渦を作り、乱れた気流を生みだす。
エウロは進行方向に対する垂直の回転に加え、レゼルが生みだした気流に身を任せ、複雑な軌跡を描いた。
それはまさしく、御しがたいほどに乱れ、荒れくるう気流の塊。
乱回転した風と刃が、オスヴァルトに襲いかかる!
『乱気流』!!
――ここまで龍と動きを一体にするとは……!
オスヴァルトは脅威を察知し、自身の最強の技で迎え撃つ。
ブレンガルドを振るい、巨大な爆炎球をレゼルとエウロに向けて放った!
『炎熱の禍星』!!
レゼルとエウロは乱回転したまま、爆炎のなかへと突入する。
身を超高熱で焼かれながらも、幾重にも繰りだされる風と刃で迫りくる炎を薙ぎはらっていく!
そして、ついに炎の塊を突きぬけ、オスヴァルトに斬りかかった。
レゼルと爆炎の剣士とのあいだに、隔たりとなるものはもうなにもない。
彼女は叫び、双剣を振りおろした!
「いっけええええええ!!」
オスヴァルトもレゼルに応えるように、全身全霊で剣を振りあげた!
「おおおおおおおおお!!」
次の瞬間、轟音とともにリーゼリオンと、ブレンガルドの刀身が交わった。
レゼルは双剣をにぎる手に、残された最後のちからをこめた。
双剣が交差する一点に、重力、弾性力、回転力、あらゆる物理力と、彼女の命のすべてが懸けられる。
リーゼリオンの刀身から激しい風の奔流が、ブレンガルドからは灼熱の炎が噴きあがり、せめぎあっている。
だが、レゼルには剣の手応えを通して闘いの結末が予見できていた。
――ぎりぎりで届かない、押しかえされる……!
同様の手応えを、オスヴァルトも感じとっていた。
勝利を確信したそのとき。
彼の脳裏に、かつて聞き覚えのある声が語りかけてきた。
はるか遠い昔に、聞き慣れていたはずの声。
――オスヴァルト、その子はもう大丈夫だよ――
オスヴァルトがその声を聴いたとき、ブレンガルドの剣先からわずかにちからが抜ける。
「!」
レゼルはわずかに炎の勢いが弱まった瞬間に、剣を振りぬいた。
高い金属音が闘技場に鳴りひびき、レゼルとエウロはそのまま地面に強く身を打ちつけた。
衝撃で、闘技場の足場に大きな亀裂が走る。
レゼルとエウロは、そのまま死んだように動かなくなってしまった。
オスヴァルトは炎龍の背中にまたがったまま、動かなくなったレゼルを見おろしている。
やがて、折れて飛んでいったブレンガルドの刀身が空気を切る音とともに落ちてきて、地面に突き刺さった。
「お見事」
オスヴァルトはそうひと言告げると、胸に交差する十字傷から血飛沫をあげ、切断された炎龍の首が落ちる。
彼は残された炎龍のからだとともに崩れるように倒れた。
◇
ゲラルドが乗っていた飛空船が破壊され、操縦機関が失われたためか、俺たちを拘束していた『特戦機龍』の腕のちからが緩まった。
俺たちは機龍の腕を振りほどき、自由になる。
鉄の城の崩落はどんどん進んでいた。
天井から落ちてくる瓦礫から逃れるため、部屋のなかにいた騎士団員たちとともに龍に乗って外にでる。
城の各階層に散らばった騎士団員たちは皆、自身で判断して脱出を試みていることだろう。
だが、オスヴァルトと死闘を繰りひろげているレゼルは大丈夫だろうか。
ブラウジが血相を変えて叫んだ。
「いかん! 姫様を助けに行かねば!」
「しかし、ブラウジ様!
これだけ城の崩落が激しくては、レゼル様がいる闘技場にたどり着くことすらできません!
それに、オスヴァルトとの戦いはいったいどうなって……?」
いっしょに行動していた幹部衆のひとりが答えた。
たしかに、彼の言うとおりだ。
シュフェルも上方から急いでこちらに向かってきているのが見えるが、彼女のちからでは瓦礫を吹きとばすことはできても、なかにいるレゼルを救出しに行くことはできない。
なにより、彼女は現在地と闘技場との位置関係を把握できていない!
「考えている暇があったら助けに行くのじゃ!
なんとしても姫様を死なせるわけにはいかん!」
むりやり落ちてくる瓦礫のなかに突っこもうとするブラウジと龍の動きを、ほかの騎士団員たちが数人がかりで押さえつける。
「オヌシたち! そこをどけ!」
「いくらなんでも、このなかに突っこむのは無茶ですよ!」
ブラウジはほかの騎士団員たちを振りきろうとあがいている。
「姫様ああああああっ!!」
ブラウジの叫びは、瓦礫どうしが衝突する音に虚しく飲みこまれていった。
次回投稿は2022/5/12の18時前後の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




