第27話 回想
◇
「正面突破ぁ!?」
俺がシュフェルに頭を踏みにじられたあと、大テントでの軍事会議でのこと。
幹部衆の「信じられない」と言った反応にも動じることなく、レゼルは再び言葉を繰りかえした。
「今回の戦闘は、敵の本拠地を正面から突破します」
「姫様、そんなご乱心を」
「まさか、長い戦いの日々に疲れ果て、とうとうおかしくなってしまわれたんじゃ……」
「あ!」
そのとき、その場にいた誰かが声をあげ、皆が一斉にそちらを振りむく。
「どうした!?」
「ここにネジが落ちている。
でも、なんでこんなところにネジが?」
「そんな。
じゃあ、まさかそれは姫様の頭のネジ……!?」
そんなわけないだろ。
それはたまたま落ちていた何かのネジだ。
見ろ、あんたたちの姫様はそこでものすごく悲しそうな顔をしているぞ。
「ここからは俺に説明させてくれ」
そう言って俺は前にでて、敵の機龍をまとめて爆破する方法があることを伝えた。
続けて、俺はみんなに問いかけた。
「ここでひとつ質問なんだが、敵の機龍には大量の燃料油が積んである。
じゃあ、機龍の表面を火で炙ったり、電気を通せば爆発すると思うかい?」
「そう聞くってことは……爆発しない?」
「たしかに、破壊した機龍から漏れた燃料油が気化して引火していることはたまにありますが、通常、シュフェル様が暴れまわっていても爆発することはめったにありませんね」
ホセが腕を組み、考えながら答えた。
ほかのみんなも経験的に納得しているようだ。
シュフェルだけは自分が火種あつかいされて不満そうだが。
「そのとおり。
それは、燃料油が機龍兵の大きなからだの内部で密閉されているからなんだ」
俺は紙に動力機関の構造を簡単に書きながら説明しはじめた。
「物が燃焼するのには、空気中にある燃焼を助ける気体が必要なんだ。
動力機関は内部の貯油槽から少量ずつ油を噴きだして、空気と混ぜて燃焼することで動力を得ている。
貯油槽のなかは密閉されているから、破損して漏れださない限り普通は燃えない」
「空気に触れないと、燃えない……」
「そう、そこで俺が準備したのが、この薬品だ」
液体の入った小さなガラス瓶を見せた。
遮光のため、瓶は暗い褐色をしている。
「給油庫での戦いのとき、騎士団との戦いに敵の目が向いている隙に、俺は建物の内部に侵入してこの薬品を貯油槽に混ぜてきた」
「お前、勝手にそんなことを……!」
「敵の施設のなかにひとりで潜りこんだのか……!?」
幹部衆の何人かが怒りとも驚きともつかない声をあげた。
「その瓶のなかには何が入っているんですか?」
ホセが興味津々、といった様子で尋ねてきた。
普段は大人びている彼だが、今は子供のように無邪気な顔を見せている。
「これは、空気中の燃焼を助ける気体を圧縮して液体にしたものだ。
ここではわかりやすく『液体助燃剤』とよぶことにしよう。
この液体は油によく溶けて混ざり、通常の温度では安定して液体のままだ。
匂いもしないし、うすい青色をしているが、燃料油に少量溶けてもほとんどわからない」
この薬は影撫での国『シャティユモン』で作られた薬品だ。
シャティユモンは帝国にもっとも近く、常に帝国国土の影の下にあるため、暗闇に閉ざされている島の国である。
話を聞くだけで陰鬱な気分になりそうな国だが、薬品製造化学に特化して発達しており、世界に流通している薬品のほとんどはこの国で生産されている。
俺は薬瓶を指先でつまんで振ってみせた。
「『液体助燃剤』は液体のまま非常に安定しているが、雷のような高い電圧をかけたり、爆発のような強い衝撃を与えると一気に気体に戻る。
気体に戻った助燃剤はたちまち燃料油と結びつき、機龍の内部でも容易に燃えあがる。
危険な爆弾のできあがりさ」
今回の作戦を思いついたときから、シャティユモンにいる知り合いに数年がかりで薬を作ってもらっていた。
作った薬は以前ジェドを訪れたときに運び、アイラさんの持つ地下倉庫に厳重に保管してもらっていた。
常温で安定化しているように加工されているとは言え、事情も探らずに危険な薬を預かってくれていた彼女には感謝のしようがない。
テーベを奪還したあと、警戒の強くなったジェドに薬品を回収しに行くのはなかなか骨が折れる作業だったが。
「さらに俺はこの薬品を……ぃよいしょおっ、と」
俺は物陰に置いておいた最大規格のガラス瓶を二本、持ちだしてみんなの前に見せた。
中身は使用済みなので空っぽだ。
「一本あたり普通のワイン瓶およそ一七〇本分、二本合わせて三四〇本分。
貯油槽に入れてきてしまいましたぁ」
俺はあの日、この巨大なガラス瓶二本をヒュードの体幹部にくくり付けて運んだ。
同行する翼竜騎士団の面々に突っこまれないように、上から布を被せて。
「でも、機龍兵三千機を常に一日じゅう動かしているわけじゃないんだろうが、有事にはすべての機龍を同時に出動させられるほどの蓄えはあるんだろう?
給油庫の燃料油はワイン瓶数千本、数万本分もの量があるんだろうから、その二本じゃ全然足りないんじゃないか?」
幹部衆のひとりが質問してきた。
この質問は、想定の範囲内だ。
「この液体は気化するときに、体積がおよそ八百倍にまで膨れあがる。
三四〇×八百で、ワイン瓶二七万本分だ。
中身がホントにワインだったら敵兵全員酔っぱらわせられちまうな、ははは……」
軽く冗談を交えてみたのだが、誰も笑ってない。
咳ばらいをして本題に戻る。
「とにかく、この薬をほんの少し混ぜて気化させるだけで、機龍を爆弾化することができるんだよ」
「所詮、机上の空論だろ?
ほんとうにそんなにうまく行くのか?」
「論より証拠。実際にやってみよう。
皆さんこちらへ」
俺はみんなを連れて大テントの外にでた。
するとヒュードが手品の助手よろしく、手はずどおり拾ってきた機龍兵の残骸を引きずって運んできた。
俺たちとは少し離れたところに機龍兵を置いてもらう。
もちろん、クラム様もお呼び立て済みだ。
シュフェルが『電孤』という技を持っていることはレゼルから聞いて知っていた。
余っていた使い古しの長剣を手渡し、彼女に実際に機龍を爆破させてみるようにお願いした。
機龍の残骸はテーベの戦場から運んできたものだが、貯油槽のなかに少量の液体助燃剤を入れてある。
「シュフェル、油は電気を通しにくい性質をもっているから、通電させるには雷並みの電気圧が必要だ。
本番だと思ってやってみてくれ。
機龍の貯油槽は下腹部のど真んなかのあたりだ」
シュフェルは「いちいちうるさいなぁ」とぶつぶつ言いながらも渡した剣を投げ、機龍の貯油槽のある下腹部あたりに正確に突き刺してみせた。
身の丈ほどもある長剣を、投げナイフ並みの精度で投げるのだから恐ろしい。
シュフェルはクラムと共鳴し、突き刺した剣に向かって、右の手のひらから強烈な電撃を放った!
『電孤』!!
機龍の内部に大量の電気が流れこみ、液体助燃剤が気化したところで大爆発を起こした。
想像以上に強い爆風に煽られ、一番近くにいた幹部のひとりが尻餅をついている。
シュフェルは期待していたより楽しかったのか、「おおぅ」と言って目を輝かせていた。
実際に試してみて、俺は思っていた以上にうまく行ったことに自分でも感動していた。
翼竜騎士団に、『闘う龍の巫女』のほかにもうひとり、雷のちからを使いこなす龍騎士がいることは話に聞いていた。
いつかその龍騎士のちからを借りるつもりで液体助燃剤の準備を進めていたのだが、目の前で闇取引のための兵器を破壊されたとき、その雷の出力の強さが想像以上であることを目の当たりにした。
雷の龍騎士が、こんなに若い女の子だとは思ってもいなかったが。
「こんなことが起こるとは……」
俺の隣にいたブラウジも驚きで開いた口が塞がらない様子だ。
「ご覧のとおり、ちょっと液体助燃剤を混ぜただけでこの威力。
一度爆発にさえ巻きこんじまえば、ほかの機体も次々と誘爆されていくはずさ」
「しかし元・盗っ人とは言え、あんな大瓶を抱えた龍を連れて、よく給油庫の深部まで侵入できたのう」
ブラウジがポリポリと頭をかいている。
「それは俺の相棒ヒュード様の、この特技のおかげさ」
俺が指を鳴らすと、ヒュードは体色を変えてまわりの景色に同化してしまった。
まったく見えないほどではないものの、隠密行動をするにはじゅうぶんなほどに目立たなくなる。
翼で隠せば胴部にくくり付けた鞍やガラス瓶も見えない。
周囲で見ていた幹部衆から驚きの声があがった。
俺が帝国から逃亡して正体を偽るようになってから、今までこうして一緒に旅を続けられたのはヒュードの自由に体色を変えられる体質のおかげだ。
ヒュードの本来の体色は、煉瓦色ではない。
ちなみにこの巨体でどうやっているのか俺にもわからないのだが、こいつは忍び足もめちゃくちゃうまい。
「機龍を標的として毒化・大量破壊し、敵の本拠地に突入して、頭を殺りに行く。
総合してだいたい以前にホセが言ったとおりだ。
外国でこんな薬が製造できることを知っていたら、ホセも似たようなことを考えついたんじゃないか?」
俺は騎士団の頭脳のご機嫌をうかがうように、チラリとホセのほうを見た。
だが、ホセは納得いったような顔をしており、とくに文句を言うつもりはなさそうだ。
むしろ、うれしそうにほほえんでいる。
「残念ですが、僕はこの国から一歩もでたことがありませんし、単身敵陣に潜入して薬品を投入する技術もありませんよ。
僕たちだけでは、絶対に思いつかなかった作戦です」
……この少年は、なんてできた人物なのだろう!
そこらの大人よりよっぽど賢いのに、他人の意見も柔軟に受け入れる。
もし将来自分に子供などできたなら、ホセの爪の垢を煎じて血管に直接注入したいくらいだ。
俺は再び感動を覚えながら、話を続けた。
「これまで話してきたとおり、液体助燃剤入りの燃料油が動力機関内で少量ずつ燃える分にはまず異常は起こらないはずだ。
とは言え、燃料油が燃えやすくなっているのは間違いない。
機龍全体に行きわたるのに七日間。
それ以上時が過ぎると徐々に故障する機龍が増えてきて、異常に気づかれるはずだ。
……つまり、好機は一度きり」
給油庫での戦いのとき。
もともと非戦闘員あつかいである俺は、開戦して間もなく、島の底面の岩肌に沿って飛行し、給油庫の近くに到達した。
敵の注意が騎士団に向いている隙に潜入を開始。
オスヴァルトとレゼルたちとの闘いは目にしておきたかったが、内部に潜りこんで液体助燃剤を投入した。
その後数日間は給油庫を見張り、敵に大きな動きがないことを確認。
通常どおり燃料油が使われていると信じて、今回の作戦を実行した。
その結果は、つい今しがた見たとおり。
我ながら危ういところも多い作戦だが、多少の無理や危険を冒さなければこれだけの戦力差を覆すことはできなかっただろう。
そして今、俺たちは敵の腹に大穴をぽっかりと開けて、ここにいる。
――作戦目標、『ゲラルドの討伐』。
※『液体助燃剤』、つまり『液体酸素』のことです。
気化するときに体積がおよそ八百倍にまで膨れあがるのは、実際の液体酸素の性質に基づいています。
実在のロケットが宇宙で燃料を燃やすことができるのも、酸素を固形にして燃料に混ぜているからだそうです。
※一本あたり普通のワイン瓶およそ一七〇本分……実際のワインボトル最大のサイズであるマクシマス(Maximus)に基づいています。
容量は一三〇リットル。
ちなみにワイン瓶の標準サイズは七五〇mLです。
本作の世界ではメートル法(メートル、グラム、リットル)を採用しておりませんので、ワイン瓶の規格に例えてみました。
[少勢で多勢にうち勝つ]話を考えていてひねりだした考えなのですが、実は自分でイマイチだったかなとけっこう後悔しております。
ファンタジーとしても科学としても中途半端だったような気がしまして……。『作者より賢いキャラは生みだせない』とはよく言ったものです。
しかし、このお話のテーマは、あくまで『夢の国』を求める少女の戦いと成長、そしてそれを支える男の物語です。
お話はこれからまだまだずっと続いていきます。
これで見限らずに読み進めていっていただけたなら、うれしいです!
次回投稿は2022/4/17の19時以降アップ予定です。何とぞよろしくお願いいたします。