第23話 レゼル・テント
◇
エルマさんと話して終わってすぐ、俺も立ちあがった。
彼女からの激励を受けて、なんとかやる気を取りもどすことができた。
明日、どうやって幹部衆のみんなを説得しよう。
考えをめぐらせながら歩き、自分のテントへと戻ろうとしていた。
早くみんなの信用を取りもどしたい。
気持ちがはやって、今夜は眠れそうにない。
翼竜騎士団の団員たちは皆、夜間もテーベの市街地から少し離れた宿営地に寝泊まりしていた。
テントは大小あるが、数人単位の組で泊まっていることが多い。
俺も客人用のテントをひとつ貸してもらっており、単身用だが、大きめで立派なテントだ。
あたりのテントからは灯りが消えており、俺は唯一灯りが点いていたテントの入り口の布をめくった。
だが、自分はとんでもない過ちを犯してしまったということに、すぐに気が付いた。
テントの内装が違うし、うすくラベンダーと柑橘系の香りがする。
奥ではなんと、寝巻のままのレゼルがランプの下で本を読んでいるではないか!
彼女は奥のほうを向いているので何を読んでいるのかはわからないが、俺が入ってきたのに気づかないほど熱心に読みふけっている。
――このテントは俺のテントではない。
しかもよりにもよって、レゼルのテントだ!
考え事をしていたうえにあたりは真っ暗で、唯一灯りが点いていたテントに入ってしまったのだ。
俺のテントとサイズ感が近かったのも勘違いの要因だ。
深夜に年ごろの女性の寝所に押しかけるなんて、失礼極まりないじゃないか。
「レゼルごめん、テント間違えちゃった」
「ひゃいっ!?」
彼女は俺が声をかけた瞬間、びくりと飛びあがった。
俺が声をかけるまで気づかないなんて、よほど本の内容に集中していたらしい。
さっと背中に読んでいた本を隠して、こちらを振りむく。
「あ、今まずかった?」
「いえいえっ、まずいことなんて何もありませんわ。うふふ」
かなりまずかったらしい。
レゼルは本を隠したまま不自然な笑いを浮かべている。
と、俺のすぐそばの、物置棚の上に置いてあった本が目についた。
生来の手癖の悪さを発揮してしまい、つい手に取ってしまう。
表紙には色鮮やかな服装をした女の子が、とても可愛らしく描かれていた。
「『とある魔術師に転生した件⑭』……?」
次の瞬間、レゼルは俺との間合いを一瞬で詰め、俺の手から本を奪いとっていた。
速い……!
――おそらく今の本は、帝国文化発の大衆娯楽小説のひとつだろう。
明確な定義はないが『軽小説』という種類に分類され、世間から多少の偏見はあるものの題材や展開の自由度の高さ、華やかな挿絵が魅力で一部の読者層から熱狂的な支持を得ている。
翼竜騎士団の首領であるレゼルが帝国の本を購入するのは難しいはずなので、偵察してきた龍兵にジェドで買ってきてもらっているのかもしれない。
ふと、レゼルと同年代の女子偵察兵の顔が浮かんだ。
「今の本って、レゼルさんの本?」
「……違いますよ?」
レゼルは俺のほうに背中を向けていたので表情は見えないが、耳が真っ赤になっている。嘘なのはバレバレだ。
そう言えば彼女は前に魔法使いにたとえられて、うれしそうにしてたっけな。
「でもこれ、帝国で流行ってる本なんじゃ……」
悪気はなかったのだが、どうやらそのひと言が彼女にとどめを刺してしまったらしい。
「いっ」
「い?」
レゼルが突然変な声をだすので、思わず復唱してしまった。
レゼルはくるりと振りかえると、もの凄い勢いで詰めよってきた!
「いっ、いっ、いっ、いいじゃないですか!
くくく、空想のなかでくらい好きな世界に浸ったって!
龍神の巫女が帝国の書物を読んじゃダメだって言うんですかぁ」
「いや、誰もダメだなんてひと言も」
「そそそ、それにこの物語はすごいんですっ!
最初は極悪非道だと思われていた最強の敵が改心して、いつの間にか第二の主人公になっちゃうんですから!
そんな凄い展開、誰が予想できたと言うんですか!
グっ、グっ、グレイスさんは、私からそんな素敵な心の楽しみを奪うつもりなんですかぁ」
どうやらレゼルは精神的に動揺すると言葉が詰まる癖があるらしい。
こんなにとり乱しているところは初めて見たので、隠れた趣味を暴かれたことが相当恥ずかしかったのだろう。
繰りかえしになるが、『軽小説』は世間から多少の偏見がある。
「ま、まずはレゼル、落ち着いて。
息を整えて」
「ふーっ、ふーっ、ふーっ」
俺は両手で制してなんとかレゼルを落ちつかせる。
レゼルは涙目になりながらも、必死に息を整えようとしている。
「俺は誰にどんな趣味があったって、人に迷惑かけなけりゃ何も悪くないと思ってる。心は自由だ。
娯楽も人生において大事だと思ってるし、敵国の文化を尊重しようとする君の姿勢はじつにすばらしい」
「ほ、ほんとですかぁ」
とりあえず思いついたことを適当に並べてみたが、レゼルはなんとか納得してくれたようだ。
彼女が素直な女の子でほんとうによかった。
しかも、俺はレゼルと話がしたかったのであり、ちょうどよいときに会えたのだということに気が付く。
「ところでレゼル、今ここで会えたのはとてもタイミングがよかった。
相談したいことがある。
最初に相談するのは、やっぱり君しかいないと思うんだ。
このままちょっとだけ、時間をもらっていいかな?」
「私に相談……ですか?」
レゼルはまだ目を潤ませたまま、首をかしげて俺のほうを見つめている。なんとか話を聞いてくれそうだ。
俺はレゼルに、明日の段取りを相談することとした。
翌日の昼、レゼルに頼み、幹部衆に大テントの前に集まってもらった。
昨日まで空を覆っていた雲はどこかへと飛んでいき、青く澄みわたる空に心地のよい風が吹きぬけている。
そしてそんな気持ちのよい晴天のもと、俺は両手をつき、盛大に額を地面にこすりつけていた。
「ほんっとうに、すみませんでした」
見てて恥ずかしくなるくらいの謝りっぷりに幹部衆は皆、引いていた。
なんか俺、この人たちに出会ってから地面に這いつくばってばかりだな。
隣ではヒュードもいっしょになって頭をさげてくれている。
「身元を偽っていた私がすべて悪かったです。反省しています。
もう皆さんに嘘をつくことはありませんので、どうか許してください」
「そうやって上っ面だけ謝ってるフリすれば許してもらえると思ってんの?」
そのとき、俺の後頭部に重い衝撃が走った!
徹底的に謝り倒す俺の頭を足蹴にして、踏みにじる人物がいた。
その足の持ち主はもちろん、シュフェル様だ。
「で?
アタシがでてけって言った昨日の今日になんでここにいるわけ?」
「ぬぐっ……!」
シュフェルは足の裏で俺の頭をグリグリしている。
「シュ、シュフェル。こらっ」
レゼルはシュフェルを諫めようとするが、強くはでない。
シュフェル自身が俺を許してくれるまで、とめないように事前にお願いしていたからだ。
俺は頭を踏みにじられたまま彼女を説得する。
「シュフェル。
許す気がないのなら、俺は君に許してもらえなくたって構わない。
でも、頼む。一度だけでもいいから、俺の話を聞いてほしい。
帝国を、鉄炎国家を倒すためなんだ。
それは君たちの国を取りもどすためにもなるはずだ」
「シュフェル、お願い。
国を取りもどすためにはグレイスさんのちからが必要よ。
彼の話を聞いてあげて」
「……まぁ、姉サマがそこまで言うならいいけど」
レゼルからの説得もあって、シュフェルはしぶしぶ足をあげてくれた。
明らかに不満そうに、口を尖らせてはいるが。
「話を聞くのは一回だけだからね。
くだんねぇ話だったらぶっ飛ばすわよ」
「……シュフェル、ありがとう」
俺が礼を言うと、彼女はツンと顔を背けた。
とは言え、俺はなんとか発言するお許しを得ることができたようだ。
レゼルが幹部衆を大テントのなかに入るように促す。
ここからが俺のほんとうの見せ場だ。
臨時の軍事会議が、始まる。
軽小説……いわゆる現代のライトノベルにあたるものです。
筆者の主なルーツは週刊少年ジャンプですが、ライトノベルやアニメも好きでちょくちょく研究しています。
せっかくレゼルのテントに入ったというのにエロ要素は一切ありませんでしたね。
もし期待してくださっていた読者さまがいたら大変申しわけございませんでした。
少しずつ、彼女との距離は詰めていくつもりです……!
また、西洋風の世界観で土下座しているのに違和感があって悩みましたが、やはり日本人的にはしっくり来るのでそのままにしました。
ちなみに各国の謝りかたを調べていて一番心惹かれたのは『コロンビア バンドをひき連れて音楽で謝罪』でした。
次回投稿は2022/4/3 18時以降の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。