第21話 探査
◇
俺は地に伏せられたまま、話を終えた。
「俺はたしかに、自分を偽って生きてきた。
自分がどうしようもない人間なのもわかってる。
でも、帝国を倒したい気持ちだけは掛け値なしのほんとうだ。
頼む、信じてくれ」
地に額をこすりつけて、許しを請う。
俺の来歴に情状酌量の余地があると踏んだ向きもあるのか、何人かは迷ったような表情を浮かべている。
だが当然にして、断固として俺の存在を認められないという人々もいる。
「そいつはやっぱり盗賊団の首領だった男なんだろう?
いつ俺たちの寝首をかいたって不思議じゃない。
即刻追放、いや、処刑するべきだ!」
幹部衆のひとりが色めき立った。
同意するように声をあげる者たちがいて、その勢いは徐々に強まっていく。
至極真っ当な判断であるように思う。
俺はどんな処罰でも受けるつもりだった。
今日までいっしょに歩んできてくれたヒュードには申しわけなかったが……。
「まあまあ、皆さん落ち着いて。
ここは私に任せてくれないかしら」
「!?」
その場にいた誰もが驚き、目を剥いた。
いつの間にかエルマさんが、ギルの肩に寄りそうようにして、ともに俺の背中に座っていたのだ!
いったい、いつからそこにいた?
俺だって腐っても盗賊団の元・首領だ。
近くに忍びよる気配の察知には自信がある。
だが、あまりに自然すぎて背中に重みが増えるのにすら気づかなかった。
ギルが身じろぎしたくらいに思ってしまったのだ。
突然の母親の出現に、一流の剣士である実の娘ですら驚いている様子だ。
「彼を仲間に入れたことに関しては私に責任があるわ。
彼の処罰は私が決めます。
いいですわね?」
エルマさんが周囲の皆に問いかける。
無論、彼女の意向に反対できる者など翼竜騎士団には存在しない。
反論する者がいないことを確認すると、エルマさんは大テントの入り口のほうに腕を伸ばした。
「セレン、いらっしゃい」
彼女の相棒となる龍。
セレンもいつの間にか入り口のそばにいて、エルマさんに呼ばれるとおずおずと歩いてやってきた。
セレンが歩いたあとには、淡く桃色に輝く光の残滓が振りまかれる。
手が届く範囲まで近づいてくると、エルマさんはそっとセレンの頭をなでた。
彼女はいつもの穏やかな笑顔を浮かべたままだ。
セレンのほうに目を向けたまま、俺に話しかける。
「今度はあなたの頭のなかをもっと深く探ってみますわ。
この技は受けた方からの評判がとても悪いので、あまり気乗りはしないのですが……。
嘘をついた罰ですから、許してくださいね?」
エルマさんが俺の頭を乗り越えるように手を伸ばす。
セレンをなでているほうの手とは反対の人差し指を、俺の額にトンと当てた。
「お母さま、まさかっ……!」
レゼルはエルマさんをとめようとしたが間に合わず、共鳴音があたりに鳴りひびいた。
静かで、それでいて深い余韻を残す音。
閑静な森の湖に、小石をそっと投げたときのような――。
『探査』!!
「がっ……!」
技の発動とともに全身のちからが抜けた。
エルマさんが、俺のなかに入ってくる。拒んでも、無理矢理こじ開けて入ってくる。
エルマさんが、細胞単位で俺と強引に結合してくるのを感じる。
……いや、これは結合などという生やさしいものじゃない。
完全なる侵略だ。
俺のなかに侵入した?
俺と一体化した?
自分のなかで何が起こっているのかまるでわからないが、もし記憶の扉というものがあるとしたら、その扉がなんの抵抗もなくこじ開けられたのだけはわかった。
軽い気持ちでついたほんの小さな嘘から、絶対に誰にも言えないような秘密まで。
俺の頭のなかが、記憶が、考えが、余すところなく検閲されていく。
自分でも直視できなくて、無意識に封印していた記憶まで掘りおこされ、暴かれた。
自分が生きぬくために殺した罪なき人々の顔が、死んでいった仲間たちの最期の顔が、頭をよぎる。
――『凌辱』。
誰にも言えない秘密なんてものを抱えている人間にとっては、これ以上の辱めはないだろう。
人権を剥奪され、脳内を蹂躙され、胸の奥底から吐き気を催した。
永遠の時が流れたような気がした。
最終的には身体の境界がなくなったような不思議な感覚に包まれたが、気が付けば俺は元のままテントのなかで倒れていた。
エルマさんの『探査』が終了したらしく、俺はどうにか現実に戻ってこれたようだ。
全身がぐったりして、指先ひとつ動かす気になれない。
「生命エネルギーの流れをコントロールして、この方の神経系を一時的に支配しました。
脳内を隅々まで検索しましたが、今度は嘘をついていませんし、やはり我われへの敵意はありません」
エルマさんはいつの間にか立ちあがっており、皆に探査の結果を説明していた。
無実を証明してくれるのはありがたいが、やりかたが荒々しすぎる。
「テーベを奪還できた彼の功績は大きいですし、彼もとても辛い過去を乗り越えてきています。
ここはひとつ、もう少し彼に付きあってあげるというのはどうかしら?」
エルマさんはどうやらまた俺を見逃してくれるつもりらしい。
目の前で凌辱にも等しい行為が行われたばかりだ。
テント内にいた誰も、異議を唱える者はいなかった。
――ただひとりを除いて。
「私は反対。
そんなヤツ今すぐ追いだすべき」
今まで黙って事の成り行きを見ていたシュフェルが切りだした。
「もちろん母サマが言ってることはわかる。
でもそんなの、そいつが今は嘘をついてないということがわかっただけ。
どんな過去があっただろうが、今まで嘘をついていたという事実に変わりはない。
仲間として信じるのは危険だと思うけど」
「シュフェル」
シュフェルの小さなからだからは静かな怒りが滲みでていた。
いつもは感情を激しく表に出す妹の稀な変化に、レゼルも驚いているようだった。
「最初に会ったときから、アンタのことが気に食わなかった。
自分の目的のためにアタシたちを利用しているような気がして。
でも、帝国と戦うために頑張っているようには見えたから、大目に見ててやったのに」
シュフェルは話しながら、一歩ずつ俺のほうに近づいてくる。
「アンタが大噓ついてても平気な人間だったってことはよくわかった。
アンタにとってそれは、『隠れてお菓子を食べるくらい』の嘘なんでしょ?
過去の悪行はもちろん、平気で嘘をつく人間なんて信用できない。
正直、アンタには――」
シュフェルはエルマさんの脇を通って目の前で立ちどまり、俺を見おろした。
俺も少しだけからだの自由を取りもどし、床に這いつくばったままシュフェルを見あげる。
彼女の表情に浮かぶのは、切ないほどの失望。
「がっかりした」
そう最後に言い残すと、シュフェルは踵を返し、テントからでていってしまった。
「シュフェル!」
レゼルもシュフェルのあとを追ってテントをでていく。
エルマさんはふたりの様子を見つめていたが、やがてブラウジのほうを振りかえってほほえんだ。
「仕方がないですわね。
ブラウジ、あとはこの場は任せます」
エルマさんとセレンも立ちさる。
彼女もいなくなったあと、残された皆はしばらく黙っていたが、やがてブラウジがパンパンと手を叩いた。
「さて、今日はもう遅い。話し合いは終わりじゃ。皆それぞれのテントに戻るのじゃ」
俺も立ちあがり、その場を去ろうとすると、ブラウジが声をかけてきた。
「エルマ様のお墨付きじゃからな、オヌシを追いだすようなことはせん。
じゃが、シュフェルが言うことももっともじゃ。
ここをでていくのならば、とめはせん。
ただし、もし寝返って敵側に情報を漏らすようなことがあれば、ワシは絶対にオヌシを許さんからな」
そう言い残すと、ブラウジは俺より先にテントをでていった。
次回投稿は2022/3/26の18時以降の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




