第16話 その男の名は
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翼竜騎士団が給油庫のある浮き島を襲撃する日がやってきた。
天候は曇りだが、依然として雨が降らない日は続いており、空気は乾燥したままだ。
翼竜騎士団は給油庫のある浮き島の端に降りたち、陣形をとった。
給油庫はジェドに近い側、翼竜騎士団が降りたった地点のちょうど反対側にある。
給油庫のある島は狭く、島全体でもちょうどテーベでの戦場ほどの広さしかない。
また、旧カレドラル領にある島としては非常に珍しく、山などの起伏がない島だ。
こうした地形は燃料油運搬船などの大型船が離着陸しやすい地形であり、わざわざジェドのある島とは別に給油庫が建造された最大の理由だ。
給油庫の前には整備された飛行船の離着陸場が並んでいるが、あとは荒野が広がるばかりだ。
給油庫は、塀で囲まれた敷地内に鉄とコンクリートでつくられた建物がいくつか建っていて、建物の内部に燃料油の貯槽があるはずだ。
敵の陣営は給油庫を守るように飛空船の離着陸場に広がっている。
火気を避けるため、敵兵の装備は火炎放射器ではなくクロスボウに限定されている。
また、給油庫の防衛が主な任務なので、機龍にも防塞になるような幅広で重厚な装甲が首まわりに装着されていた。
正面から見ると、機龍の背中に乗っている兵士が装甲の裏側に隠れてしまうかたちだ。
配備されている機龍兵の数は約二百機ほど。
そして、固定砲台も火気を避ける目的で、給油庫からやや離れた位置に配列されている。
敵軍と騎士団の中間よりも、やや敵軍側と言ったところだろう。
砲台は島を横断するように配置されていて、騎士団が進軍を始めれば、すぐに射程範囲内だ。
レゼルが前回の戦のときのように龍神への祈りを捧げると、ブラウジのほうを見てうなずく。
ブラウジもうなずき返し、戦闘の開始を宣言した。
「行くゾ、龍神の信徒たちよ!
今こそ我らの怒りで、彼奴らの穢れし油を焼きつくすのじゃ!」
騎士団員たちは応えるように声をあげ、一斉に進軍を始めた。
作戦目標は『給油庫の焼却』。
翼竜騎士団は開戦と同時に、空を飛ぶ隊と地を走る隊のふた手に分かれた。
龍は通常、飛行が得意な個体と、走行が得意な個体に分かれる。
わかりやすいところで言えばエウロは前者で、クラムは後者。
俺の相棒ヒュードはどちらもそつなくこなすが、そう言った個体のほうが珍しいと言えるだろう。
実際、翼竜騎士団が保有している龍たちも飛行が得意な個体と走行が得意な個体が半々と言ったところだ。
今回、ふた手に分かれたのは狭い戦場でそれぞれが実力を発揮しやすいかたちをとったというのもあるが、固定砲台の照準を分散させることがより大きな目的である。
給油庫周囲の火気を避けるために固定砲台が島のなかほどにある分、対側にいる騎士団はすぐに射程範囲に入る。
逆に言えば、戦闘が開始してすぐに第一射を放たなければ、第二射を放つ前に騎士団に砲台まで到達されてしまうということだ。
発射の時期さえわかっていれば、騎士団の精鋭たちにとって砲弾を回避することは決して難しくない。
翼竜騎士団が射程に入るのと同時に、固定砲台が轟音をあげ、一斉に砲弾を掃射した。
しかし、騎士団員たちは砲弾の弾道を見切り、ほぼ減速することなく回避する。
砲弾が騎士団が通過した後方に着弾し、次々と爆裂して土煙をあげている。
敵軍の砲兵たちはすぐに第二射の準備を行っていたが、騎士団全員が疾風怒涛の勢いで迫りくるなか、冷静に照準をさだめることができる者などいなかった。
固定砲台は島を横断するように幅をとって配列されているが、その分層はうすく、敵の本隊からも孤立している。
龍たちが体当たりして、たちまち砲台の列をうち崩した!
固定砲台の防衛線が崩れるのは時間の問題であることは見越していたらしく、敵軍の機龍兵は射出機ですでに出撃しており、一般歩兵たちも進軍を始めている。
これだけ狭い戦場だ。
砲台さえ崩してしまえば、あとは戦略も何もない。
正面からぶつかりあい、ちからが強いほうが押しきるだけだ。
この島の一般歩兵は火器を標準装備しておらず、クロスボウが主体だが、これがなかなか侮れない。
従来のクロスボウの有効射程距離は意外と短く、せいぜい人間が石を投擲できる程度の距離だ。
しかし、アイゼンマキナ製のクロスボウは機械のバネで強化されているため威力が高く、有効射程距離も従来品の優に三倍以上はある。
地上からでも空中にいる龍を撃ちぬけるため、数にものを言わせて一斉掃射された場合、かなりの脅威となる。
だが、初期配置できる敵兵の数が少なければ、圧倒的に有利なのは俺たちだ。
なにせ、こちらは単騎で機龍兵数百騎分にも相当する龍騎士を、ふたりも擁しているのだから。
案の定、戦いは幕開けから翼竜騎士団の優位に展開していた。
レゼルとシュフェルが先陣を切って敵の陣形を崩しにいく。
敵兵に彼女たちの勢いをとめる手段はない!
敵は混乱におちいり、連携を分断され、孤立した機龍兵や歩兵を三人ひと組の一般龍兵たちが確実に仕留めていく。
彼らは機龍兵の重厚な装甲を物ともしておらず、こちらはほとんど無傷のままだが、瞬く間に敵兵の三分の一は壊滅状態におちいった。
一見して、騎士団はこのまま勝利を収めつつあるように見える。
しかし、物事はそう単純ではない。
今回の戦いは時間との勝負なのだ。
すぐ背後にジェドの軍勢が控えていることこそ、空から給油庫の裏側を奇襲することができない最大の理由だ。
そろそろジェドからの援軍が頭数をそろえて、わんさかやってくることだろう。
急がなければならない。
――だが、俺の予想ははずれていた。
敵の大軍はやってこなかった。
俺はそのときちょうど物陰にいたのだが、一匹の赤い龍が、ジェドのほうから戦場に飛んでくるのが横目で見えた。
赤い龍は背中にひとりの騎士を乗せていた。
大軍の代わりにやってきたのは一匹の龍と、ひとりの騎士。
突如として赤い龍は急降下を始め、通過線上にいた騎士団の龍のうち、一匹の龍の片翼を根本から噛みちぎった!
「!! うわぁっ!!」
翼を噛みちぎられた龍は落下し、乗っていた兵士も振りおとされたが、兵士のほうはなんとか落下直前にほかの兵士に受けとめられた。
「オスヴァルトだ!」
赤い龍の襲来を認識した騎士団員の誰かが叫ぶ。
戦場で戦っていた兵士たちはその声を聞き、戦いをやめてその場を退いた。
赤い龍は急降下してきた勢いのまま、皆が退いてできた空白地帯のど真んなかに降りたつ。
龍が降りたったのと同時に地響きが鳴り、島全体が揺れる。
龍は嚙みちぎった翼を吐き捨てると、自身の強大さを知らしめるように咆哮をあげた!
燃えるような紅蓮の、まさしく灼熱の龍だった。
通常の龍の大きさが馬二~三頭分だとしたら、その龍は優に馬四頭分以上の大きさがあった。
赤い龍……いや、『炎龍』ともよぶべき唯一無二の個体。
龍の背中に乗っていた騎士はえんじ色の軍服を身にまとい、身の丈を超える大剣を背負っていた。
レゼルと同じ銀髪をすべて後ろに流しており、眼光は鷲のように鋭い。
年齢もちょうどレゼルぐらいの年ごろの娘がいてもおかしくないように見える。
その容貌は歴戦の騎士としての風格が漂い、気品さえ感じられた。
テーベでの戦いのあと、ブラウジから聞いていた。
ゲラルドの側近にも、ひとりの龍騎士がいると。
レゼルが持つ風の神剣と同族に類する、炎の神剣の使い手。
その男の名は、オスヴァルト。
かつて翼竜騎士団第二位の実力を持つ龍騎士でありながら、帝国皇帝に敗れたレゼルの父親を裏切り、その首を断った男だ。
いよいよ、レゼルの宿敵との戦いが始まります。
次回は2022/3/10の18時以降にアップ予定です。何とぞよろしくお願いいたします。