第14話 戦いの合間のひととき
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テーベを解放した翌々日。
本日もよく晴れているが、無風状態だった昨日とは違って風があり、少し雲もでてきた。
翼竜騎士団はテーベの市街地のなかではなく、戦場跡地の近くにある平地にテントを張り、宿営地をつくっていた。
ジェドからアイゼンマキナ軍の本隊が襲撃をかけてきた場合、テーベの住民を巻きこむことなく即座に対応できるようにするためだ。
龍停め場のほか百個近くのテントが並び、騎士団員が訓練を積んだり、龍の世話をしたり、武具の手入れをしたりしている。
重装龍兵五人衆は今日ものんきに皆で踊っているが。
こうして彼らの暮らしぶりを見ていると、ある疑問が湧きおこる。
翼竜騎士団はエルマさんのお付きの巫女たちを含めてもせいぜい百人程度だ。
だが、その程度の人数の軍でも、十年も流浪の生活を送ることは容易ではない。
いったい、食糧や武具の調達はどうしていたのだろうか。
ひとつには、自然の恵みからの採取だ。
旧カレドラル領には岩肌が剥きだしの土地が多いが、木々が生いしげった山々もある。
山の木々のなかには葉や果実に毒をもつものもあるが、騎士団員たちはさすが生来の戦士であるだけあって、そうした自然の環境から食糧を調達するすべをよく心得ている。
俺も彼らから食糧を分けてもらっているのだが、山でなる果実のなかには驚くほど甘くておいしいものがある。
そのほかにも、間欠的に行われる遊撃戦の戦利品から食糧を得ることはできるし、武具の素材となる鉄も入手できる。
旧カレドラルの領空には数百個にも及ぶ大小の浮き島があり、アイゼンマキナ政府が把握していない集落や人家も各地に点在している。
そうした隠れるように住んでいる人々は、翼竜騎士団の古くからの支援者であることが多い。
素材となる鉄を渡せば、騎士団員の手になじむ優れた武具を鋳造してくれる人もいる。
翼竜騎士団が小規模ながらも軍備を維持できるのにはちゃんと理由があったのだ。
だが、それでも人間と同じくらいの数がいる龍たちの食糧をまかなうのは難しそうに思えることだろう。
なにせ龍たちは一体だけでも馬二、三頭分ほどの大きさがあるのだから。
……実はこれは騎士団の人々から教わるまで俺もまったく知らなかったのだが、龍はなんと何も食べなくても生きていられるらしい(!)。
彼らは身体の表面から周囲の自然素を常に取りこみ、蓄え、活動の源としているからだ。
つまり、龍にとって口から物を食べるのは完全に嗜好のための行為なのである。
俺はてっきり、ヒュードはなんでも食べるから、わざわざ餌として与える必要がないのだと思っていた。
放っておいても肉から草木から、ひどいと岩でも食っているときがある。
「手間がかからなくていいなぁ」くらいに思っていたが、まさか食事そのものが不要であるとは思いもしなかった。
(ただし、自分が特化した属性を連想させる色の食べ物を好む傾向はあるらしい。
ちなみにクラムはバナナがお好き)
ところでヒュードのように特定の属性を持たない龍は珍しくないが、それは自然素を持っていないのではなく、あらゆる属性の自然素を偏りなく持っているということらしいのだ。
特定の属性の自然素を意識的に取りこませることで、一時的にその属性の自然素のちからを引きだせる可能性もあるとのこと。
俺は龍停め場の片隅に座りながら、目の前でうれしそうに草を食んでいるヒュードをぼんやりと見つめていた。
ふと遠くを見やると、少し離れたところでレゼルとシュフェルが木で作った剣を手にし、稽古を積んでいた。
本日は立ち稽古なので、お互い龍には乗っていない。
もちろん、レゼルの得物は双剣、シュフェルは長剣だ。
立ち稽古だと龍の性能が反映されない分、使い手の実力がよくわかる。
シュフェルは得意の剛剣で、次々と鋭い剣撃を繰りだしている。
だが、レゼルは柔軟かつ変幻自在な身のこなしで、妹の剣をすべてかわし、いなし、受け流しつづけていた。
シュフェルの一撃一撃はその華奢な体躯でどうやって剣を振っているのかわからないほどに強烈だ。
木の剣でもまともに食らえば骨折どころでは済まず、当たりどころが悪ければ屈強な男でも死に至るだろう。
しかし、それほどの剣でもレゼルをとらえることはできない。
しつこいようだが、シュフェルのあの体型からどうしてあれだけ強烈な一撃が繰りだせるのか、まったくもって理解不能だ。
レゼルはレゼルで、驚異的な反射神経や洗練された身のこなし、並はずれた柔軟性が目立って見えているが、それらを支える筋力は常人の域をはるかに超えているはずだ。
彼女たちのからだの構造がどうなっているのか、一度じっくり観察したり触ったりしてみたいところである。
やったら確実に殺されるだろうが。
この点に関しては、彼女たちは人間よりもむしろ超常現象に近い存在であると理解することにして、それ以上深く考えるのはやめにした。
「どうじゃ?
姫様とシュフェルの剣の腕前は。
何度見てもほれぼれするじゃろう?」
「ジイさん」
いつの間にかブラウジが近づいてきていて、俺に声をかけた。
いつものごとく、彼女たちのことを語るとき、ブラウジはとても自慢げだ。
「姫様とシュフェルはああして十年間、毎日のように手合わせをして、腕を磨きつづけてきたのじゃ。
そして今もなお、強くなりつづけておる」
「ああ、ほんとうに大したもんだよ。
あれだけの打ちこみができる剣士たちを、少なくとも俺は見たことがない」
と、ふと疑問に思ったことがあり、ブラウジに質問してみた。
「シュフェルにはレゼルが剣を教えられるとして、レゼルにはいったい誰が剣を教えたんだ?」
いくらレゼルが類稀な才能を持つ剣士であるとは言え、さすがに師匠なしでは、あの域にまで到達するのは難しかったのではないだろうか。
「おもに剣を教えていたのは、レゼル様の父君であるレティアス様じゃ。
レティアス様は、レヴェリア最強の龍騎士じゃった。
レゼル様が七つのときに亡くなられてしまったがのう」
レティアスの名なら俺も知っている。
レゼルの父親であったということは、元・神聖国家カレドラルの国王であり、龍神教の教主であったということだ。
最強の龍騎士としても知られていたが、十年前の帝国の侵攻の際に、突如として出現した帝国皇帝に敗れてしまったと言われている。
「流れるような銀色の髪、エメラルドの瞳。
龍騎士としての才能も受け継ぎ、レゼル様はほんとうにレティアス様にそっくりじゃ」
ブラウジは、今は亡きレティアスの雄姿をレゼルに重ねているようだった。
「レティアス様がおる限り、ワシら翼竜騎士団は決して負けるはずがなかったんじゃ。
帝国皇帝と、あの男さえいなければ……!」
「あの男……?」
ブラウジは拳を強くにぎりしめ、悔しそうに眉根を寄せていた。
俺とブラウジが話しこんでいるあいだも、レゼルたちの激しい打ちこみは続いていた。
やがてシュフェルが痺れを切らして大きく踏みこみ、真一文字に鋭く斬りこむ!
この渾身の一撃をレゼルは交差させた双剣の一点で受けとめ、そのちからを地面の方向へ受け流した。
自身はその反動で宙へと舞いあがり、真っすぐに伸ばした両腕と双剣を軸にクルクルと回転する。
レゼルはシュフェルの背後に着地すると、剣を受け流されて隙が生じた背中に双剣をピタリと当ててとめた。
「はい、チェックメイト」
レゼルが優しくほほえみながら、勝利を宣言する。
シュフェルはからだの緊張をほどき、その場にへたりこんだ。
「あ~、やっぱり姉サマには勝てない。
何回やっても勝てない。
永遠に勝てる気がしない……」
凶暴な虎のような娘も、慕ってやまない姉の前ではしおらしい。
「いいえ、シュフェルは着実に強くなっているわ。
いつか必ず、私たちは同じ高みまでたどり着けるはず。
……さぁ、でも今日はここまでにしておきましょう。
明日こそいよいよ正念場よ」
俺たちはこの三日間だけ荒廃したテーベの復興支援に専念していたが、明日には給油庫を襲撃することとしていた。
ジェドのほうでいつ敵が軍備を整え、テーベを襲撃しにきても不思議ではない。
早急に敵の動力源を断つ必要があった。
「給油庫が唯一の弱点であることは、敵も重々承知しているはず。
いよいよ敵軍からの反撃も本格化してくるわ。
これからは、いっそう気をひきしめなきゃ……!」
レゼルは持っていた木の剣をにぎりしめた。
彼女の言うとおりだった。
これからが、アイゼンマキナ軍とのほんとうの戦いの始まりだ。
明日の戦いでの勝利が、強大な敵をうち倒すための呼び水となってくれればよいのだが……。
宿営地を見渡してみると、騎士団員たちの表情もさまざまだ。
皆の心情のなかに期待と不安が渦巻いているが、時の流れは待ってくれない。
陽は沈みはじめ、戦いの時が刻一刻と迫っていた。
クラムはバナナがお好き。
クラムは黒い体毛に金色のウロコを持つ個体です。
各龍の好きなもの。
エルマさんが乗ってるセレンは薄桃色だからモモ、レゼルが乗ってるエウロは緑色だからほうれん草です。(今考えました)
次回は2022/3/4の19時以降アップの予定です。何とぞよろしくお願いいたします。