第11話 特戦機龍
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徐々に土煙が落ちつき、視界が晴れてきた。
戦況は依然として翼竜騎士団が優勢のまま進んでいる。
俺は炭鉱の天井にひらいていた穴から外に抜けだして、帝国製の望遠鏡で戦場の様子を観察していた。
レゼルもいっしょに穴から抜けだし、エウロに乗って隣にいる。
彼女たちも少し休んで、疲労の状態からある程度回復しているように見えた。
俺は望遠鏡を覗きながらレゼルに声をかける。
「よし、土煙が晴れてきたな。
レゼル、そろそろ戦場に戻ろうか……ん?」
敵軍基地のほうでも動きがなく、有利な状況のまま戦場に復帰できると判断した、そのときだった。
基地に連立する鉄製の建物のうち、比較的小さな倉庫の扉がパカッとひらき、なかから小さな物がひとつ、走ってでてきた。
遠方なので大きさがわかりづらいが、大人の腰のあたりに届くくらいの大きさしかないように見える。
それは鉄でできているようだが、表面はホールチーズのように丸く平滑で、光沢を放っている。
……いや、よく見ると底面から小さな足が無数に生えており、わさわさ動いて走っている。
これではホールチーズというより節のないダンゴムシだ。
非常に気色が悪い。
「なんだぁ、ありゃ?」
「どうかしたんですか? グレイスさん」
隣ではレゼルが不思議そうに首を傾げている。
最初はわさわさと走っていた節なしダンゴムシだが、やがて猛然と戦場の中央に向かって走りだした!
気がつけば、戦場のあちこちでも地面がボコボコと盛りあがり、似たような機械が顔を出しはじめていた。
無数に出現したダンゴムシは地表に歩兵たちがいるのもお構いなく走ってきて、一箇所に集まってくる。
味方であるはずの歩兵も下敷きにされたり、突き飛ばされたりしている。
ダンゴムシの数は全部で数百体ほどいるかもしれない。
それらは小動物の死骸に群がる蟲のように集まって、塊を作りはじめた。
そして、最初は不整形な塊であるように見えたが、徐々に規則性を持ってかたちを成しはじめる。
「げっ」
最初はただただダンゴムシが群がる様子が気持ち悪かったのだが、いつの間にか危険な物が構築されていることに気づき、俺は思わず声をあげた。
塊が大きくなるにつれて、レゼルも望遠鏡なしでそれを視認できるようになる。
なんとダンゴムシは群れて集まることで、巨大な一体の機龍をかたち作っていたのだ!
ひとつひとつのダンゴムシはつるっと丸いかたちをしているように見えたが、よく見ると窪みがあったり、先が尖ったりしていて、それぞれに納まる場所が最初からさだめられていたことがわかる。
ダンゴムシのように見えた機械は、巨大な機龍を構成する一部にすぎなかったのだ。
最後に赤色のダンゴムシが二体、眼のところに納まると、巨大な機龍が完成してしまった。
全体の大きさは通常の機龍の五倍以上はある。
正体を現した巨大機龍が、戦場の中央で雄叫びをあげた!
「なんだオマエはぁっ!」
戦場で今、この巨大機龍に対抗できそうなのはシュフェルしかいない。
彼女はすぐに巨大機龍の正面へと飛んでいった。
「的がデカい……。
このまま一気に叩きつぶす!」
シュフェルは技の射程範囲まで敵に接近すると、クラムと共鳴し、雷を身にまとった。
『雷剣』!!
シュフェルは再びひと筋の雷と化し、巨大な機龍の胸を貫いた!
俺がはじめて彼女に出会ったときと同様に、そのまま剣を地面にまで突き刺す。
大地は島ごと揺れ、衝撃が空気の歪みとなって周囲一帯に伝わる。
さすがはシュフェル、巨大な機龍は一撃でバラバラにうち砕かれてしまった。
――だが、最初に異常に気が付いたのは彼女自身だった。
あまりに手応えがなさすぎたのだ。
「なにッ……!?」
彼女が粉微塵にうち砕いたのは、巨大機龍のほんの一部にすぎない。
巨大機龍はシュフェルにすべてをうち砕かれる前に自ら解体し、また数百個ものダンゴムシに戻ったのだ。
無数のダンゴムシに戻った機龍は、個々の機械が不規則かつ高速で走りまわっており、あたかも沸騰した液体のなかを漂う粒子のようだ。
その様子は人間の本能を生理的に逆なでするもので、思わずシュフェルの動きがとまる。
照準がさだまらず、動きがとまったままのシュフェルの背後から二台のダンゴムシが飛びあがって、体当たりしてきた!
気配を察知したシュフェルはとっさにクラムを振りかえらせ、長剣でダンゴムシを受けとめる。
だが、さらにその背後から三台のダンゴムシが襲いかかる。
二台は捌けたが、一台がシュフェルの左肩を掠めていった。
次々と多数かつ多方向、時間差での攻撃が彼女へと襲いかかる!
ダンゴムシはあちこちを走りまわりながら落ちている岩や壊れた機龍の残骸を粉砕していた。
鉄の塊が高速で体当たりしてくるのだから、その破壊力はいくらシュフェルと言えども決して油断ならない。
見た目の滑稽さよりもはるかに強力な敵だ。
豪快な一撃を得意とするシュフェルが防戦一方の戦いを強いられ、彼女のいらだちが募る。
「……ったく、ウザいし気持ち悪いなぁ!
まとめて消えされ!」
シュフェルは共鳴して強力な電気を生みだし、からだのなかに溜めこみはじめた。
からだのなかに最大限まで溜まった電気を、今度は一気に解きはなつ!
『放雷』!!
シュフェルは長剣を両手で掲げ、自身を中心とした全方位に向けて放電した。
幾筋もの電気の筋が、彼女の周囲にいたダンゴムシたちを撃ちぬく!
その放電の勢いは凄まじく、電気圧だけで鉄の機械の塊が砕けちるほどだ。
……しかし、彼女が技を放とうと帯電した時点でダンゴムシたちは蜘蛛の子を散らしたように逃げだしており、『放雷』で潰れたのは十数台ほどにすぎない。
シュフェルの放電が終了すると、その場で足の動かす向きを反転させて、また彼女へと群がってくる。
「くそッ……!」
シュフェルは、予想していた以上に事態が緊迫していることを悟った。
――まずい、この敵はシュフェルにとって相性が悪すぎる!
敵の戦いぶりを見てわかった。
これは、明らかにシュフェルへの対策を意識して開発された機龍だ。
敵からすればシュフェルは十年来の宿敵なのだから、対策が講じられていたのはなんら不思議でもない。
ここぞというときにずっと温存されていたのであり、今こそ封を切るときと判断されたのだ。
すぐにシュフェルを助けに行くよう、レゼルを促そうと思ったときだった。
……前方の上空から、女性の叫ぶ声が聞こえてきた。
「こらああああああっ!」
一瞬、シュフェルが怒りくるって叫んだのかと思った。
隣を見ると、今まで一緒にいたはずのレゼルがいない。
もう一度前方を見てみると、レゼルはエウロに乗って瞬く間に天空高く飛びあがり、シュフェルたちがいる地点の上空に到達していた!
「私の可愛い妹をいじめるヒトは……」
レゼルは双剣を大きく振りかぶり、清澄な共鳴音が空に響きわたった。
「この私が、絶対に許しませんっ!」
エウロが斜めに角度をつけて敵の機械の集団のなかに飛びこむと、高速で渦を描くように飛行し、竜巻を発生させた。
レゼルの剣と風の刃が周囲一帯に集まっていたダンゴムシの機械を、幾重にも斬りきざむ!
鉄の塊が、それこそチーズのようにたやすく斬りさかれていく。
竜巻の中心部に敵が吸いよせられるうえ、遠方では風が逆巻いて逃げようとするダンゴムシを吹きもどしている。
広範囲に鋭く斬りかかる風の刃から逃れるすべはなく、敵の機械は一網打尽にされてしまった。
しかもご丁寧に、近くにいるシュフェルを巻きこまないように局所的に風の流れの制御までされている。
……あらためてよく観察してみて、レゼルが龍に乗ったまま高速かつ自在に剣を振るえる仕組みを理解できた気がする。
レゼルは巻き起こした風で敵を斬りさくのと同時に、翼を広げたエウロを風で操作しているのだ。
これが、龍のように大きな身体が急速に向きを変え、不自然にすら見える軌跡を描けるからくりというわけだ。
エウロのほうもまた、レゼルが起こす複雑な風の動きに合わせてうまく風に乗ることを楽しんでいるように見える。
ふと、俺は嵐の日にバタバタ煽られながらも飛揚を続けている凧を思い浮かべた。
風が徐々に治まるとともに、レゼルとエウロが地上に降りたつ。
レゼルが見せた驚異的な風の剣技に、一番近くで見ていたシュフェルも、周囲で事の成り行きを見守っていた味方兵・敵兵たちも皆、呆然として眺めるばかりであった。
レゼルはフゥッとひと息つくと、剣を持った両の拳をグッとにぎりしめて、こう宣ったのであった。
「皆さん、戦いはまだまだこれからですよ。
気をひきしめて!」
レゼルはシュフェルを傷つけられると人が変わります。
次回投稿は明日、2022/2/26 18時以降です。よろしくお願いいたします。