第10話 炭鉱の砂
グレイスとレゼルは合流してどこかに向かうようです。
マークの説明
◇グレイスの視点です
◆神の視点です
◇
レゼルも風の刃で周囲の敵を一掃した後、戦いの騒乱にまぎれて戦線を離脱した。
エウロの高速飛行でいったん敵陣を離れ、合流地点へと向かう。
最初に陣形を張っていた丘陵から見てもわかる場所として、山の麓にある小高い丘を合流地点としていた。
俺が先に到着し、ほどなくしてレゼルがたどり着いた。
敵陣のど真んなかで激しい戦闘を繰りひろげていながら、彼女は傷ひとつ付いていなかった。
「グレイスさん!」
「レゼル、無事でよかった。
さぁ、こっちだ。俺に付いてきてくれ!」
俺とレゼルが合流し、ふたりで向かったのは敵軍基地の左側にあった山々のなかだ。
山中には、使われなくなった石炭の採掘場がある。
テーベが旧カレドラルの第二の都市にまで成長したのは、島自体の大きさ、ジェドとの位置関係もあったが、炭鉱町として栄えていたことも大きく関係していた。
鉄炎国家へと造りかえられ、石炭の採掘は廃れてしまったが、それまではテーベの主要産業だった。
エウロとヒュードは鬱蒼と茂った山のなかでも、樹々のあいだを縫って、なんの苦もなく進んでいく。
やがて少しひらけた場所にでると、剝きだしの岩盤にいくつかの隧道がひらいていた。
これらはすべて炭鉱の入り口、つまり坑道だ。
俺とレゼルはいくつかある炭鉱の入り口のうち、手ごろな大きさの坑道に入って、なかを進んだ。
準備していたランタンに明かりを灯す。
ランタンで行く先を照らしながら、ヒュードとエウロを走らせる。
龍は人よりはるかに夜目がきくため、その足どりに迷いはない。
坑道のなかは天井の崩落を防ぐために、坑木が柱や梁になるように枠組みされている。
坑木の構造は現在もしっかり残っていて、坑木の合間から露わになった岩肌が、やや湿ったように光を反射している。
坑道の奥のほうへと進んでいって、そう遠くまで行かないうちに崩れおちた土砂で通路が塞がっていた。
しかし俺は構わずヒュードとともに体当たりし、行く手を遮る土砂を吹きとばす。
土砂の壁を突破すると奥には大きな空間が広がっており、俺とレゼルはなかに飛びこんだ。
そのまま奥へと進み、俺たちは広大な空間の内部を見まわした。
「思ったとおり。
この場所なら問題ないはずだ」
「これが……」
レゼルも物珍しそうにあたりを見まわしている。
そこは炭鉱内に作られた採掘場の拠点だった。
現在は使われなくなったまま放置された採掘用の工具や、運搬用のトロッコと線路などが残されている。
天井までは龍が自由に飛びまわれるほどの高さがあった。
各方面へと向かう採掘用の坑道の穴が無数にひらいており、それらの穴の前を螺旋状の足場と線路が繋いでいる。
天井にも大小の穴が何箇所か開いており、そこから外の光が射しこんで、空中を舞っている埃を照らしだしていた。
俺はヒュードから降り、地面の砂をひとにぎり手に取った。
炭塵混じりの土砂は採掘作業の名残だ。
細かく柔らかい土の感触を確かめるように手のひらからサラサラと零してみせた。
地盤が固く、岩や小石が転がっているカレドラルの地表では決して得られない、細かな砂の粒子だ。
「土の性状も問題ない」
俺はレゼルのほうへと向きなおった。
「ここが採掘場の拠点だ。
この空間からほとんどの坑道が掘りだされて、外へと繋がっているはずだ。
あとは作戦どおり……。レゼル、できそうか?」
「ええ、やってみます」
レゼルはうなずくと、エウロに指示を出して飛び、作業場の中心に降りたった。
彼女は納めていたリーゼリオンを再度引きぬくと、交差させた刀身を自身の額に当て、龍との共鳴を深めていく。
高調な『共鳴音』が、作業場の空間の中で反響し、さらに高まる。
リーゼリオンの刀身が、エウロの身体が淡く翠色に光り、光がレゼルの身体をも包んでいく。
やがて、レゼルとエウロのまわりから立ちあがるように土煙が巻き起こりはじめた。
その土煙は見る見るうちに砂嵐のような圧倒的な風量をもって渦まいていき、数多く開いたトンネルを通過して外へと砂塵を運んでいった。
いくつもの炭鉱の穴から砂塵が噴きだす。
それらはレゼルが起こした強風に乗って、戦場を瞬く間に覆いつくした!
敵兵の多くは突如として発生した砂嵐に視界を遮られ、騎士団員を見失い、混乱におちいった。
機龍兵は機械の関節部に砂塵がこびりつき、動きが悪くなった。
なかには、翼が故障して墜落してしまった機龍兵もいる。
そして、もっとも壊滅的な影響を受けたのは固定砲台に配備されていた砲兵たちだ。
遠方から騎士団員を視認できなければ攻撃しようがない。
さらに、歩兵や機龍兵と違って移動することができないため、騎士団員たちの格好の標的となった。
騎士団員たちは事前に準備していたゴーグルを装着して、固定砲台を次々と破壊していく。
ちなみに生きた龍の眼は外側の硬い瞼のほかに、内側の透明な膜を自由に開け閉めすることができるので、砂塵のなかでも眼が潰れることはない。
今日はもともと無風で空気も乾燥しているので、砂塵はなかなか落ちてこず、宙を舞ったままだ。
固定砲台をすべて破壊したのち、騎士団員たちは混乱状態の敵兵たちを次々と討伐していった。
次の標的は、平面的に位置を特定しやすい一般歩兵たちだ。
「……よし! 想像以上にうまく行ってる」
俺は天井の光が差していた穴のひとつから顔を出し、戦場の様子をうかがっていた。
砂塵があるので隅々まで見えているわけではないが、敵兵の混乱ぶりから察するに作戦は成功しているようだ。
――それにしても、レゼルが生みだす風の風量は凄まじい。
これが龍から引きだした自然素のほかに、神剣であるリーゼリオンから生みだされたちからなのだろう。
彼女たちのちからの底を見たわけではなく、風と雷で性質も異なるだろうが、おそらく神剣を持たないシュフェルにこの出力量を出すのは難しいのではないだろうか。
「レゼル、もう大丈夫だ! 風をとめてくれ」
レゼルに身振りも交えて合図を送ると、風がゆっくりと収まっていく。
大量の風を送るのでからだに負担がかかりすぎたのか、彼女はエウロとともに少し疲れたような様子を見せている。
「レゼル、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です。すぐに戦いに戻れます。
それより私、風を送るのはうまくできましたでしょうか?」
「ああ、完璧だよ。さすがさ。
今はまだ塵が舞っていて視界が悪い。
もう少し視界が晴れたら戦場に戻ろう」
◆
敵のテーベ駐屯軍の基地の一室では、物見窓から司令部の面々が戦況を見守っていたが、やはり突然の砂嵐の出現に困惑していた。
そこへ、ひとりの兵が戦況の報告にやってきた。
「司令! 今、連絡兵から報告がきました!
視界不良で正確な評価は困難ですが、固定砲台は全滅、一般歩兵にも甚大な被害がでています。
機龍兵にも故障した機体が多数でている模様です」
司令部は事態の深刻さを把握し、すべて翼竜騎士団の思惑どおりに事が進んでいることを認識した。
だが、すぐにこの宙に舞う砂塵を晴らすことはできない。
司令官が苦肉の策を打ちだした。
「歩兵たちを巻きこみかねないから使いたくなかったが……、やむをえん。
ゲラルド様が開発された試作機をすぐに出撃させるんだ。
『特戦機龍』の三号機を起動しろ」
「はっ!」
指令を受けた兵士たちが、新たな機龍を起動させるために動きだした――。
※瞼の内側を覆う『瞬膜』はワニなど、現実のさまざまな動物にもあるものです。
人間にも名残程度ですが、あるんですよ。