表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/221

第56話  オーデション

 いよいよ候補者たちがヴァリアシオンを踊る。

 私はクラッシック・チュチュを身に着け自分の番を待った。

 一番初めは、涼やかな瞳の少女だった。

 特別レッスンを許可された彼女は、スタジオの精鋭部隊の一員なのだろう。


「吉村加奈です。『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』を踊ります!」


 チャイコフスキーパ・ド・ドゥは、名前の通りチャイコフスキー作曲。

 元々は『白鳥の湖』のために追加して作られたが、現在は独立した作品として世界中で踊られている。


 アレグロのテンポに乗って、細やかなステップが連続する一方、腕と上体を使って優雅なしなやかさを表現しなくてはならない。

 難易度の高いヴァリアシオンだ。


 音楽が終わり、息を抑えながら吉村が退場した。


 続いて二人目が登場。


「金沢由美です! キトリのヴァリアシオンを踊ります!」


 はきはきとした口調が気持ちよい、やや小柄な少女だ。


 キトリは『ドン・キホーテ』の主役の名前。

 ヴァリアシオンは三幕の結婚式の場面で踊られるものだ。

 陽気な町娘キトリをリズミカルに演じなければならない。

 扇子を手に操る姿が独特だ。


(……音楽にぴったり合ってる……スピードが上がっても基本が崩れない……)


 果たして自分がここにいていいのかと、心に迷いが忍び込む。


(だめ……弱気になっちゃ……)


 自分を奮い立たせる。


 そして……。

 真希の番がやって来た。

 彼女の手にはタンバリンがある。


『エスメラルダ!』


 真希はエスメラルダを踊るつもりなのだ。


「近藤真希です。『エスメラルダ』のヴァリアシオンを踊ります」


 硬く乾いた声が発せられる。

 だが、不安も恐れも、緊張すらも感じられなかった。


(……ものすごく集中してる……)


 私は真希の気迫に気圧けおされそうだった。


 『エスメラルダ』は同名のバレエ作品の主役の名前で、原作はヴィクトル・ユゴーの小説『ノートルダム・ド・パリ』。

 美貌のジプシー、エスメラルダの波乱の生涯を描いた作品だ。

 このヴァリアシオンは実際の舞台で踊られることはない。

 コンクール用に振り付けられたものなのだ。


 小刻みに震える金属音と共に、真希が舞台中央へと現れる。

 そしてタンバリンを前に突き出しポーズ。


 切れのよい動きが途切れることなく繰り返される。


 浅黒い肌の真希は、情熱的なジプシー、エスメラルダそのものだった。

 加えて長い手足が、一つ一つのポーズを印象的なものにしている。


 脚をア・ラ・スゴンドに高く上げた後に下ろすときの滑らかさ。


 ――パシャン!


 上体を反らしながら、手にしたタンバリンを背中に回し、後ろに上げた脚の爪先で打ち付ける。


 強靭な肉体に並外れた運動神経。

 真希だからこそできる技術テクニックだ。

 他の候補者たちも呼吸さえ忘れ見守っている。


 曲調はエキゾチックな哀愁を帯び、真希はステップを踏みながら緩やかに移動する。


 そして最大の見せ場。

 片足を上げたまま、膝を伸ばす動きを利用して爪先でタンバリンを打つのだ。


 ――パシャン!


 続けて三回打った後、脚を上げたまま軸足でターン。

 それを三度繰り返す。


 動きに少しのブレもなく、上げた脚の高さも申し分ない。

 完璧なエスメラルダだった。


 最後は、高いジャンプの後にポーズ。


(……す、すごい……!)


 真希は変わった。

 雑な印象は失せ、ダイナミックさだけが残ったのだ。


 どこからともなく失意の溜息が聴こえる。

 無理もない。

 初めの二人も素晴らしかったが、真希には到底及ばないのだから……。


(……どうしよう……)


 自分が何のために来たのかが分からなくなってきた。

 真希どころか、残りの二人にも及ばないのだから。

 もう、モナコ行きは真希に決まったようなものではないか。


「……じゃ、じゃあ……次は、えっと……沙羅ちゃんね?」


 牧嶋が躊躇っている。

 私のモチベを気遣っているのだろう。


 だが……。


 自分は最善を尽くさなくてはならない。

 牧嶋の好意を無駄には出来ないのだ。


 私は前に進出る。


「有宮沙羅です。オーロラ姫のヴァリアシオンを踊ります」


 


 




ここまでお読みいただきありがとうございました。(*^_^*)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] バレエにひたむきな真希ちゃんはきちんと弱点を克服してきたわね。流石よ。 そしてブランクと、突然なこともあって高度な技術の踊りはできないであろう沙羅ちゃんはいったいどうしたらいいのかしら。ど…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ