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第49話 ビター&スイート2

 結翔を避けた理由。

 それは、自分にも分からない。

 なぜ急に会いたくなくなってしまったのか。

 会うことが怖くなってしまったのか。


「……俺、沙羅ちゃんの気に障ること何かした?」


 無言で首を振る私。


「俺のこと嫌いになった……?」


 もう一度首を振る。

 しょんぼりとした結翔は、捨てられた子犬のよう。


「そっか……よかった……俺、嫌われたらどうしようって思っちゃった……お弁当ね……確かに作ってもらえて助かっているけど、毎朝会えるのが楽しみだったんだ……これからも直接渡してくれるよね?」


 そして、結翔は天使の笑顔を見せる

 気取りも気負いもない100%天然の笑顔。

 ずるい。

 そんな笑顔を見せるなんて。

 

 ―― 私も笑顔になっちゃう。


「……そんなこと気にするなんて、結翔さんらしくありません……お弁当も……事情があって、手渡し出来なかっただけ……これからは前と同じようにします……」


「やった! やっと沙羅ちゃん笑ってくれた!」


 結翔の笑顔が眩しい。

 見るのが辛いくらいに。


「……アルベルゲを経営するとしたら、どんな風にするの?」


 私が尋ねる。


「まだ計画も立っていない夢のような話さ……覚えていてくれたのは嬉しいけど、恥ずかしいなぁ……そうだね、新しく建てるのもいいけど、古い建物を買い取って、改装するのもいい……きっと趣のある家があるはずだ。貴族の邸宅だったりしたら最高だな……スペインは国を挙げて観光事業に力を入れている。……“パラドール”という国営ホテルもあるくらいなんだ。参入は厳しいかもしれないけど、やる価値はあると思う……」


「……パラドール? 何ですか、それ?」


「うん。貴族の城や教会、修道院を改装した、高級リゾートホテルなんだ……優雅にリッチに滞在したい人向け……でも、俺が作りたいのは、そういうんじゃなくて、アルベルゲよりは少し高いけど、安全で気軽に泊まれる巡礼者のための宿泊施設なんだ……」


 私は躊躇った。

 躊躇いながらも、以前からずっと気になっていたことを尋ねる。


「……結翔さんのお家の仕事は何をしているの?」


 もっと聞きたいことはたくさんある。

 何故私の家にいるのか。何故家に帰らないのか。

 紬の母親と彼の父親の結婚のことをどう考えているのか。

 紬のことをどう思っているのか。


 でも、私が口にできるのはそれが精いっぱいだった。


「うーん……創業当初は住宅建材のメーカーだった。何でも作ってたよ……キッチンのシンクから、浴槽にトイレ……水回り関係からスタートしたんだ……で、事業が拡大して、他にもいろいろ……リフォームに建設業も……」


 私は結翔が改装したangeを思い出す。

 温かく品よく居心地良い空間。

 結翔は僅かな費用で店の印象を大きく変えたのだ。

 彼の夢が急に現実味を帯びたものに感じられた。


「……いずれは経営に回るかもしれないけど、それまではいろいろな仕事をして経験を積みたい……」


「……」


 初めて結翔の口から聞く実家の話。

 今はこんな生活をしていても、結翔はいずれ家に戻る。

 そして、その時彼の横に立つのは麗奈なのだ。


「……どうかした……? 沙羅ちゃん?」


「ううん……素敵なお話だと思って……夢が叶うといいですね……」


 沈む心を励まし笑顔を作る。


「ありがとう! この話が出来るのは沙羅ちゃんだけだよ……なんせ一年近く引きこもってただろ?……こんな話をすれば“夢みたいな事言うな!”って叱られそうで誰にも出来ずにいたんだ……」


「……そんな……結翔さんなら絶対に実現できます!」


「ありがとう!」


 結翔が笑う。

 いつもキラキラとした笑顔。

 だが、瞳には遠い未来を見据える強い力があった。

 結翔が急に大人びて見え、自分から遠く離れて行ってしまったような気がした。


 そこへ母が戻ってきた。


「はい。結翔さん……これがお土産用……しっかりラップしておいたわ……少しずつ召し上がれ……」


「ありがとうございます!」


 あまりにも結翔の返事が勢いよく、母は驚いたが、


「よかった、喜んでもらえて!」


 と、笑った。



 日が暮れるころ、結翔は居間の扉から【左側】へ帰っていった。

 私は一人自室に戻ると、今日の出来事を思い返した。

 

 結翔は家に戻るべきだ。

 このままではいけない。


 でも、その前に真実を知りたい。

 本当のことを結翔の口から聞きたいのだ。


(……やだ……私ったら、他所の家のことなのに……)


 何故、自分はこれほどまでに結翔が気になるのか。

 

 心に問いかけると、甘いケーキを苦い珈琲で流し込んだような、楽しさと重苦しさが込み上げてきた。

 

 なんだろう。

 この気持ち。

 

 もしかしたら。

 もしかしたら。


 経験のない感情に戸惑う。

 結翔はいい人で、優しくて、親切で、そんな彼が私は好きだった。

 でも……この“好き”は特別な好きなのかもしれない。


 私は結翔が好きなだろうか。

 恋をしているのだろうか。

 だから、婚約者がいることを知って悩むのだろうか。


(……私、婚約者がいる人に恋してしまったの……?)


 そうなのだ。


 私は結翔が好きなのだ。恋をしているのだ。

 婚約者のいる結翔が好きなのだ。

 

 カーテンを僅かにずらし、【左側】を垣間見る。

 オレンジ色の灯りが心にそっと心に忍び込む。

 苦い思いは薄れ、代わりに温かな気持ちが胸を満たしていった。

 初めて結翔にあった日、私は常夜灯を見ながら彼の無事を祈ったのだ。

 

(……あの時と同じ……)


 仄かな灯りのもと、私は心に願うのだった。


 ――結翔が幸せになれますように。


 と。

 




ここまで読んでいただきありがとうございました。(*^_^*)

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― 新着の感想 ―
[良い点] あら~、沙羅ちゃん自分の気持ちに気づいちゃったわね。そして、結翔とも元の関係に戻れちゃってめでたしめでたしと言いたいところだけど、沙羅ちゃんまじめだから色々結翔の幸せ願っちゃいそう。ダメよ…
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