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第9話  アナタヲモットシリタイ

「でも……食事はちゃんと摂ってくださいね。食べたくても食べられない人もいるんですから……」


「何それ?」


 私の言葉に、今度は結翔が首を傾げた。

 誰だって突然こんなことを言われれば驚くだろう。


「食べてください!」


 思わず言葉に力が入る。

 結翔がどう思おうと、私は自分を抑えることができなかった。


「わ、わかった!……わかったよ! それにしても、切実だね。“食べたくても食べられない人”って、誰か身近にいるの?」


 結翔が不思議そうに私を見つめる。


 私は迷った。

 この話を結翔にすべきかどうかを……。

 バレエの話は誰にもしたくなかった。

 でも、もうここまで話してしまったのだから、続けるべきだろう。


「それは……私、子供の頃からバレエを習っているの……」


「そうなんだ! やっぱりね! そんな感じがするよ。……手足がすらりとしていて、姿勢がいいもの。……でも、それが?」


「……一緒に習っているお友達の中には、無理なダイエットをしている子もいるの。……とても辛そう。拒食症になってしまった人もいるわ……」


「……そうなんだ。太りやすい体質だったんだね?」


 こくりと頷く。


「沙羅ちゃんはどうなの?」


「……私は違うみたい、パパもママも、お爺ちゃんとお祖母ちゃんも痩せているの……。背も高いし……。でも、気を使っているわ。食べ過ぎれば誰だって太るし、足りなければ踊るための力が無くなっちゃう……」


 長い間ずっと言われてきた言葉。

 “栄養価が高くて、健康にいい食事を摂りなさい”

 この習慣は身に付いて私の一部になっている。


「……だから食事を粗末にする人は嫌なんです……」


「そっかー。……そこまで考えたことなかったな。……それにしても、沙羅ちゃんの体型は日本人離れしているよね? 骨格が違う。単に手足が長いだけじゃなくて立体的なんだ……」


 再びこくりと頷く。


 体形だけじゃない。顔立ちもだ。

 たまご型の輪郭に、大きな瞳、通った鼻筋。“舞台映えするわね”とよく言われる。


「……ふーん。バレエを踊るには有利だろうね。見てみたいな沙羅ちゃんの踊り……」


 結翔は感心したように言うけれど、私は気が重い。だって、バレエは辞めるつもりだから。


「どうかした?」


「ううん。……今、お休みしているところなの。少し前に怪我をして、その後、受験があったから……」


「……じゃあ、そろそろ再開だね」


「……」


 当然のことのように言う結翔。

 言葉も無くうつむく私。

 これ以上は、まだ話したくはない。

 

 しばしの沈黙の後、結翔は私の気持ちを察したのか、さりげなく話題を変えてきた。


「そっ……か……。タイミングってあるからね……。入学したばかりだし……、今、スペイン語に泣かされているし。“え〜〜〜ん”って」


 と言って、私が泣いている真似をした。


「そ、そんな! 泣いてなんていませんよ!」


 言葉は怒っているけれど、結翔の仕草が可笑しく笑ってしまう。

 それに……なんだか、気持ちが少し楽になった。

 自分がバレエを習っていたことを話せたせいだろうか?


 結翔が話を続ける。


「バイト先は元々ワインバーなんだけど、今はテイクアウト専門……ワインに合う手作りの総菜を売っているんだ……チーズや生ハムなんかもある。……客は家呑み用に、ワインとつまみを買って帰るんだ……」


「……結翔さん……?」


 結翔を再びジト目で見る。


 結翔が働いているのは飲食店だと聞いてはいた。

 ……聞いてはいたが、呑み屋だとは知らなかった。

 深夜に働くとなれば、当然のことだろう。

 

 ……でも……。

 

「な、何? ……また怖い顔して!?」


 たじたじとなる結翔。


「……飲んでます? お酒?」


 もし、そんなことになっていたら、母に報告しなくてはならない。

 そして、母は結翔の実家に報告するのだ。

 目の前で結翔が非行に走ることを見逃すことはできない。


「のっ、飲んでないよ! それに品のいい店だよ! 信じてくれよ!」


「……」


 結翔には理解できないことが多すぎる。

 なぜ高校生が深夜まで働けるのか。

 確かに、十八歳になれば働けるが……。


「……俺、もう十八。一年留年しているんだ……」


「え?」


 驚愕の真実!

 ……でも。

 家から一歩も出ない怪人の噂を思い出す。


「ごめんなさい……」


 踏み込み過ぎてしまった。辛い話をさせた自分が後ろめたい。


「いいんだよ……。調子が悪くてね。それで学校に行けなかったんだ……。二年生の二月から、今年の初めくらいまで。……バイトを始めたのが二月からなんだ」


 私の気持ち汲んで、結翔が優しく言った。

 

「……一人暮らしは医者の勧めでもあるんだ。外出が出来なかった頃は、食事も届けて貰っていたけど、今は自炊だよ。……できることは自分でするってのも医者の勧めさ……。調子が戻っても親に頼み込んで続けさせてもらっている。沙羅ちゃん達には迷惑かけてるけど……」


「そんな! 迷惑だなんて!」


「でもなぁ……疑惑は晴らしておきたいな。……そうだ! 今度、俺のバイト先に来なよ?」


「え?」


「店が始まる少し前に来て! どんな店か分かれば安心すると思うよ……」


 突然の話だけれど、結翔のバイト先に興味がある。結翔をもっと知りたいから。


 アナタヲモットシリタイ。


 この気持ちがなんなのか?

 それを知るのは、もっと先のことだった。

 


ここまで読んでいただきましてありがとうございました。(*^_^*)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 不健康な結翔に健康的な食事の大切さを語るのがいい。そしてもっと結翔を知りたいという気持ちに気づくのがいい。 [気になる点] 結翔のバイト先がワインバーというのがこれまた洒落てて気になる。 …
[一言] バレエは踏み入れた事の無い世界なので楽しませてもらっておりまする
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