【プロローグ】2020年12月31日 僕は旅立つ決意をする
2020年12月31日。
新しい年を目前にした深夜。
一人の青年が新しい年を迎えようとしていた。
端正な顔立ちに、親しみを抱かせる瞳。軽く結ばれた口元からは知性が漂うその18歳の青年・塔ノ森結翔。
刈られた髪の踊る毛先が、快活な性格を思わせる彼は、医師の勧めで一人暮らしをしている。
“環境を変えることで、ご子息の病状の改善が期待されます”
その一言で、父親は息子のために家を借りた。
家主は転勤中で、この家には人っ子一人いない。
明かりを消した部屋で、頭からブランケットを被り、カーペットの上にぺたりと座り込む。
暗闇の中パソコンのライトだけが、辺りを煌々と照らし、結翔は引き込まれるように画面を凝視していた。
映し出されるのは大晦日の光景。
一年を振り返れば、虚しさが彼を襲う。
窓を閉め切り、光を閉ざし、パソコンを眺めるだけの日々。
食事を運んでくれる者とさえ、言葉を交わすことはなかった。
塔ノ森結翔には輝かしい未来が約束されていたはずだった。
―― あの寒い冬の日まで。
高校二年生の二月以来、彼は一年の大半をこんな風に過ごしていた。
ニートとかひきこもりと、世間一般で言われるあれだ。
この生活がいつ終わるかはわからない。
新しい年に今さら何を期待しろと言うのか?
虚無と諦めが結翔の心を覆う。
だが、この街では、新年を迎える喜びに人々の顔が輝いている。
イルミネーションが灯る街角で、バルで……。それぞれの家庭で。
世界中の人々が、イベリア半島の先端にあるこの街を見守り、そして待っている。
特別な年の訪れを。
やがて白い衣の司祭が宣言をする。
すべての罪が許される聖なる年の訪れを。
そして始まるのだ。
全ての巡礼者たちの旅が。
結翔の瞳に光がともり、忘れかけた快活さが蘇る。
2021年1月1日。
夜明けを待つ暗闇の中。
塔ノ森結翔は旅にでる決意をした。
サンティアゴ=デ=コンポステーラへの巡礼者となることを。
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