第8話「弄ぶ」
コラプサーの最上階。執務室とは別にもう1つの部屋が奥にあった。扉が半開きの部屋を覗く。そこにはスーツ姿の男性が1人、作業机に座っている。
ヴィンは男性の存在を確認すると扉を開く。
「やあ。今日は清々しい朝ですね」
その言葉を聞いた途端、男性の方から舌打ちが聞こえてきた。
数分の沈黙後、男性が口を開く。
「今日はどんな自慢話だ。そろそろウザイのだが」
「昨日から気分がいいので、挨拶をしておこうかと」
男性は挨拶を返さずペンを持ち作業し始める。
ヴィンと、この男性の会話はいつも冷たい。ヴィンは嫌われているのだ。なにかあるたびに舌打ちと睨みがやってくる。
「ヴィル。私達は双子なんだから仲良くしましょうよ」
「絶対嫌だね!このクズでどうしようもない変態がっ!!」
ヴィルと言う男性はヴィンと双子。だが、何故かずっと前から仲が悪い。
毎日どうして嫌われているのか分からずヴィンは首を捻る。
「どうしたらいいですか?」
「諦めろ」
「無理ですよ。諦められません」
ヴィルの髪型がオールバックのせいか「失せろ」と言われそうな程な睨みがよく見える。もう今日のコミュニケーションは無理だろう。
「いい事を話そうと思ったのですが」
ドアノブに手をかけ、置き土産として話そうとした話題を出す。
「お前のいい事は俺には悪い事だ」
「そうですか?あなたの子供についてなんですけどね?」
「は……?ツインとマロンの事か!?」
予想通り食いついてきた。
いつもは眉間にシワを寄せた顔しか見なかったが、今日だけは父親の顔をヴィンに見せるしかない。どうやってその父親心を踏み捻ろうか考えてしまう。
「あの兄妹の事です」
「良かった……まだ生きてた。その、会えるよな」
「諦めた方が早いですよ。今はどこかに逃げました。しかも、貴方はあの兄妹に会ってはいけないと……奥さんの生命維持と引き換えに言いましたよね?わすれていませんか」
「……すまない」
「それでいいんです」
辛い、寂しい、苦しい……そんな色がヴィルの顔全面に彩る。それを見たヴィンは唇を舐める。一気に父親と言う顔は崩れていった。
退屈な日にこうやってヴィルを精神的に弄ぶ事が楽しみであり、好きな事だった。自身の性格が悪い事は知っている。
「私はこれで……頑張ってくださいね。兄妹のお父さん」
笑顔でそう言いながらドアを閉める。すると「二度と来るな」と怒号された。ヴィンは笑顔で執務室に向かう。
今日の前線の天気はいつも通り晴れ後赤い雨だろう。早く現在の研究を完成させなければ、この国の勝ち目はない。だがヴィンにはそれについて、ふと思う事があった。
『何のために戦っているんだ?』
いつも疑問に思っている。毎日毎日毎日毎日……。答えは簡単。
「私は戦争がないと存在意義がない。……認められない……」
思い出したくない孤独感が溢れ身震いをする。ヴィンはフラついた足で執務室へと消えていった。
「チェーーーーーク!!」
「負けたぁぁぁぁあああ!!」
「……」
家に響く絶叫。ツインは五月蝿いと言うように耳を塞ぐ。
今、アンコとマロンはチェスをしている。勝敗は10回勝負でアンコ全勝、マロン全敗と言う結果。
「おーおーハッカーさんよぉ!てめぇの頭脳はどうしたんだぁ?」
「何も言えね!!!」
完全にマロンの顔は泣きそうだ。たかがゲームなのに大人気ない。
ツインは2人の勝負を見ていて、特に気になったのがアンコの戦法だ。いつも、相手が勝った気になった所をガクッと堕としていく。相手の心を弄ぶ事ができるほど自信があり、余裕もあると言う事だ。
「お姉ちゃんはどうして……相手を堕としていく戦法を取るの……」
「毎日マロンをどう弄ってやろうか、考えているからかな?」
「ワーオレナメラレテルー」
「ツイン、ご飯にしよー」
「俺の話を聞いてくれ」
すっかり料理担当となってしまったツインがアンコの言葉を聞いて立ち上がりキッチンへと向かう。マロンはアンコと遠距離の喧嘩をしながら2階へ向かう。リビングにはツインとアンコだけとなった。
「2階に行かないの……?」
「行くけど、ツインと話したくて」
ツインへと近付いてくるとほっぺをつねられた。そして、相手は困った顔をする。
「間違ってたら謝る。そのーツインってさ『味覚』感じないでしょ」
マロンに何年も言ったことがない事を言われドキッとする。合っている。でも、どうして……。
それを読み取るかのように答えが返ってきた。
「君が調理をする時には絶対味を確かめない。香りや色の濃さで判断しているのだろう?
よっぽど料理に自信を持っているか、味覚を感じないから確認をする必要がないからとか」
親友に気付かれた事はあったが、1年かかった。なのに、アンコはたったの5日。
ツインに恐ろしい感覚が取り巻く。アンコの前では隠している事が全て見透かされボロボロと剥がれていく感覚。
彼女は本当に『国民』なのか?貴方は一体何者。
「マロンには言わないから安心して。
邪魔して悪かった。また、料理任せてもいいかな?ツインの作る料理は世界一だ!」
アンコは親指を立て、ツインの目の前に突き出す。相手は世話好きの人、何者でもなくそう言う人。恐ろしい感覚が段々と忘れていく。そして、いつも通りになる。
アンコが2階へ向かう。ツインは改めて調理へと集中する。『世界一』親友にも言われたこの言葉はツインの原動力となった。だから料理はやめられない。
今日は包丁の動きが軽く、リズムを刻んでしまう。また、2人の反応が楽しみだ。
包丁のリズムが響く2階。奥の部屋で、マロンは考え事をしていた。昔、黒兎の仮面に憧れていた時のことを。
マロンは攻撃には弱いが、情報や機械類には強かった。だからかランキングはいつの間にか7位。興味はなかった。いつも全員に渡された表は見る事もなく全て火の中に捨てた。
ある時、何を思ったのか表を覗いてみた。すると2位の名前の上、トップの名前が空白だったのを覚えている。
『……誰だ……こいつ』
2位からほぼ満席なのに1つ空いてる。マロンは1位の人物が知りたくなる。そして、ある会話を耳にした。
『1位の子は黒兎の仮面の子みたいよ』
『知ってる!まだ10歳だってさ』
まだ10歳の幼い子ども。マロンに衝撃が走る。年下だろうと関係なく憧れの人物となった。
初めて会った時は、その仮面が白兵の拠点を単独で潰し終わった帰りだった。みんなが窓に集まり、その人物をじっと見る。あるものは歓喜し、あるものは驚愕し、あるものは妬んだ。
その歓喜の中にマロンもいた。
だが仮面は学年が変わる日を待たずにどこかへ消えていった。あれから6年が経つ。その時に居た人達はもう忘れている頃だ。でも、マロンは憧れ心は薄れたものの印象に残る人物として未だに覚えている。
「もうあの人は16歳になるから、アンコと妹と同じか……。
結局、顔も分からずに6年も経っちゃったか。うわーモヤっとするわ」
窓を開けているからか夜の風が部屋へと入る。もう5日が経つ。このまま日常を過ごせるとは思えない。敵は必ずやってくる。
そもそもここに家が建っている事自体謎だ。アンコも含めて、この家についても知りたい。
「……何故この家に愛着が湧いてくるんだ」
ここに来る前に何かに引っ張られるようにツインと逃げてきた。不思議だ、知りたい。
考えているうちにアンコに呼ばれた。マロンは1つ返事をして、部屋を出る。道中、ノイズ混じりの記憶が蘇る。
『妹ともしもう1人の妹が見つかったら……お願いだ。守ってやってくれ。
……6歳の息子に何言ってるんだろうな』
酷く悲しい低い声。きっと16年前の顔を忘れてしまった父親の声なのだろう。
「わかってる。守ってやるさ。ついでにもう1人も見つけてやる」
再度、意を決してマロンはここで過ごしていく。