第7話「気になるあの子」
相変わらずの朝。ツインはリビングで朝食を作り、洗面所でアンコは寝ぼけた顔で歯磨きをする。マロンはまだスヤスヤとお休み中だ。
こんな日常も3日ぐらい経った。ただ、この3日間軍から何も……
「無さすぎる!あやしいわー、なに?軍は鈍感なの?」
しかめっ面で鏡の中の自分を睨むアンコ。
この家が見つかるのも時間の問題だろうと思ったが、全くと言っていいほど見つかってない。想定外すぎる出来事。
だが、この3日間お互いの事を知れる時間は沢山あった。
マロンは黒髪に白毛が毛先に色付いており、生まれ付き赤と緑のオッドアイをしている。
機械に強くパソコン1つあれば軍のネットワークを掌握できるらしい。いわゆるハッカー兼シスコンだ。趣味は驚いた事にメイク。ツイン曰く、あの体型から女装ができるという。
「いつか見られる時があるかもな……興味が湧いてきた。
人ってやっぱり深く知ると意外な事が多いんだなー学習学習」
アンコは腕を組み、うんうんと頷く。
次は白メッシュの黒髪に赤いピンを付け、ツインテールをリボンで結んだ女の子、ツインだ。マロンとは逆の攻撃型。
軍にいる頃は腕利きのスナイパーだったようだ。愛用のライフルを置いてきてしまったのか、たまにだけしょんぼりした声色で話す。料理は泣くほど美味しい。
あとは、軍の名残なのか全く寝ない。寝ていたとしても、冷や汗をかいて起きてくる。
「前線で活躍する女性か。私と歳が1つ下のようだけど……あれは同い年ぐらいじゃないか?
しかも私と共通点がありすぎる」
不思議に思いながら、うがいをする。
2人の警戒心は少しずつ解き始めていっていると思う。
マロンとはじゃれ合い程度の喧嘩ばかりをずっとやっている。性格が同じだからなのだろう。
またどうやっていじろうか考えていると、リビングが見える鏡の中に長い髪の女性が写る。
「きゃー!!おばけーーー!!」
気配を感じ取れず、当然驚く。これから呪われるのであろう。アンコの人生終了。〜完〜
「お姉ちゃん……ごめんなさい」
「な……なーんだツインかー……」
幽霊の正体はツインだった。いつも気配を消して過ごすからか存在感が無い。ツインは何に似てる?と言われたら、人形か幽霊と即答できる。
「朝食……できた……」
「いつもありがとう。……そのー1つ聞いて良い?」
「うん……」
「私の事、お姉ちゃんって呼んで苦しくない?」
関係を作る事を嫌うツインがアンコの事を『お姉ちゃん』と呼ぶようになったのは3日前の夜。強がっているだけかもしれないと思い心配していた。
「……ありがとう……」
「ん?え?それだけ?」
「それだけ……」
何に対してありがとうなのかはわからないが、嬉しそうにツインはリビングへと消えていく。
「だいぶ喋れてきてるしひとまずは大丈夫かな。
さてとあの熟睡クリを起こしに行きますか」
洗面所を飛び出し、大声でマロンの名前を呼ぶアンコ。
無視して、料理を並べるツイン。
アンコの声に驚いて飛び起きるマロン。
日常を過ごす3人。嬉しい日常。楽しい日常。幸せな日常。裏腹に少しずつ感じる寒気さをアンコは感じ取っていた。
シュヴァルツ国の中央には、城のような黒い建造物がシンボルのように立っている。周りは住宅や店が建ち、城壁のようだ。
この建物の名前はコラプサー『崩壊星』。
「ネーミングセンスを疑うわね。なにが崩壊星よ」
「チェルシー、ここで愚痴を吐く余裕はありませんよ。早く報告しに行きましょう」
「私の親かしら。伐採者」
「な!僕にはロギングと言うちゃんとした名前がありますよ!!」
「ほら行きましょう。報告へ」
「全く……あなたって言う人は……」
チェルシーとロギングはコラプサーの最上階にとある人物を求めて入っていく。
入ってすぐに色とりどりのトップスの上に白衣を着た科学者達が目の前を通り過ぎる。
ここは科学が最も進歩した国。少しの医療技術はあるものの、白の国『ヴァイス国』よりかは遥かに遅くれている。
「一面、白・白・白ね」
「安心してください。あそこに黒衣と軍衣の人もいますよ」
「色に飽きてきたわけじゃないの」
「そうですか」
早々と受付を済ませ、最上階専用のエレベーターへ乗る。
数分後、チェルシーはエレベーター内が苦手になった。高すぎて内部は暇だからだ。
カツカツとヒールの音がする中、チェルシーは3日前の夜の出来事を思い出す。茶色毛の彼女を尾行していた時、赤い線が目元に色付いた黒兎の仮面に出会った。そして異常じゃない身体能力に圧倒され、おまけに顔面を蹴られて3日間入院していた。
「イラつくわね……私のプライドをズタボロにされた気分だわ。
しかも私の顔を蹴るなんて。女の子のくせによくやるわね」
「あの人は冷酷な人ですよ。慈悲なんてものはとうにありません」
何やら仮面の人物について知っているらしい。
そしてロギングは憧れた人を思い出すかのように語り始めた。
「僕が17歳の時に憧れていた人です。彼女はまだ9歳か10歳と幼いのにも関わらず前線で活躍していきました。
特に凄かったのは、ヴァイス国の手強い拠点に白兵としてなりすまし、単独で壊滅させた事ですかね。戻ってきた彼女の輝かしい仮面は今でも印象に残っています」
「そんな凄い人だったのね。あなたが絶賛する程」
「でも、彼女は春頃にどこかへと消えていきました。その前に暴力事件があったようで……。せっかく会えたと思ったのに、こうなるとは」
珍しくロギングが悲しそうな顔で語り終えた。同時に最上階へ着く音が鳴る。
エレベーターの扉が開くと目の前には、目的の人物が立っていた。
「君達は……報告ですか?私は下に用があるのですが……。仕方ありません。中で聞きましょう」
「お忙しい中すみません。元帥」
若い年齢で元帥にまで上り詰めた英雄的存在。──ヴィン・フィライト。
チェルシーはヴィンの後ろ姿をじっと見ながら歩く。
「今日はどのような事がありましたか?」
「いえ、3日前の夜に気になる人物とある出来事がありまして。入院していて報告が遅延してしまいました」
「気にしないでください。優秀な君達が入院している事は知っていましたので」
「ありがとうございます」
執務室へと着く。扉を開けるとまず大きな窓ガラスが目に入る。いつもここから国民達の生活を見守っているのだろう。
席に座るとテーブルの上に紅茶が置かれた。こんな上の人でも紅茶を嗜むとは意外だ。
「気になる人物とは一体なんですかね」
「国の端っこに住む少女の事です。私達のような軍人が目の前に来ても冷静だったので尾行をしてみたんです」
「ですが、途中僕とチェルシーどちらも見失ってしまいました……」
「なるほど……そして、その途中に君達が何者かに攻撃されたのですね」
先まで読んでくれている。こんなにスムーズに話せるのはこの人以外いないだろう。
「特徴は覚えていますか?」
「尾行した少女はヴィン元帥と同じ茶色毛に黒のメッシュがはいっていました。あとは、珍しい『赤の瞳』」
元帥の紅茶を飲む手が止まる。どうかしたのだろうか。
「……続けてください」
「わかりました。続けます。僕達が襲われたのは、5・6年前に突然姿を消した」
「黒兎の仮面……良い収穫ですね。後はこちらがやっておきます」
「は、はい。では元帥。チェルシーとロギング、失礼します」
2人は執務室から出る。安心したのか同時に息を深く吐く。
兵力学校の20位内にたったチェルシーとロギングにとって元帥と間近で話すのは初めてのことだった。
「無理よ……ゲホッ」
「はぁ……はぁ……普段目を閉じているので圧が凄いかったです」
「ロギング、帰るわよ。ティータイムが待ってるわ」
「お付き合いしますよ」
一緒にエレベーターへ乗り、下へと降りていく。ひとまず少女の件と仮面の件については考えなくてもいいだろう。
今日はぐっすり眠れそうだ。
独りとなった執務室。ヴィンは高笑いをしながら、窓の外を眺める。
そして嬉しそうに独り言を言う。
「くく……やっと見つけた。長年探し求めていて正解だったよ。しかも、あの兄妹と確実に一緒にいる……。
このまま兄妹と一緒にいれると思ったらダメだよ。君は私が育てた子だ。また、戻ってくるだろう。ね……『アンコ』」
いつもは閉じていた目も、今日だけは緑色の瞳を爛々と輝かせていた。