第5話「接近する軍人達」
日が沈み時の頃、アンコが楽しそうな顔で約10分先の買い物場へと向かう。
アンコ達が住んでいる所は、科学が特化した黒の国『ヴァイス国』と医療が特化した白の国『シュヴァルツ国』の丁度、国境線の1番端っこに住んでいる。でも、どちらかと言えばヴァイス国に近い。
だから今歩いている道は人も何にも無い。
「これがいいんだよ。私だけのザ・平和って言う感じ」
静かだけど、のどかな道。人気の無い国境線に住むアンコにとっては良い散歩ルートになる。でも、今1番楽しい事は自宅に兄妹2人と暮らす事だ。
まずはマロン。完全にアンコのツッコミ役になりつつあるからいじりやすい。
次にツイン。何を考えているのかを読み取るのに骨が折れるけど、毎日思考ゲームのように考えればいい。
「1人か……同居人もたまにはいっか。新しい発見が増えるのが楽しみだなー」
この先の事を考えるとつい舞い上がってしまい自然とスキップをしてしまう。気分は最高だ。
スキップをして10分後。目的の場所が見えて来た……いや、軍人も見える。
「あの家に来るのも時間の問題か……」
怪しまれないよう、いつも通りに軍人が混じった人集りへと入っていく。野菜屋の前でトマトを手に持って鮮度を確認する。だが、焦りでさっきから手が震える。
「ねぇちゃんどうしたんだよ」
「いぇ!なんでもありません!!」
おじさんに話しかけられて驚いてしまい、声が上擦る。
「ねぇちゃん、ここら辺に軍人さんが沢山いるんだが何かしらねぇか?」
「新聞の人物とか?あの2人若いのに脱走だなんてよーやりますよ」
「何かよからぬ事が起きそうだな。ねぇちゃんも気をつけるんだぞ?」
気をつけるどころか保護してるから何も言えない。ただ、はいと言うだけ。
しばらく野菜を見た後、欲しい食材を購入していく。おじさん店主に挨拶をして次は肉屋に行こうとした道中、泣いている子供を見つける。きっと迷子になったのだろう。
アンコは泣いている子供に近付き、話を聞いてみる。
「あそこにいるおじさんがね……ぼ、僕を蹴飛ばして来たの」
子供が指差す方向には酔っ払った軍人が千鳥足で街の人にぶつかっては理不尽に叱ったり、暴行を与えている。
それを見たアンコはイラついたのか、まず子供と手を繋いで肉屋へ行き子供と食材の入った袋を店員に預けた。
「僕。ここで待っててね。お姉さんが、やっつけてやる!」
「お姉さん、ありがとう!!」
子供の満面の笑みを見たアンコは軽い準備運動をして酔っ払いに向かって走る。そして、飛び蹴り。相手が顔面から倒れる。
「眠っとけこの野郎」
街の人と子供の分の怒りを両足に込めたのか案外あっさり倒れてくれた。周りに拍手が飛び交う。普通なら嬉しむ場面だが、喜ぶ事ができない。
何故なら……
「そこの君。何をしている」
「あら。酔っ払いのオッサンが倒れてる。これ貴方がやったの?」
おそらくペアであろう軍人が騒ぎの原因を調べる為接近して来たのだ。1人は金髪で、真面目な眼鏡をかけた男性。もう1人は如何にもお姉さんキャラと言う感じのピンクがかった長髪の女性。
「すみません。ついイラッときてしまって……」
「普通なら暴行として捕まるが今回は無しとしましょう。原因は我々の仲間ですからね」
「私もこいつの動き見てて少しムッとしてたから、スカッとしたわ。ごめんなさいね」
そう言って女性は手を2回叩くと、どこから出てきたのか1人の真っ黒な軍人が出てきて酔っ払いを連れて消えていった。
「一件落着な所申し訳ないけど、少しお話いいかしら?」
「どうぞ。もしかして新聞に載ってた兵の事ですかね?それでしたら私は見ていませんよ」
「話が早くて助かるわ〜。時間取ってしまってごめんなさいね。それではごきげん麗しゅう」
どこかのお嬢様らしく深く礼をする。気にせずアンコは肉屋へと方向転換する。そして、笑顔で子供を撫でる。
先程の軍人の女性はアンコの事をずっと目で追っている。
「先程からずっと彼女のことを見ていますね。チェルシー」
「軍人が国民の目の前に来たら普通驚かない?ね、ロギング」
「そうでしょうか?案外、慣れている人かもしれませんよ」
「こんな端っこの街に毎回、警備専門の軍人は手配しないわ。妙ね」
「彼女は国民なのですから、あまり変な事をしようとは考えないでくださいよ」
さっきからチェルシーはモヤモヤが止まらない。いっその事彼女を尾行しようとする。ロギングは止めに入るが、もしかしたら思わぬ収穫があるかもしれないと思い一緒に彼女を尾行する。
肉屋から出てきた彼女は、家も人もないはずの道へ向かっていく。そして2人はバレないよう気配や足音を消して尾行していく。
彼女が街から遠く外れた辺りで左へ曲がっていった。同じく2人も曲がるが、そこに彼女は居なかった。
「一体どう言う事よ。……はぁ、仕方ないわね。道は覚えたわ」
「では、戻りましょう」
街へと引き返そうと後ろを見ると、2人よりも少し小さい人物が立っていた。顔は見えない。わかる事と言ったら黒い帽子に髪の毛を全部入れている言うことだ。
「迷子かしら?」
「街へ行きたいのでしたら一緒に行きましょうか」
ロギングが手を差し伸べる。すると、相手が顔をあげた。そこには顔ではなく、真っ黒な物に赤い線が目元や頬に入った『兎』の仮面だった。そしてこちらへと襲ってくる。
「貴方は!!あの──」
「チッ!チェルシー構えろ!」
2人は銃を構えたが、相手の尋常じゃないスピードでロギング、チェルシーの順に腕を蹴られ、痛みに耐えられず武器を離してしまった。
チェルシーは反動で尻餅をついてしまう。目の前には、兎の仮面。
「ごめんなさい!ごめんなさい!!」
無意味な謝罪。相手はチェルシーの顔へ強く蹴りを入れる。そのままチェルシーは気絶する。
横で見ていたロギング。得体の知れない相手に異常な恐怖感を覚えていた。
以前にもこの仮面を見て怖気付いた事がある。
「何故、貴方がここにいるのですか!しかも同じな──」
最後まで言う事もなく、ロギングは溝落ちを殴られそこで意識が途切れた。
「いった!!」
1人で痛がるアンコ。別ルートで帰ろうとしたところ足を挫き、どこか浅い所に落ちてしまい当たりどころが悪かったみたいで少しの間気絶してしまったらしい。
「……帰るか」
ここで泣いていても誰も助けには来てくれない。服に着いた土や草を払い落とす。そして、とぼとぼと別ルートを通って自宅へと戻っていく。
アンコが気付くことのない後ろには2人の軍人が青ざめた顔をして倒れていた。