第3話「3人で逃げたかった」
雨音が響く廊下の中、3つの足音が鳴る。2人は普通に、1人は引っ張られながら不規則に走る。
「ツイン、すまない」
「謝らなくていいよ……マロンお兄ちゃん」
「俺が下手をしたから追われているんだ。責任はしっかり持つ」
この3人は追われている。かつての戦友達から。
マロン達は国の中で最大の兵力学校から脱走した。ある目的の為に、国に反抗する。
マロンはツインが引っ張っている人の方を見る。濃い藍色の髪を一つに縛り上げ、顔の左半分を占める古い火傷を見せる少女。
「まさか長い居残りでこうなるとはな」
「置いて行く訳にもいかない……絶対。私の唯一の親友だから……」
「……」
少女の名前はリン。リン・アストゥロ。
無感情・無関心な妹のツインによく接してくれた少女。性格は明るく、よく笑う兄妹の同居人。
リンが笑えばツインもそれを真似てよく2人で笑っていた。2日前までは。
2日前。リンは夕方、大規模の居残りがあるからとツインを先に寮へ帰させる。その時、丁度別の教室でマロンも戦友に先に帰れと言われていた。
それから2人は自室でリンを待っていた。この居残りに不信感を抱くがあまり気にしなかった。
5時間後にリンと思しき人が帰ってくる。夕方のリンとは何か違っていたから。
様子はおかしいが、疲れたのだろうとそのままにして昨日の朝を迎える。いつもの集会場に集まる。
その時、薬を投与したと言う話を聞く。投与した薬の効果は洗脳に近いものだった。
今現在、投与者全員は上の命令にしか従えないようになっている。明らかに人の形をした兵器そのものになってしまった。
このままでは、戦争が悪化すると思い。内部の混乱をさせ兵の出陣を延期するよう、明日の夜に脱走すると言う計画を立てた。ただ、これは複数ある理由の内の一つだ。
そして、今それを実行している。雨だろうとお構い無し。ここから出る事だけに集中している。
追われながらもやっとの思いで3人は兄妹しか知らない裏側の外に出る。と瞬間、マロンの腕にナイフが掠めた。傷は思ったよりも深くドクドクと血が雨と一緒に流れる。
「クソッ、先回りだ……」
「そんな、どうして……ここはお兄ちゃんと私しか知らないはず」
ツインは上に数人の人影を見つける。その中には、元凶の元帥が混じっていた。
「まさかここまで逃げてくるとは……勇気のある人達ですね」
元帥の低い声はいつ聞いても背筋が凍るほど冷たい。異様な威圧感がのしかかってくる。
「本当は私が兄妹を痛めつけたいのですが、手間を省きましょう。リンさん、2人を捕まえてくれませんか?最悪殺してもよしとしましょう」
「はい……」
リンが承諾する。NOの選択肢は、はなからないのだろう。両手にナイフを持つ。止めなければ。
「おいおい待て待て待て、リン!」
「リンちゃん!ダメ……!」
声をかけたが、リンには届いていない。薬が切れるのを待つしかない。でも、いつ切れるんだ?1日?1週間?……まさか一生このまま?
なんてもんを国で作っているんだ。上層部の非道さがひしひしと伝わってくる。
その間にもリンはマロンにナイフで攻撃を与える。普段、電子機器しかいじらないマロンはここ数年、まともに動いていない。
リンの攻撃は見切れるものの、避ける体力と技術が衰えて避けられない。おまけに相手の隙をつくこともできない。
上では楽しそうに見ている元帥がいる。イラついて来た。
「ツインがいるのに何してんだよ!!親友だろ!このままでいいのかよ!」
「……しん……ゆう……?」
リンが少し隙を見せた。その間からツインがリンにぶつかる。
形勢逆転。ツインはリンの両手首を押さえて馬乗りになる。
「異変に気付けば良かった……私が、油断していたからこうなった。……ごめんなさい」
届かない謝罪。でも、謝りたかった。リンの顔に暖かい雫が落ちる。
リンはその雫を目で追う。
この人誰だっけ。ツイン。
どんな人。自分とは真逆。
何したっけ。笑い合った。
今する事。命令に従う事。
この人との関係は。親友。
と言うことは親友を……。
「命令を変えましょう。殺せ」
「あの野郎!!」
「リンちゃん……!」
一体自分はどうすればいいのか。答えはもう決まっている。
大きく息を吸って吐く。そして元帥に一言。
「お言葉ですが承諾できません」
「なに?」
ツインの方に視線を向ける。いつもの親友、同居人として笑う。
「ただいま!」
安堵している親友と一緒に立ち上がる。
同時に重々しい銃声が耳を貫く。
リンは左胸に鋭い痛みが走り膝から崩れ落ちる。服の下から赤黒い血が滲み広がる。倒れた先の水溜まりにも広がる。
元帥がリン目掛けて銃を撃つ。遠くからマロンはその一部始終を見ていた。止められなかった責任がのしかかってリンとツインの方へ向かえない。
「俺はなんでこうも守りたい物が守れねぇんだよ……」
自分がして来たことが無意味になる瞬間、自分の存在意義が分からなくなっていった。
ツインは血まみれのリンを抱きしめる。
逃げる時、誰か1人が怪我をする可能性は大いにあった。それが、唯一の親友だなんて……。
10年も涙を流さなかった目に、涙が溢れる。
「ツイン」
リンがツインの濡れた顔に触れる。
「手を出してよ……」
「う、うん」
言われるがままに手を出す。リンは硬い何かを手のひらに乗せる。
気になって、乗せられたものに目を向ける。
そこには、リンがいつもつけていた赤いピンが手のひらに乗っていた。
「どうして……大切な物でしょ?」
「あはは、ツインにプレゼントとかあげた事ないから……あげる」
「そんな……こんなのプレゼントじゃない……!ただの遺品になるよ……嫌だ……お願いだから、まだ生きてて……」
嘘だ。信じたくない。親友が死ぬのは耐えられない。それでも、親友の死は止まる事もなく少しずつと迫ってくる。
「ツインには……私の分まで生きてて欲しいなぁ。
……親友になってくれてありがとう……ツイン……大好き……だ……よ」
リンは笑顔で目を閉じた。
ツインの手のひらにはプレゼントの赤いピンがまだ乗っている。
ピンを握りしめ、声にして泣く。ピキッと心にヒビが入り割れる。数々の暖かい思い出が冷たくなって凍る。
「ツイン、立とう……無駄にすんな。行こう進まないと意味がない……」
兄に腕を引っ張られ、リンを置いて脱走する。
丑三つ時に雨が上がった。それでも2人だけで走り続け、時には隠れた。今どこを走っているのかも分からないぐらいに。
体力の限界が来た時、朝日が登る。2人はいつの間にか人目がつく事もない所にいた。安心したマロンはツインの側による。
ツインは1つ大切な人を失うと、自分の中の全てが崩れ自暴自棄になる。
「ツイン、すまない……リンを死なせてしまって」
自暴自棄の妹に何を言っても届かないだろう。もう、兄失格だ。
ツインを置いて、辺りを探索する。すると一軒だけ建っている家を見つける。家のポストの近くには新聞配達の人がいる。人が住んでいるのだろう。
新聞配達が去った後、家に近付いてみる。するとドアから緑のパーカーを着た女性が出てきた。
咄嗟にマロンはナイフを取り出し女性に向ける。
妹を守るため、そして国を変えるためなら……殺しや、なんだってしよう。
そして意を決してこう言う。
「止まれ」