旧中央都市エリムリア
「…よう、さっき森の中で見つけた荷物だ……ゲホ…念のため城門警備所で検査する」
「風邪か?最近過激排斥派のテロがあったからな、不審な荷物は気をつけろよ」
「…おう」
石レンガと鉄鋼で固められた城門へ近づくと、管理所で槍を構える頭角の魔族にそれとなく声をかけ隣をすり抜ける。城門には待機列ができており、関所には行商人らしき装備を身に付けた他の魔族が引き止められていたが、警備兵の恰好をしていたおかげかノーチェックで関を通過することができた。
「おい、どこ行くんだ。検査所はこっちだぞ?」
「え、あ、ああ、そうだったな…ケホッ…」
「おいおい、風邪移すなよ?」
「…お、おう」
堅牢な城門を難なく通過し、そのままこっそり抜け出そうとした所でリィルに、森の中で見たもうひとりの警備兵に不審そうに声をかけられ、心臓が跳ね上がる。下手な動きをすれば如何に魔法がかかっていてもバレてしまいかねない。仕方なくその警備兵の後ろについていくが、このまま検査所まで行ってしまったらバレなかったとしても折角持ち込んだ荷物を本当に没収されてしまうかもしれない。
ど…どうしよう…いや、かくなるうえは…
城門を抜け、隣接された検査所へ行く前にこっそりと荷物の中から杖を取り出す。
「失神!!」
杖の先から電光が走り男に命中するとそのまま扉に寄りかかって失神したのを確認しする。すぐさま踵を返して他の警備兵に見つかる前に街の中へと逃げ込み、建物の陰で鎧と兜を急いで脱ぎ捨てる。誰も追いかけてきていない事と、周りに人がいないことを確認すると直ぐに肩掛け鞄から幽玄のローブを取り出してすっぽりと身を包む。町の中は森に比べると瘴気が濃く、再び咳が出るようになってしまったが、ようやく緊張を解いて一息つく。
「…うわぁ、すごい…タテハガネの樹みたい…」
幽玄のローブを被って町の通りに出たリィルは思わず驚きの声を上げる。
杉科の植物タテハガネは太い幹から金属のように固い針の葉が飛び出している植物。
鉄鋼と石で固められた建物の数々、建物のみならず街道も金属製の加工が所々施されているのが見て取れ、木材や漆喰などを用いた西側の王国とは真反対の、正に要塞というのに相応しい都市。その中央には槍のように突き出た城こそ、黒鉄に身を包みそびえたつ、まさにタテハガネのような見事な尖塔だった。周囲にもそれを取り囲むように尖塔が立ち並んでいるのが余計に要塞という雰囲気を醸し出している。
「…これがかつて東大陸最大といわれた要塞エリムリア…巨人鋼の都市…」
雲にも届く巨人族の振るった戦斧の跡地、この都市の北の渓谷には未だにその戦斧の欠片が残っている。巨人の腕力に耐え、巨人族の滅びた今尚朽ちぬ魔法の金属、それが巨人鋼。この要塞都市はその渓谷から金属の原石や、わずかずつしか取れない巨人鋼を採取・加工しているのである。いや、正確には「していた」という方が正しいかもしれない。
「大きい街…魔族も多くて賑わってる…後方支援の都市だからか…」
人族の放棄した都市の中でも魔族は普通に生活している。鉄鋼と石で組まれた都市は、住人が変わっても基盤が変わることはなく、人間領だったころの活気と一切変わっていないのは一目でわかった。
とはいえ、幽玄のローブを被っていれば余計なことに巻き込まれることはないだろう。
折角金属加工の町に来たんだし、新しい鍋とか探しちゃおうかな…!
ローブを目深にかぶって顔を隠しつつ街の中を歩きだす。城門の付近は住居区になっているようだが、少し中央に近づくだけで多くの人が歩き回り、豊富な店の並ぶ通りに出る。人々の波の向こうから金属の都市らしくあちこちから甲高い金属音が響き渡っていた。
魔族が取って代わった人間の都市でも、人間が営んでいた時と同じように金属加工が盛んなようだった。
鍋…鋳物…鍛造…金属加工って言ってもいっぱいあるんだなぁ。
身体に蓄積した疲労もどこへやら、すっかり新たな都市とそこで売られる未知の商品に心を奪われ、店頭に並べられた武器や鎧に目を輝かせながら鍋を売っていそうな店を探す。しかし、要塞都市、或いは巨人鋼の採掘地としての特性なのか、どこもかしこも武器や鎧などが中心的で、一般に使われる道具はなかなか売られていない。魔族が支配するようになってからなのか、それとも元々こうだったのかはわからないが新品の鍋探しは難航しそうだった。
さすがにこれ以上は無理かな…もう日が暮れてきてるし、とりあえず今日の宿探さないと。
好奇心に突き動かされていると時間はあっという間に過ぎていく。森の中よりは瘴気が濃いといっても、大陸の中央まで来ていれば流石に瘴気もいくらかマシだ。妖しげな瘴気の光はあるものの昼間よりも薄暗くなってきているのはすぐにわかった。
できるだけ目立たない宿にしよう…やっと魔法薬が補充できる!
中央の城に続く通りにあった宿に入ると、店番をしていた魔族にそれとなく声をかける。
「…すみません、部屋空いてますか?」
「…あ?あんたどこから来たんだ?」
「え?…えっと…こ、ここより東の谷の近くの町から…」
「へぇ、悪いけど部屋はないよ。他を当たりな」
「そ、そんな…」
「ほら、早く行った行った」
店員はリィルの方も見ずにそっけない態度で追い出そうとする。それ以上しつこくねだる訳にもいかず、渋々宿屋を出る。休める場所がないとわかると余計に疲れてくるような気さえしてくる。
部屋埋まってるならなんで出身聞いたんだよ!最初から無いって言ってよ!
ぶつくさと心の中で文句を言いながら仕方なく別の宿を探しに歩きだす。
しかし───
「あんた旅人かい、空いてないよ」
「今日この町来た人?悪いけどないよ」
「他行ってくれ」
どこを訪ねても取り付く島なく追い返されてしまう。
うぅ~昨日から何にも食べてないよぉ~早く休みたいよぉ~…無いってわかると余計酷くなるのなんでなんなんだろう…
空腹・筋肉痛・傷の苦痛にうなされながらふらふらと薄暗い街の中をさまよい歩く。蓄積した疲労だけでも限界なのに、休めないとわかった絶望がそれを加速させてしまう。目的もなく歩き続け、フラリと入り込んだ路地裏に小さなパブを見かけた。
もうこの際野宿でもいいからお腹いっぱいにしたい…
カランとドアベルを鳴らしながらパブに入ると、陰鬱そうな雰囲気の暗い店内に僅かな客と禿頭の店主が目に映る。普段なら絶対に近寄りそうにない空気感だが、リィルは空気感よりも空腹感に耐えきれなかった。
「…すいません、何でもいいので食べ物ください…」
「銀貨2枚」
「へ?」
「飯、銀貨2枚」
「あ、はい、これで」
「ほらよ」
「え…」
そういって店主が取り出したのは焼かれてから数時間は経過していそうな鶏肉だった。しかし、それに取り合う体力もなくリィルは皿を受け取ってカウンター席の端っこに腰掛ける。カウンターの上にあった調味料を適当にかけて口に運ぶ。
案の定不味いけど疲れと空腹感のせいでおいしい気がする…!
やけに高価な癖に肉は固く味は濃く、油まみれの雑な盛り付け。嫌がらせのように量だけ多いがこの際リィルにとってはありがたかった。
「おかわり」
「銀貨2ま──」
「ほら」
「…」
どうせ人間領に戻れば王国から契約金が貰えるんだからここで金を渋っていても仕方ないよね。この後は街に寄る予定ないし。
リィルが水と肉にがっついていると、新たに入店してきた男がカウンターで金を払って階段を上っていく。肉を齧りながらリィルが驚いていると、後ろのテーブル席で食べていた男たちも階段を上っていく。
「…あの」
「あ?」
「…ここ宿屋も兼ねてるんですか?」
「……はぁ…だったら?」
「一部屋貸してください」
「飯無し、風呂無し、掃除無し。で、一泊金貨5枚」
「5枚か…いいよそれで」
「……階段上って突き当り右側」
リィルはようやく休める場所を得たのだった。




