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帰路は遠く足は重く

どれほど時間が経っただろう。コポコポと音を立てるポーションテーブルの音が耳から頭の内側にまで響く。泣き疲れて眠るなんて、いつが最後だったか記憶もない。思わず赤面するも、恥じる相手がいない事実が空っぽの心に響いた。


「ゲホッ…ポーション、飲まないと……んぐっ…マズ…」


少しはマシになった体調と下がった気分に、気を取り直してポーションテーブルに置かれた撹拌杓(かくはんじゃく)を持つ。長い間使い続けた杓はよく手に馴染む。長くボサボサの白い髪を紐で一本にまとめる。いつもソーネからは綺麗な髪を大事にしろと言われていたが、邪魔なものはどうしたって邪魔なのだ。バックパックから取り出した薬草を秤に乗せて少しずつ薬液に加えていく。撹拌した回数を頭の中で繰り返しながら次に試す薬草を熟考する。ポーションを作っている間だけは他の事を考えなくて済みそうだった。


「ビトゥとガラサで薬の下地…ガラサは美味しいけど薬が遅効性になるから…そうだ、今のうちに魔法薬作っておこう…」


ぼそぼそと呟きながら、鞄からハエカキモドキを取り出す。ハエカキモドキは魔力や瘴気を取り込む特性がある大人程の大きさもある食肉植物だ。誘引香に惑わされて一般人が触れれば一瞬で花弁に閉じ込められ魔力を搾り取られて死体は栄養にされる恐ろしい植物。しかも瘴気が蔓延した今の時代では食肉せずとも繁殖地を広げている。一方で、魔力を取り込む性質を利用して一部の魔法を閉じ込めた魔法薬にすることもできる。


「魔法薬にするなら回復…いや…どうせなら…強化にしようか」


水を足して少しだけ撹拌し、ポーションを作っていく。魔法薬には2つの種類があり、薬効のないポーションに呪文を閉じ込めることでいつでも発動できるようにする呪文魔法薬と、特殊な魔草を特殊な手順で調合する事で劇的な効果を持つ調合魔法薬に分かれる。今作っているのは呪文魔法薬だ。

仕上げに濾し布で余計な塵やカスを全て取り除いて、小鍋に移す。大鍋いっぱいの量があれば魔法薬10個分くらいにはなる。小鍋に移したポーションに魔法を溶かし込み、すぐに瓶へ移して栓をする。これで次に外気に触れれば閉じ込められた魔法が発動する。トクトクと小瓶を綺麗な黄金色の薬液が満たしていく。

数度繰り返すうちに机の上には十数個程の魔法薬が並んだ。


「ふう…とりあえず今日はこれくらいにしようかな。魔族領はずっと薄暗いから昼も夜も分からないなあ。これからどうしようか」


彼らを見送った今、この町にとどまる理由はない。むしろ身の安全を考えたら一刻も早くここを去るべきだろう。中立地帯を越えて人族の町に一人で帰らなければならない以上、ここで時間を浪費するのが得策とは思えない。

ポーションテーブルと薬鍋に浄化の魔法をかけて、浄化が終わるまでの間に散らかった荷物を整理する。散らかった薬草を分別しながらバックパックに戻していく。薬草を綺麗に片付け終わると今度は肩掛け鞄の中の不用品を分別していく。割れた瓶・効果の無くなった魔法紙・何かわからない素材。廃棄袋に詰め込んだそれを炎の魔法で焼却し、綺麗にまとまった荷物を眺める。


「…まだ出発には早いかな…ご飯でも食べようかな…」


魔界産のほとんどの食物は人族にとって毒となるが、ここ数年で人間界の食物と混ざり合った結果、処理を施せば食用可能なレベルになってきている。この町は魔界に近いとはいえまだ人間界。使用されている食物も市販されている素材もギリギリ許容範囲内といえた。


「……多い…」


ローブを被って宿の隣にある酒場兼食堂へ行くと思いのほか魔族が混みあっていた。昼夜の時間感覚が無いせいでわからないが、魔族にとっては今が食事の時間なのだろうか、備え付けのステージで歌姫らしき女の魔族が曲に合わせて歌を披露し、ほかの魔族は騒ぎながら食事や酒を楽しんでいる。極力人目を避け、フードを目深に被ってカウンターに近づく。


「ご注文は?」

「……一番味が薄いものを」

「?かしこまりました」


蜘蛛のように長い手足が八本生えたマスターに小声で注文すると、人の多いステージ側の反対にある小さな丸テーブルの席に座る。特にすることもなく、癖のように掌の杓タコをさすりながら料理が出来上がるのを待っていると、周りの魔族の話が自然と耳に届いた。


「この戦争はいつになったら終わるんだろうな──」

「皇帝と勇者一行が──」

「北大陸の戦線が拡大──」

「人族排斥派が──」


そんな会話が断片的に聞こえてくる度に心臓が飛び跳ねそうだった。握った拳の中が湿り気を帯び、脈動の熱が全身に広がっていく。わずかな時間が限りなく引き伸ばされているような感覚に怯えながら料理が出来上がるのを祈っていると、気が付けばカウンターでマスターが探している。金貨を数枚渡して料理の乗ったトレイを受け取るとすぐさま部屋に戻っていく。扉を閉めると同時に鍵を回し、テーブルの上にトレイを置いて息を落ち着かせる。

幽玄のローブを着てるからバレないってわかってるけど…それとこれとは話が別なんだよね。戦争はまだ続いてるし、お互いの排斥派勢力は決して小さくないし…もしバレたら…魔族も人も本質的には変わらない、とはいえそれは集団心理の前では機能しない。町の中じゃもっと慎重に行動した方がよさそう。


「…はぁ、こんな調子で大丈夫かな私…」


味のないポタージュをパサパサのパンに付けて口の中に放り込む。

ふやけたパンの僅かな甘みだけが舌の上で広がった。



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